「好きだ」
「うん、ありがとう」
彼女はそうすることが当たり前のようにこちらの告白をさらりと受け流し、また読書に戻った。
これで何度目か。好きだ、愛してると囁いてその度に受け流されるのは。
こちとらマジなんだけどよ、どうして答えてくれない?
完全に芽がないわけじゃない。家へ押し掛けても追い返さず手料理を振る舞ったり、泊まりたいといえば「うん、いいよ」と軽く返答する。
彼女は貞操観念がきちんとあり、なおかつ嫌なことはきっぱり嫌だと言って断れる人間だ。
なので多少なりとも好意を抱いてくれていることは確か。
しかしオレの告白にはいつもありがとう、としか答えない。
美人だが食えない女、と思った最初の評価はあながち間違っていなかったようだ。
さて、ではここで疑問が一つ生じる。
それは、どうして恋愛感情を持たない男にここまで近付かせるか、ということだ。
これについてはなんとなく察しがついている。彼女は自分の感情を否定し続け、オレの想いは信用できないと駄々をこねているのではないか。
かわいらしい、まるで子供のようだ。自分に向けられた恋愛感情を信じること、自らの内に沸き上がった恋愛感情を信じることができない。それはなんて頑なで、いじらしい。
オレがその絡まった糸を解き、やわらかく甘やかしてやりたいのだ
「なあ、こっち向けよ」
書斎の床に座り込み、黙々と本読み続ける彼女の手からそれを奪う。ぐい、と両頬を掴み、視線をこちらへ向けさせた。
この場を静寂が支配する。いつもは聞こえる鳥のさえずりも聞こえない。
「なに、どうしたの?」
「好きだ、って言っただろ。今日だけじゃない、昨日も一昨日も、会う度に毎回だ」
「だから、ありがとうって言ったじゃない。気持ちは嬉しいけど答えられない、って意味を込めて」
「逃げんなよ。そんなに怖いか、情というものが」
そう言い放つと、ぎゅっと眉間に皺が寄る。
彼女にとっては触られたくないことだったか。しかしそうでもしなければ説得はできない。
慎重に、慎重に。追い詰めすぎるとあっという間に逃げてしまう。
「……ランサーには関係ないでしょ」
「アホかお前は。関係あるに決まってんだろ?オレがお前を好きなんだから」
「なにがしたいのよ……もう放っておいて。私は恋人を作る気も、誰かを好きになる気もないんだから」
「もうとっくにオレのことが好きなくせに、いつまで逃げるんだよ。これ以上焦らすなって」
「っ、好きなんかじゃ、ない……!」
ぐいっとオレの手を引き離し、そのまま扉の方へ走る。まずい、近付きすぎたか。
バタン、と大きな音を立てて閉まった扉。まだそこに気配はあるので、傷付けるつもりはなかった、と謝罪の言葉をかける。
「悪かったよ。でも好きだ。冗談なんかじゃなく、本気で、お前が欲しい」
そう言葉を掛けると、悲痛な声が聞こえて来た。
「怖い、の。誰かを好きになることもっ……誰かに、愛されるのも!ランサーが私のことを好きだなんて見てればわかるよっ……!いとおしげに触れられれば、嫌でもわかる!けど、あなたのやさしさは、あなたの好意は、信じられない……!だってクー・フーリンっていう大英雄は、いつだって簡単に誰かを救う!気紛れで誰かにやさしさを振りまく!だから私には、あなたの好意が信じられない…!そんな不確かなもの、信じられないっ……!」
泣くように喚いて、彼女の気配と足音が遠ざかっていく。
言いたい放題言われて黙って逃がすのは癪だが、今は落ち着くまで待とう。そして少し経ったら、不確かだと言う想いをじんわりとわからせてやらなければならない。
まるで獲物とそれを追う狩人のようだ、と思う。彼女を慈しみやわらかく愛でたいのと同時に、追い詰めて追い詰めてめちゃくちゃにしてやりたい。執着、という一言で表すにはあまりにも難解だ。
だから、これもきっと、不確かな感情。