俺の好きな人
俺の好きな人は、絶対俺なんかに振り向いてくれない。
「みょうじさん!!今日の俺どうでしたか?!」
「うんうんかっこよかったよ工〜!!
「なまえチャン〜!!俺はっ?俺はっ?」
「天童は相変わらずブロック冴えてたね」
「なまえー、ドリンクどこだ?」
「獅音くんさっき自分で持ってたじゃん!」
みょうじさんはいわゆる“愛されキャラ”というものだろうか。
マネージャー業が完璧なのはもちろんのこと気がきくし、選手たちの異変にもよく気付く、その上話していてとても楽しい。
俺だけじゃなくて、みんな思っていること。みんな、みょうじさんのことが好きなんだ。
「あっ白布!!獅音くんのドリンク見なかった?」
「……知りません」
「え〜さっき獅音くんと話してたじゃん」
自分でも探してよー、と言いながらちゃんとドリンクを探すみょうじさん。こういう優しいところもみんなに愛される理由なんだと思う。
俺ももちろん好きだ。でもその好きは単なる好きではなく、恋愛感情として、だ。
しかし相手はみょうじさん。誰にでも愛されるような彼女は、ただの後輩の一人である俺のことなんてきっと何とも思っていない。
しかしこの感情は日に日に大きくなるばかりで、みょうじさんと話している時に悟られまいと、俺がみょうじさんとの会話を極力避けるようになったのは二年生になってから。
逆にこんな感情を抱くことがなければ、俺も他の部員たちのようにみょうじさんと楽しく会話ができていたのだろうか。
*
「お疲れー」
「お疲れ様です」
厳しい練習も終わり、練習後のミーティングも終わった。
今日は少し調子が悪かった。もっと牛島さんが気持ちよく打てるようなトスをあげなきゃいけない。
明日は土曜日だが、体育館の点検が急遽入り休みになった。いつもならそういう場合は練習試合などを他の学校などでやらせてもらうことが多いが、点検が決まったのは昨日のことなので今回はそうはいかなかったみたいだ。
「白布さん!明日休みになったんで、今日みんなで夕飯食べに行くみたいなんです!行きますよね?!」
鞄を肩にかけ帰ろうとすると、五色からの誘い。
もちろん俺以外のメンバー達は、みょうじさんも含め既に参加することを天童さんに伝えている。恐らくこの企画自体天童さんが計画したものなんだろう。
「いや、俺はいい」
みょうじさんと極力関わりたくない。本心はその真逆だが、その本心を知られるわけにはいかない。だから夕飯にも行くべきではない。
俺がみょうじさんを避け初めて数ヶ月。
もしかしたらみょうじさんも俺のことが好きで、話さなくなったことを少しでも寂しいと思っていてくれたら……。なんていう淡い期待は叶わず。みょうじさんはいつも通りの元気なみょうじさんであることに変わりはなかった。
「えー賢二郎ノリ悪〜い」
「天童さんたちで楽しんでください」
「かわいくねぇなぁ!!」
ごちゃごちゃうるさい天童さんや瀬見さん、他の先輩方やその場にいた人達に挨拶を交わし、俺は帰路に着いた。
ほら、また俺は無駄な期待を抱く。みょうじさんが、白布もいこうよ、なんて言葉を言うわけないのに。
*
タッタッタッタ
「………」
タッタッタッタ
おかしい。絶対誰かにつけられてる。
いや、俺男だぞ?普通こういう状況って女子がなるものだろ。それともそういう趣味の奴?
色々思う事はあったが、意を決して振り返ってみる。予想もしない人物が、電柱から顔を覗かせ淡い街灯に照らされていた。
「ひっ!!!」
「みょうじさん……?!」
「ご、ごご、ごっ、ごめんなさいっ!!!」
まさかバレるとは思わなかったのか。名前を呼ばれたみょうじさんは慌てて俺に謝罪をする。
ていうか、なんでみょうじさんが俺の後つけてるんだよ。天童さんたちと夕飯はどうしたんだよ。
一度はなくした期待が、また俺の中で芽生える。だがみょうじさんのこの行動が俺の思いと反しているものだったら、とか、何か聞いてはいけない理由があるのかも、とか、そんな思いで俺は期待をかき消した。
「ご、ごめんね〜、ここまで送ってもらっちゃって」
「……いえ」
あのまま帰ろうとするみょうじさんを呼び止め、もう遅いからと言う理由でみょうじさんを送ると言った。
何か話したいと思ったが、余計な事を言ってしまいそうで何も話せず、みょうじさんの必死そうな話しかけに曖昧な返事をするのみたった。
……無理して俺と話さなくてもいいのに。
「じゃあ、ここまでで大丈夫だから、ありがとう」
「失礼します」
みょうじさんの最寄りのバス停につき、別れの挨拶。家まで送ると言ったが、それは悪いからいいよ、本当は通報されたっておかしくないのに、と笑って誤魔化された。
俺が送りたいんです、その一言が言えない自分にもどかしさを感じる。
「……理由、聞かないんだ」
一度帰ろうとしたみょうじさんは、振り返る。
「え?」
「なんで白布の後つけてたのか……、みんなとご飯食べなかったのか、聞いてくれないんだ」
いや、聞いてよかったのかよ。聞いていいなら聞く。聞きたいに決まってる。
俺が結局、みょうじさんと帰りながら考えついた答えは二つ。一つは俺のことが好きだから。二つ目は俺に何らかの恨みがあり隙をついてどうにかしようとしてた。
まあ、一つ目も二つ目もありえなさそうだし、結局のところわからない。
「……どうして、ですか」
するとみょうじさんは少し俯いて、小さな声で言う。
「彼女とか、できたのかなって……それを確かめに……」
「は?」
思っていたものとは大幅に違う答えだった。俺に彼女?一年生の頃からあんたのこと好きだったんだから、そんなのおかしいだろ。
「だ、だって白布、進級してから全然私と話してくれないしっ目も見てくれないしっ!それは他の女と話したくないからじゃないの?!今日だって彼女とデートだから来ないって言ったのかなって……」
一気に話し終えたあと、カァッと顔を赤らめるみょうじさん。
いや、顔が赤いのは俺もかもしれない。
「みょうじさんって、俺のこと好――」
「好きだよ!!!!」
俺が核心をつく前に、みょうじさんが少し大きめの声で言う。先ほどよりさらに顔を赤くしているが、俺の目をしっかりと捉えている。
「嘘、だ……」
みょうじさんへの返事というより、自分に言い聞かせるようにポツリと呟く。
だって、みょうじさんは誰とでも仲が良くて、みんなに愛されていて、そんなみょうじさんが俺なんかのこと。
「嘘なわけないじゃん!だから頑張って何かと白布に話しかけてるのに、どんどん素っ気なくなってくし……」
恥ずかしいのか、いつもとは違いハキハキとした元気さがないみょうじさん。不覚にも、可愛いと思ってしまった。
みょうじさんの気持ちを知った俺の言うべきセリフは、ただ一つ。
「俺も、みょうじさんのことが、好きです」
「……え?!」
驚くのもむりははない。今まで徹底的に隠してきたんだ。
あたふたとするみょうじさんの手を握り、歩き出す。
「えっ、だからここでいいって、」
「両思いだったってわかったから俺、もう遠慮しませんから。……なまえさん」
「あ、ありがとう……、賢二郎、くん」
みんなから愛されるマネージャーのみょうじさんは、俺から愛される彼女のなまえさんに変わった。
mokuji