彼女の金紗の髪は日の光を浴びてきらきらと輝いている。きゅっと結んだ淡い桜色の唇、滑らかなミルクのような白い肌、強い光を放つ南の海のようなエメラルドグリーンの瞳は私をじっと見据えたまま静かに黙している。私達の儀式はいつも―こうだ。仰々しく、大袈裟で、心中をする恋人同士のよう。食卓の白磁の大皿の上には負けじと輝くフルーツがいっぱいに並んでいる。私がにこりと笑いかけると、彼女はこくんと顎を引く。彼女の、くせ。アイコンタクトで指令を受けたときは言葉でなく動作もしくは行動で了解の意を示す。ふとした所作に彼女が培ってきた経験を感じる。

綺麗な、白魚の指が慣れた手つきで刃物を操りぶ厚いオレンジの皮を剥いていく。淡々とした表情の中には哀愁が入り混じっていて、私はそれがどうしようもなく好きだった。死床に伏す気高い獅子そのもの。耐えるように震える唇、長い睫毛は一度でも震えたら敗北を喫するかのようにしっかりと痛々しいまでに凍り付いている。音もなく剥がれ落ちていく皮、時折噴き出る果汁はべとりと彼女の指から手首にかけて滴っていく。始めた当初は煩わしげに顔をしかめたり何度も布巾を取りに行こうとしていたけど、いい加減慣れたのかまるでそちらの方が好都合とでもいうような表情でするすると皮を全て滑り落としてしまう。

セイバーが笑う。

挑発的に。剥き終わりの皮を床に散らして。房を暴力的に引き剥がして、薄皮をべろりと剥く。どうぞ、マスター。冷ややかな嘲笑。マスター、という呼び名に嘲りを含んだ軽やかな微笑を込めて。華やかな夏の太陽のような鮮烈な色をした果実が彼女の指から私の舌上へと乗せられる。彼女は指も美しいが、同様に爪も桜の花弁のように儚く、途切れてしまいそうに美しい。全身美術品のような美を保つ存在を自分の好きにできるというところに、どうしようもなく官能めいた高揚を感じる。そういう私のいっそ清々しい程に愚かで停滞した人間らしい欲望を、彼女は見抜いて嘲る。無論、至って自虐的に。

愛撫するように指が私の舌を、頬の内壁を、歯茎を、上顎を通り抜ける。彼女が優しく眉を緩める。幼子をあやすような慈愛を秘める。唇で柔らかくほっそりとした関節を包んで吸えば、前歯の裏をやわく指の腹でくすぐられる。不躾な振舞いさえ今は愛しい。何より、聖者の体現のような彼女の醜悪な行為が。性交のような―ある種の暴力をもって互いの粘膜を必死に削ぎ合うかのような行為に確かに愉悦を覚えている彼女が、愛しかった。


「セイバー」


「はい」


「帰りたい?」


「何処に帰れと言うのですか」


「あなたが望むところに帰してあげる」



笑いながら私は葡萄を取り上げ、ぷつぷつと一粒ずつ真珠のような小さな粒をもいでいく。彼女の瞳は曇るような色で虚空を薙ぎ、そんな場所はありません。と声を搾り出した。そう、と私は最初からわかっていながらも努めて悲しげに呻き、ころころと転がる葡萄の粒を拾い上げる。彼女が小さく口を開け、焦がれるような視線を投げかける。人差し指と親指を引くとつるりと艶やかな粒が果汁を飛ばして露出する。半透明の玉はころんと彼女の舌に転がった。噛み締めるような、捕食するような咀嚼。それもそうだ、彼女の食事はこの果物だけなのだから。

彼女の体液や体臭は芳醇な香りで、濃厚な味がする。今の彼女は常に現界ぎりぎりの魔力しか与えられないため剣さえ満足に振るえない。代わりに、どうしようもなく甘く贅沢で、華奢な肉体だ。ほっそりした永遠に時の止まった純潔の少女の肢体から分泌されるものはあまったるい彼女が口にした果実の匂いで満ちている。人智を超えた力にて喚び戻された天を貫き神さえ屠る恐るべき力を持った英雄は今や欲望をぶつけられるだけの小娘にすぎない。全うな、雄として機能するものなら欲情を煽られずにはいられないだろう。

それほど彼女は美しい。

セイバーはもう、何も言わない。ただ私に従う。ただ私を哀れむ。ただ私に贖罪を続ける。他の全てにするのと同じように。セイバーと私が呼びかけると、いつも一瞬だけ彼女の表情は目を覚ます。ここは紛れもない現実だということを思い知ってはかなく瞳を揺らがせる。懇願するように、一度だけ彼女は私にアルトリアと、と要求した。私はにこりと微笑んで、ええ、セイバー。と返す。その時の、打ちのめされたような表情で拳を握ったのが彼女が生きていた最後の記憶である。


「セイバー」


「はい」


「帰りたい?」


「いいえ」


彼女の指が慎重かつどうしようもなく丁寧に、桃の皮を剥いていく。オレンジの時よりも盛大に汁が彼女の肘まで垂れる。睦むような優しい指先と満たされぬ欲求に苛まれる表情は至高だった。泣きそうな顔にも見える。それを見る度私の心はしくしく痛む。奇妙な肉体的興奮の裏側で私も泣きそうになってしまう。もう衛宮くんは何処にもいない。セイバーのクラスは戦線から脱落した。脅かすものは何もない。地獄の業火のような、永遠の平穏だけがある。「私ね」指が桃を私の喉に滑り込ませていく。咀嚼の合間に吐息のように言葉を漏らす。「えみやくんが好きだったの」たっぷりとした果汁が口じゅうに広がっていく。

衛宮くんが、大好きだったの。と私は意図的に笑った。眩しすぎる真昼の太陽を仰ぎ見た後のようにぽつりと小さく涙が伝って落ちていくのがわかった。セイバーは己を恥じるようなひどい表情になって愕然とする。麗らかな午前の陽光はやさしく私達の食卓を照らしている。わざと散らかすみたいに無造作に並べられた果物の隅で、一度も手をつけられることのなかった林檎の端が茶色く萎びはじめていた。奪った貴女を許さない、と丁寧な声で結ぶ。



「アルトリア、貴女なんて、最初から何処にもいなければよかった」





私達の間の感情なんて、はじめから、こんな言葉でしか形を持てない。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -