エースに目をつけられています


グイ、と、その場から逃走を図る私の腕が引かれた。それはもう痛い。そりゃあ痛い。パワー5は痛い。

「なぜ逃げる」

「す、すみませんあのえっともう休み時間終わっちゃうと思うんで離していただけると……」

ああこれがいわゆる壁ドンとか顎クイとかそういう類のやつかそうかキュンキュンするなあ。

なんて、微塵も思えない。なぜ逃げるって、追いかけられているから逃げるのだ。それも追いかけてくる相手が自分より明らかに強い人物となれば、これはもう本能としかないだろう。

「何を言っている。まだ昼休みは始まったばかりだぞ」

「う、え、あ、そうですね、あの、はい」

遅ればせながら状況を説明させていただく。

私は昼休みということでもちろんお昼を食べたかったのだが、水筒を忘れてしまったため自動販売機へと向かった。どうせなら大好きなミルクティーを買うため、唯一ミルクティーを売る自動販売機がある一階へと下りた。

今考えればそれがすべてのあやまちだったのだ。

「あの、逃げないんで、一旦腕を話してもらえませんか」

「ああ、すまない」

一階とはいわゆる三年生の階であって、案の定こうして購買で大量に買ってきたであろうパンやおにぎりを持つ牛島さんとエンカウントしてしまった。

マネージャーとして牛島さんのことはもちろん尊敬しているし、もちろん好きだ。しかし最近は少し避けたいと思ってしまっているのもまた事実。どうせ部活で毎日顔を合わせるくせにというツッコミは受け付けない。

さて、その理由を解説しよう。


「……牛島さん、」

「なんだ」

「ご、ご用件は……」

「?とくにない。みょうじがいたから引き止めただけだ」


こ れ だ 。

ここ最近、何を思ったのかいきなり牛島さんに目をつけられている。
やばい。なんで。普通に怖い。私何かしたかな。問題児だと思われてるのかな。でも私はそんなわざわざ牛島さんが見張らなきゃいけないほどの人間じゃないと思う。私より問題児はいると思う。

「……………」

「……………」

そして地獄の沈黙は続く。彼は本当に何の用があるわけでもなくただただ私を見つめている。私も同じく牛島さんを見上げることしかできない。廊下で何をやっているのか謎だ。お腹も空いている。

「……………」

「……………」

これは何かの試練なのか。私の忍耐力を測っているのか。それならここで逃げ出せばさらに問題児扱いに拍車がかかってしまう。やはりこのままいるべきなのだ。


が、しかし。人間の本能とは時に残酷なのだ。

グゥ、と馬鹿らしい低い音が私のお腹から発せられる。

「……す、すみません」

「……………」

未だ私を見つめてくる牛島さんは少し目を見開いた。
ああだめだ。意志の弱いやつだと思われた。マネージャークビだとか言われたらどうすればいいんだろう。きっと白布や川西に馬鹿にされる。たぶん天童さんあたりも笑い者にしてくる。

そんな私の不安とは裏腹に、牛島さんのとった行動は予想だにしないものだった。

「すまない、昼飯がまだだったようだな。これでも食え」

何故か牛島さんは手に持っていた購買の購入品からクリームパンを取り出し私に差し出してきた。

「え、これは牛島さんの、」

「俺の気持ちだ、受け取れ。じゃあ俺は教室に戻る」

そのままくるりと踵を返して教室へと向かって行く牛島さん。

気持ち、とは。この牛島若利との見つめ合い決戦でここまで健闘してすごいな、とかいうことだろうか。よくわからない。





「あ、川西」

「っす」

我が教室2年4組へと戻ると、白布と川西が二人でお昼ご飯を食べていた。たまに二人でこうやって仲良く食べてるけど、毎日部活で顔を合わせるのによくもまあ飽きないなと私は思う。

「お弁当だけじゃ足りなくて購買いってきたんだ」

「クリームパンとミルクティーとか、カロリー気にしてないのかよ」

お昼ご飯を頬張りながら私の手に握られたものを指差す川西と、それにつられて相変わらずの口の悪さを発揮する白布。

「違うし。牛島さんにさっき会ったらなんかパンもらった。まあお弁当あるから正直食べきれるかわかんない……」

「はぁ?!」

バン、と両手を机に叩きつける我が部のヤンキー担当白布。最初の印象は人形みたいで可愛いなと思ってたのに、中身はヤンキーときたものだからなまえちゃんびっくり。

「なに」

「お前牛島さんにもらったものをそんな言い方していいと思ってんの?つーか何でもらってんだよ。俺だって牛島さんからパンもらいたいし」

ハイ出ました牛島さん信者、白布賢二郎のターンでございます。
お昼ご飯を食べる手を止め私に力説してくるこいつは何なんでしょう。白布ファンクラブ(というものがあるらしい)のみんなにこいつの本性を言ってやりたいものだ。

