賢二郎くんはそれに気付かない


「本当に無理ですって」

「そんなのわかんないじゃん!当たって砕けろダヨ〜」

「砕けてどうすんですか。そもそもまだ知り合いの枠にも入れてないんですけど」

「アッハッハ〜〜〜賢二郎顔怖スギィ!!!」

「ここ廊下なんでそんなでかい声やめてください」

現在俺がいる場所は、普段部活で先輩に用事がある時にたまにくる場所、三年生の階の廊下だ。
そして目の前にはニヤニヤとゲスな笑みを浮かべる天童さん。

「じゃあ何、お友達になってくださいとでも言うつもり?」

それよりはいきなり告白の方がまだありえるデショ〜、と。何がありえるだ。何もありえない。

そもそも俺が五色の姉ちゃんを好きになることがありえないはずなのに。
そりゃあサラッとした黒い髪は綺麗だし、練習試合のあとに必ず言う台詞の“工くん今日も頑張ったね”の声は凛としていて聞いていて落ち着くし、何よりふわりと笑う笑顔は完璧なほどに可愛い。


……って俺はどんだけ見てんだよ気持ち悪い。

これが仮に五色なまえという人物でなければもっと円滑にことが進んだはず。問題はその弟だ。なんで五色が弟なんだ。あの人に関して一つ文句を言うならば五色工が弟、という点で間違いない。

「あっ!ほらほらなまえちゃんきたよ!!なまえちゃんー!!オハヨー!!!」

「ちょ、やめてください押さないでください」

天童さんに背中を押され、登校してきたなまえさん(別に馴れ馴れしく下の名前で呼んでいるのではなくて五色さんだとあのうるさい弟の方をさん付けしているみたいだから仕方なく呼んでいるんだ)の目の前に俺が立ちはだかることになる。

「あ、お、おはようございます」

「おはよう、白布くん」

あーーー、これ、これだよ、これだよこの笑顔。無理。無理無理。なんで五色は毎日この笑顔を見られるんだよ。家族の特権かよ。クソ。俺も家族になりてえ。

「あのね、賢二郎がなまえちゃんに話したいことあるみたいなんダヨネ〜」

は?なんだこのゲス……、じゃなくてクズ……、でもなくて先輩。勝手に話し進めんなよ。

「私に?」

「そ!」

どうする賢二郎。ここで逃げ出すか?いやまて賢二郎それは男としても人としてもだめなやつだ。
じゃあ適当に世間話でもするか?いやまて賢二郎それはなんの脈絡もなくどうでもいい話をするだるい奴というレッテルを貼られてしまう可能性がある。


……いくしかないのか?

どの道変な奴だと思われてしまうなら、いっそ言ってしまうべきではないかと思う。そうだ賢二郎。
振られたとしても(十中八九ふられる)(さっき名前を覚えてもらっていたことだけで奇跡)(実は“白布くん”って言われてかなり嬉しかった)あっそっすよね〜的な感じでここだけの話にすれば五色にも話はいかないだろうし。問題はこの赤髪野郎だけどなんとかして丸め込む。

よし、賢二郎、いこう。いってやろう。


「ここで平気?どっか場所うつ――」

「俺なまえさんのことが好きです!!!付き合ってください!!!」

腰をほぼ90度に曲げて一気に言ってしまった。なまえさんの表情はもちろんびっくりしている。

あれ?思ったよりこれ声でかくね?
顔を上げてみると登校してきてまだ廊下にいる人々は案の定俺を好奇な目で見ている。

ああ、終わった。公開処刑かよ。
どうせすぐ部活にまで話が回って瀬見さんあたりに馬鹿にされるんだ。五色が『俺の姉さんに告白なんて100年早いんですよ』とか言ってきたらどうしよう。泣きそう。ぶっ飛ばしてやろう。

さっさとごめんなさいって言ってください、この場から去らせてください、つーか廊下で鞄持ってる登校してきた奴らも早く教室入れよこっち見てんじゃねえ。

そんなことを思っていると、ようやく彼女は口を開いた。



「うん、お願いします」







沈黙






「…………は?」

「いやっ賢二郎自分から告白しておいてそれはないでしょ?!?!?!」

ケラケラと笑い転げる天童さんだが、いや、だって、は?

「え、あの、そうですよね、ここじゃあれですよね、また今度人が少ないところで返事とかでいいんで、」

うん、お願いします、

いやいやなんだよなんなんだよ。おかしいだろそれは。多分ここでふったら俺がかなり可哀想なことになると思ったから気を利かせてくれたんだと思う。
なんていい人なんだろう女神かよ。これ以上いい人にならないでくれ本当に五色が羨ましくなる。

「ふふ、何それ。別にいつどこで返事したって変わんないよ?」

「……は?」

「賢二郎いい加減ちょくちょくヤンキー出してくんのやめて俺笑いが堪えられないから!!!」

いやもう堪えられてねえだろ。

いやいやいやまてそうじゃない。そうじゃなくて。

「え、っと、あの、本当に、いいんですか?」

「いや、逆にそんな反応されても……」

「なまえちゃん去年から賢二郎のこと好きだったもんね〜」

「うん」

「そういうことなんですか」


いやいやいや、

「ってなるわけねえだろ?!」

天童さんは目に涙を浮かべながらいきなりヤンキー出さないでよと笑い出す。ヤンキーを出したつもりはないしそもそもヤンキーではないが、意味がわからずチッと舌打ちをした。
つーか知ってたなら『片思いなの?』とか聞いたり『当たって砕けろだよ』とか言うなよ。

「え、だって試合とか見に行ってるじゃん!」

「それはごし……、つとむ、くんを応援に来てたんじゃないんですか」

「ブッ、つとむくん?!」

今は天童さんに構ってる場合ではないのでそのツッコミにはスルーさせていただく。言い訳するなら、だって五色って言ったら今目の前の彼女も五色だし。

「まあ今年はそれも含めてたけど、去年は白布くんだけが目当てだったよ」

知らなかった。そもそも去年応援に来てたことも知らなかった。
まあ観覧席なんていちいち気にしてなかったし、キャーキャー言ったり名前を叫んだりする馬鹿な奴らとは違うから、全く気づかなかったのも道理にかなってる。

そして今俺はかなり嬉しい。嬉しすぎてどうしたらいいかわからない。牛島さんのことを恋愛対象として見ているわけでは決してないが、牛島さんに今日のトスはよかったと言われる時くらいには嬉しい。

「……そうだったんですか」

よって、逆にこの言葉しか言えない。本当は今すぐにでも『今日の俺120点!!』とか『見ましたか俺のスーパーストレート(な告白)!!』とか叫んでやりたい。

「もう、反応うすい!!本当に私のこと好きなの?からかわれてる?あ、天童と組んでドッキリでも仕掛けてるの?!」

「それはないよーん。賢二郎、結婚を前提くらいの勢いだから」

「ちょ、余計なこと言わないでくださいよ!!」

「そうなの?!私、挙式は絶対ハワイがいい!そこんとこよろしくね賢二郎くん!」

「俺のことも呼んでよネ!でもハワイで結婚式挙げると幸せになれないらしいよ?」

「え……?!絶対やだ!賢二郎くんと幸せになりたい!じゃワイハにする!!」

「賢二郎も大変だネ〜頑張って〜」


なんかよくわかんないけど色々勝手に話が進んでた。とりあえず俺たちは付き合うことになったらしい。サラッと下の名前で呼んでくるあたりこの人はすごいと思う。

あと今気づいたのは多分結構この人馬鹿だ。あと単純だ。五色家は思わぬところで血の繋がりを感じさせてくれた。

でも幸せそうに、これでやっと賢二郎くんの彼女か〜、なんて笑っているなまえさんを見ると、天童さんの言う迷信なんて存在しないしハワイとワイハが同じ地域であることを教えるのは、まだ先でいいかなと思う。

mokuji