「アーチャー、」


そう呼んでも彼は振り向いてはくれない。


「………ギル」


小さく、今にも消えてしまいそうな声で彼の名前を呼べば、彼は振り向いてくれた。


「なんだ、お前か」


わたしを認識した彼はただ一言そう言って、またわたしを視線から外す。
十年前の戦争のとき、わたしは遠坂時臣さまの家でメイドをしていた。どのメイドよりも時臣さまの傍にいることを許されていたわたしは、時臣さまと契約をしていたある男のことを愛するようになった。傲岸不遜で、その出で立ちは本物の王だった。時臣さまが亡くなられて、屋敷を出たわたしは、行方不明になっていた彼を探し続けた。十年経ってようやく見つけたとき、彼はもう『アーチャー』ではなくなっていた。十年ぶりにわたしの顔を見た彼は、唯一そのときだけ、わたしの名前を呼んでくれた。それからは名前を呼んでくれるどころか、わたしが呼んでも顔を合わそうともしてくれない。


「ギル、ガメッシュ…」

「    」

「どうして…?」

「    」

「なんでわたしのことを見てくれないの?」


十年前の記憶が、彼の中にどれだけ鮮明に残っているかどうかは、わたしには分からない。毎日毎日教会へ通ってはこんな会話にもならないことをしているわたしたちを見て、ランサーが「不毛なことしてんなぁ」と呟いたこともある。そのランサーですら、わたしの知っているランサーではなかった。


「ギル…わたしのこと、忘れちゃったの?」

「お前は…」


ずっと口を閉ざしてきた彼がわたしを呼ぶ。


「我を愛しているのか、それとも『アーチャー』を愛しているのか」

「え」

「いくら考えても、我にも分からぬ。すべての財宝を持つこの我が、これしきのことさえも分からぬというのだっ…!」


『ギルガメッシュ』が好きなのか、『アーチャー』が好きなのか、そんなこと考えたこともなかった。愛したい、と想ったひとが『アーチャー』という役割だったのか、愛したひとの真名が『ギルガメッシュ』だったのか、もうぐちゃぐちゃだ。


「それでも、我はお前のことが気になって仕方ない」


こちらに向かって彼が歩を進める。窓から差しかかる太陽の光で、金色の髪と鎧は一層輝きを増していた。


「我にも答えは分からぬ。だがどうだ、この王の妻にでもなってみるか?」


自信に満ちた顔、有無を言わせない言葉、傲岸不遜な性格、金色に輝く鎧と髪、わたしを見る赤い瞳、それはすべて、十年前のあの時となにひとつ変わってはいなかった。それでも、間違いない、わたしが愛したひとはこのひとだ。という確信はどこにもない。ただ見た目も性格も声も同じだけの別のひとなのかも知れない。


「さあ選べ。我はそんなに長く待てぬ」


ギルガメッシュの顔がどんどん近づいてくる。顎を持たれて、くい、と上げられる。


「(あ、)」


これ、十年前にもあったな。そのときわたし、どうしたんだっけ?こうやってギルガメッシュの顔が近づいてきて、選べ、と言われて、そのまま目を閉じたんだっけ。今みたいに、ギルガメッシュの薄い唇と、わたしのそれが触れ合って、その後に全身が金色に輝くこの王様はなんて言ったんだっけ。


「これでお前は我のモノだ。一生愛してやろう」





(それでもどこか不安定な想い)

*
「てにをは」の佐藤さまへ提出

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