「衛宮くんの天然タラシは才能だね」 「タラシって言うなよ」 「だって見てみなよ、この夕飯の食卓を取り囲む顔面偏差値の高さ。学校のアイドル遠坂凛に癒しの後輩間桐桜、さらに金髪碧眼の美少女に謎の褐色のイケメンさん。この中に居ると私もうご飯の味が分かりません」 「とか言いながらちゃっかり茶碗2杯も食ってんじゃねえか」 「みみっちいなあ衛宮くんは」
衛宮くんの家は広い。1人しか住んでないのに無駄じゃない?と思ってたけど前言撤回。この大所帯の夕食にはこれぐらいの広さが必要だ。今日は居ないけど藤村先生もよく衛宮くん家でご飯食べてるし。というか藤村先生1人でもなかなかに大物なのに、このメンツはすさまじい。隣に座る金髪美少女のセイバーさん(見た目の割によく食べる)の邪魔にならないように私は机の端に寄った。
「どうしたのです?そのように隅によっては狭いでしょう」 「いえ、私はもう食べ終わったので」
セイバーさんに軽く頭を下げて自分の食器を台所に運び、皿洗いをしている衛宮くんと合流する。黙々と皿洗いに励む姿は主夫そのものだ。この荒波の時代に彼ほどお人好しな人格が形成されたのは奇跡だと思う。くだらない考えを継続しながら衛宮くんの隣に並んで皿洗いに加勢した。衛宮くんは一言「サンキュー」と言うだけで、特に私を止めるようなことはしない。自然に、ご飯をご馳走してもらったら一緒に皿を洗うようになっていた。
「んじゃ私が洗うから、衛宮くんはすすぎよろしく」 「おう」
手にしたスポンジに洗剤を垂らして泡立てる。運ばれた皿を黙々と洗い隣の衛宮くんに手渡す。指が触れ合うことなどよくあって、今更ときめくようなことはいっさいない。 しかし、ふと衛宮くんの左手を目にして私は驚いた。思わず泡の付いた手で彼の左手を掴んでしまう程に。
「うわっ!どうしたんだよいきなり、驚かせんなよ」 「これ、どうしたの」
これ、とは衛宮くんの左手に克明に刻まれた謎の入れ墨だった。入れ墨と言ったが、それは形容し難い形をしていた。彼の左手に突如現れていたそれは、普段の彼の生活からはかけ離れているようで痛々しく私の目に映る。 私が食い入るように左手の甲を見つめていると、ばつが悪そうに顔を逸らされる。やましいことなのか。私が気にすることじゃないけど、その模様が引っかかってしまう。
「まあなんていうか、ちょっとタトゥーみたいなもんさ」 「なんで?衛宮くんてそんなキャラじゃないじゃん」 「イメージチェンジだよ」 「衛宮くん」
つい強い言葉で咎めてしまう。 彼と私はただの友達だ。だから私が彼の何らかの事情に深く突っ込む権利や責任は全くない。これはあれだ、衛宮くんお得意の余計なお世話なのだ。
「大したことないから、あんま気にすんなって」 「うそ」 「嘘じゃねえよ」
そう言って安心させるよう浮かべた笑顔に、ひどく傷ついた。そうやって彼が悪気なく差し向けた笑顔一つで、私は衛宮くんとの間に引かれた境界線をまざまざと見せつけられてしまう。
あれ?その境界線に傷ついてしまうのは? 傷ついたのは、私が、衛宮くんのこと好きだからなのかな
「衛宮くん」 「ほら、これ洗ってくれ」 「……うん」
新しく運ばれてきた皿を仕方なく受け取って、スポンジで磨く。こんなに広い世界なのに、私は厄介な人に、厄介な感情を持ったのかもしれない。
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