おあずけ


LINEシリーズの梟谷グループの続きみたいな

***


「びっくりじゃない?!私と赤葦が付き合ってること知らなかったとか」

木兎さんの例の連絡の翌日、練習も終わり、俺となまえさんは一緒に帰っていた。
未だ目元に涙を溜めながら笑い転げるが、この人は何がそんなにツボに入ったのだろうか。

「まあ、実際一緒に帰るのも毎日じゃないし無駄にべたべたとかしてませんからね。木兎さんなら気付かなくてもしょうがないでしょう」

実際、俺たちの関係が部に知れ渡ったのは付き合い始めて2ヶ月経ったくらいのことだ。木葉とかにばれるの恥ずかしいから!と、一緒に帰ってもくれないなまえさんの手を無理やりひき一緒に帰ったところを、案の定木葉さんに見られたのだ。

「何それ嫌味?」

俺の言葉に少しむすっとした表情で答えるなまえさん。

「そろそろ、」

「やだ!!!!むり!!!!!」

「はぁ……」

俺が盛大にため息をつくのも無理はないと思っている。
なんと言ったって、なまえさんは恋愛に関して極度の恥ずかしがり屋というか、奥手というか、慎重というか。既に付き合って4ヶ月が経とうとしているのに、俺たちの関係はたまに一緒に帰ってごくまれに手を繋ぐ、くらいなのだ。名前だって、ふざけている時にしか呼んでくれない。

「京治くんにはおてて繋ぐだけで充分だよ〜」

ひらひらと自分の顔の前でふるなまえさん。ほら、こうやって俺のことを子供扱いする時にしか名前呼びにならない。

「……」

「よしよし」

そうやって言われたら素直に手を繋いで黙ってしまう自分も悪いのだけれど。

しかし、俺だって健全な男子高校生。大好きな可愛い彼女が側にいたら、触れたいと思うのは当然だ。せめてキスくらいさせてくれたっていいじゃないか。

以前なまえさんの両親の帰宅が遅いというので家に招かれたことがある。そりゃあ期待しないわけないだろう。
だがそこに待ち受けていたのは拷問とも呼べる状況。
なまえさんは“そういう気”はさらさらなかったらしく、キスしようと近づいたら全力で拒否された。
さすがにあれは傷ついたのを今でも覚えている。

そして浮かぶ一つの疑問。

「……なまえさんは、」

「ん〜?」

「俺のこと、嫌いですか?」

なまえさんはこんなこと言われると思っていなかったのだろうか、俺の方を見てびっくりした顔をしている。

「え?!は?!?!好きだよ大好きだよ!!!」

「じゃあ、それを行動で表してください」

足を止め、繋いでいる手をグイッと引き寄せて距離を詰める。
あたふたと慌てるなまえさんは、俺よりも年上だなんて信じられない。

「も、萌え萌えきゅん?」

「……は?」

左手は俺と手を繋いでいて塞がっているので、右手片方だけでハートマークを胸の前で作りわけのわからない言葉を発する謎の行動。

「いや、ほら、行動っていうからさ?」

「ふざけてるんですか?」

「ふざけてないよ!!!」

どこがふざけてないというのか。
可愛くなかった、といったら嘘になる。真っ赤な顔でハート(半分だけど)を作るなまえさんのことは可愛くなかったとは言えない。正直可愛かった。けどそうじゃない。

「もう、いいです」

俺は繋いでいた手をほどき、すたすたと歩きだす。なまえさんに行動で示すことを求めた俺が悪かったのだ。

「あっ赤葦まって!ごめんって!!」

「別に怒ってませんよ」

「嘘だ!!歩くの速すぎだし!!」

正解。怒っていないと言われたら嘘になりますよ。

「ねえーごめんって。赤葦がメイド喫茶に興味あるなんて思ってないよ?!」

だからそういう問題じゃないだろ。
いつもならなまえさんに合わせる歩幅も今は自分の歩幅で、曖昧な返事をする。なまえさんはせっせと俺のペースに合わせることと謝ることに必死で、俺の返事が適当であることには気が回らないようだった。



「うわ、ちょっ」

もうすぐでなまえさんの家につく、そんな時だった。急になまえさんは俺の手首を掴み、俺を振り返らせ自分の元へ引き寄せるようにする。

「お、大人になるまでは、これで我慢してよね」

そう言ってまた顔を真っ赤にするなまえさんは、俺の頬に短いキスを落とした。
多分、俺の顔も相当赤い。だってこんなの、反則だろ……。

「誰にも言わないでよね?!とくに木葉とか!!絶対馬鹿にされる!!」

今日はここでいいから!と言って駆け足で家に向かうなまえさんを見ながら、ふと思う。

「大人になるまでって……」

俺はいつまでおあずけされればいいんだ、と思うと同時に、それまでずっとなまえさんと一緒に居られることを保証されているようでそれはそれで悪くないな、と感じる俺は、少し単純だろうか。



mokuji