「じゃあいいよこれあげるよ」

面倒だったので手にもっていたパンを渡すと、白布はキラキラとした目で受け取った。何だこいつ。

「なんか、最近の牛島さん、やたらみょうじに絡んでくるよね」

思い出したように川西がポツリと呟く。そう、私が言いたかったのはそれ。

「うん、私何かやらかしたかな……。目つけられるようなことしたっけ?」

「牛島さんに敬意が足りないんだろ」

「そりゃあ白布の異常な牛島さん愛に比べたらね」

さっそく牛島さんから私がもらった例のパンを食べるのかと思いきや、大事そうに鞄にしまい出した白布を見て思う。うん、こいつと比べたら牛島さんに対する敬意は足りないけど、正しい行動を取っているのは私に間違いない。

ふと川西の方を見ると、何やら考えこむように顎に手を当てていた。

「みょうじのこと、好きとか」

「「………いやいやいやいや」」

川西の衝撃発言に思わず白布とハモってしまった。え、今なんて?一番ありえない言葉が聞こえたんだけど?

「じゃあ、他に何があるの」

「いやいや牛島さんがこんなの好きになるとかないだろ?何かやらかしたんだって多分」

「いやいや白布が何でそんなに否定してくんの?私もやらかしたのかなとか思ったけど心当たりないし」

「だから知らない間に何かやったんだろ?!だから目つけられてるんだろ?!」

「言ったな?!お前言ったな?!これで牛島さんが私に告白とかしてきたらどうする?!」

「そしたら俺が一週間お前のマネジャーやってやるよ!!!」

「おうおうわかったちゃんと仕事してよ?!?!聞いてたよね川西?!?!」

すでにそこには、川西太一の姿はなかった。





「牛島さん、今日の部誌書いたんで確認お願いします」

「…………」

練習終わり、部誌のチェックを頼もうと牛島さんに手渡す。
が、目の前にそびえ立つ彼は一向にそのノートを受け取ろうとせず、私のことを見続けるだけだった。あれ、何これデジャビュ。

数時間前の私ならば、今は部誌なんぞ見ている場合じゃねえとか言われているのだろうかと思っていたはずなのに。川西の爆弾発言によりどうもそっち方面の考え方に意識がいってしまう。

「おーい、若利。みょうじの部誌、受け取ってやれよ」

私は両手で牛島さんに部誌を差し出し、それをただ見つめる牛島さんという異様な関係を指摘してくれたのは大平さんだった。

「ああ。だがもう少しこのままでいさせてくれ」

もう少しこのままでいさせてくれ、とは。ちょっと私イミガワカラナイ。

「あー……、ごめんな、みょうじ。今日は俺がチェックするから」

謎のやり取りにしびれを切らしたのか、大平さん自ら私の部誌を受け取ってくれようとした。

しかし私の手からは大平さんがそのセリフを言い終わる前にものすごい速さで部誌が消えていた。ちょっと私イミガワカラナイ。

「……若利、いきなり部誌を奪い取るのやめなさいよ」

やれやれという目で牛島さんを見る大平さんを見て、大平さんが部誌を受け取ってくれる前に牛島さんが部誌を受け取ってくれたのだとようやく理解した。何今の速さ。さすが全国三本の指だ。関係ないか。

「俺がみょうじから部誌を受け取る。邪魔をするな」

「いやいや、いきなりどうした若利……」

まあとりあえず部誌確認したらまた返すよ、と大平さん。


タイミングが、いけなかったんだと思う。部活終わりで少しガヤガヤしていた体育館。何故かこの瞬間だけ、一瞬、みんなが黙った。
ふざけた話をしながらストレッチをしていた瀬見さんや天童さんや山形さん。一人で今日の活躍を語っていた五色。川西と白布は……、いつも通り練習終わりは静かだったけど。

とにもかくにも、牛島さんがある言葉を言った時。その時は何故か、体育館が静寂に包まれていたのだ。


「どうしたもこうも、みょうじのことが好きだからに決まっているだろう」

牛島さん以外のその場にいた人たちが、驚愕で叫んだことは言うまでもない。





「まさか若利くんがネェ〜」

「若利がみょうじのこと好きなことくらいわかっとっし!!」

「いや、つまんねえから!てか誰も若利の恋心なんて気付いてなかったよな?!?!」

「君達、ちょっと静かにしてあげないと。動揺しちゃうでしょ、ほらみょうじとか……」

「あーちょっと白布〜、私のタオルと水とってくんない〜?」

「クソッ……、ほらよ!!!」

「あ、みょうじの方はマネージャーの賢二郎がいるんで全然大丈夫なんで。それより牛島さんがやばいっす」

「みなさん!!!大変です!!!牛島さんが顔真っ赤にして棒立ちしてます!!!!」


***
牛島に言い寄られる、っていうリクエストだったんですけど言い寄られるというよりかじっと見られるだけになりました

mokuji