屋上





 彼の、空へ向けられる目は何時も真っ直ぐだった。晴れ渡る空の日も、落ちてきそうに雲が重い空の日も、その視線は変わらず空へと向けられていた。その視線を奪いたいと思ったことは無いが、少しくらいこちらを見てくれても良いのでは、と思う。

「政宗」

 屋上で寝転がって、梅雨の長雨の中、ぼたぼたと水の落ちてくる空をじいっと見詰めている。それも、ゴーグルをしての完全態勢で、だ。佐助は真っ赤な傘を差して、そんな政宗を見ている。名を呼んでも、視線は交わらない。その視線を傘で遮ってやろうかとも思ったが、佐助には出来なかった。地面に縫いとめられた彼の羽は、何時か解き放たれることを知っていたからだ。彼は、飛ぶのだ。何時か、空に残してきたものを求めて。佐助は、水分を含んだ空気を肺一杯に吸い込んだ。


















 梅雨も終わり、初夏の季節になった頃。政宗は相変わらず屋上で空を見ていた。その横で、佐助は相変わらず政宗を見ていた。いや、見ていたというよりは見張っていたという方が正しいのかもしれない。彼が飛び出さないように。そして、彼の未練になりうる為にだ。健気な自分を見て情の一つでも湧けばと、期待しているのだ。

「佐助」

 悶々と政宗を見ていると、不意に名前を呼ばれた。久しぶりに呼ばれたものだから、一瞬自分の名前かと疑ってしまった。だが政宗がもう一度「佐助」と呼び、漸くそれが自分の名前であると認識できた。

「なに、政宗」
「ありがとな」
「え、なに急に。礼を言われるようなことなんかしてないんだけど」

 動揺して、口早になってしまった。情けない男だと、思われてしまったかもしれない。佐助は膝を抱えて、政宗から目を逸らした。そうすると、今度は政宗がじっと佐助を見る。これまた久しぶりに感じた視線に緊張し、ぎゅっと手足の指先を縮めた。握り締める手には、汗がじわりと滲む。視界の端で政宗が起き上がるのが見えた。

「佐助、目を閉じてろ。俺が開けていいって言うまで開けるんじゃねぇぜ」
「……変な事したりするんじゃないだろうな」

 先の言葉の真相はうやむやにされ、その上目を閉じろという。佐助は自分の望んでいたことをしてくれるのではと、密かに期待しながら目を細める。それを見た政宗は微笑み、ゆっくりと首を横に振った。

「しねぇよ、そんなこと。だから怖がるんじゃねえ」

 怖がっているわけではない、期待しているのだと。心のうちで反論している間に、目を大きな手で塞がれる。傷一つ無い、綺麗な手を肌で感じて、佐助は安心感の中で目を閉じた。それを肌で感じたのだろう、目を塞いだ手はゆっくりと離れていった。
 目蓋の裏に、夕日の光が透け、輝いていた。














 暫くして、救急車やパトカーの音が聞こえてきた。そして、野次馬のがやがやとした声も聞こえる。佐助は、ずっと目を閉じたままだ。政宗がよいと言うまで、開けてはならないと言ったのだ。どんなに時間が経とうと、何が起ころうと、この目は絶対に開かない。約束はしていないが、信じている。





「政宗、」





 目蓋に感じた筈の温もりは冷え切り、呼んだ名前は、空に融けて逝った。

















《20091209》








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