からくりぎえもん




 ぽたり、と、毛先から滴が落ちた。自分はいま、何処に居る。頭で理解する前に急いで辺りを見回した。画像として受け止められる景色は、空は重く厚い雲が覆い、その雲から強く雨粒が落ちてきていて、砂浜を暗く色付けていた。砂浜、という情報からそれが海であると解った。海は降り出した雨のせいで荒れ始めている。自分が身体を横たえているのは、波打ち際からそう遠くはない。直に飲み込まれてしまうのだろう。砂浜に描いたかつての夢のように。


「もと、なり」


 左目は未だ閉ざされたまま、塩分混じりの雨風に、身体は軋み始めていた。


「元、就」


 ぎ、ぎ、と音がする。鉄が錆びて擦れる、嫌な音だ。これは人で言う、痛いというやつだ。だって、涙が、元就、

 思考の途中、がくんと身体の力が抜けて、視界も思考もブラックアウトしてしまった。












「長曾我部、起きろ」
「ってぇ」


 がん、と頭を蹴られて目が覚めた。瞼を開くと目の前は延々とひろがる青空と、太陽を背負った毛利の顰めっ面が見えた。眩しくて目を細めているうちに、もう一撃と言わんばかりに蹴りが繰り出された。それを寸で避け、勢いよく体を起こす。


「なにしやがん、」


 だ、と続く前にまた二度目の衝撃を頭に受ける。今度は拳骨を受けたらしかった。おかげで舌を噛むという重傷だ。


「貴様がさっさと起きぬのが悪い」


 それだけ言うと毛利は屋上の出入り口へと歩き出した。どうやら、特に用があるわけでも無いらしい。ただ、昼寝の邪魔をしにきただけか。離れていく頼りない背中。それをじっと見ていると、不意に先程の夢を思い出した。


「毛利」
「なんだ」
「絡繰りは、好きか?」


 興味だ。先ほどの夢がやけにこびりていて、何となく気になったのだ。


「ややこしい物は好かぬ」
「はは、だよなぁ」


 自分が模型を組み立てている時にさえ煩わしげに見ているのだ。毛利が、あのような絡繰りなど造る筈がない。もし造るとしても、毛利ならば塩にも錆びないものを造るだろう。
 そしてなにより、


「涙なんて、なぁ?」


 涙などという無駄な機能は付けまい。自身が理解している毛利元就という人間はそういう男だ。
 一人事のような自分の言葉を聞き、毛利は何事かを呟いて扉の向こうへと消えた。じりじりと照りつける太陽、此処はコンクリートの海の中。本物の海は疾うに枯れ果て、雨など降らない。あれは夢だ。自己完結すると、毛利の歩いたところをなどるように、扉の方へと歩き出した。




 きしり、と、己の軋む音を聴きながら。















<<20100327>>








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