人はそれを恋だと言うが、


微妙に長いので次の話に続きます
***

「つっとむ〜、姉ちゃんきてるよん」

練習試合だというのに、体育館に来ると既にギャラリーには人が集まっていた。その中からある一人を見つけると、天童さんは五色を呼ぶ。

「あ、本当だ!天童さんありがとうございます!!」

それに答えるかのようにギャラリーを見渡した五色もその人を見つけたようで、「ねえさーーーん!!」と声高らかに手を振っている。

初めてこの光景を目にした時は、姉さんなのか姐さんなのか困惑したのを覚えている。
だって姉さんだとしたら似てなさすぎるだろ。似てるとしたらサラサラの髪くらいだと思う。普通に血の繋がってる二個上(俺からしたら一個上)の姉らしい。

彼女も五色と目が合うとひらひら手を振り返していたが、その動作にはやはり五色工特有の暑苦しさはなく、どう考えても血の繋がりを感じさせなかった。多分五色のあの性格は五色家の遺伝ではない。

「今日も俺頑張るから見ててねー!!」

このシスコンが、という言葉を飲み込んで五色を呼び止める。

「おい五色、アップ始めんぞ」

「はっはい!!白布さんよろしくお願いします!!」

二階席とコートのコミュニケーションを遮ってしまった後ろめたさから、俺はちらりと五色の姉ちゃんの方をみる。すぐに目があって、ふわりとした笑顔と共に会釈してくれた。


……俺も返した方がいいのか?とりあえず無視するのは良くないと思って軽く頭を下げた。

「なになに賢二郎、みんなに先駆けてなまえちゃんにアピールしちゃってんの?」

その光景を見ていた天童さんがニヤニヤと聞いて来る。ていうかなんだよなまえちゃんって。馴れ馴れしいだろ。

そんなことも思ったが、確か一年の時に天童さん達は同じクラスだったと聞いた。
なまえちゃんはね〜すっごくいい子なんだよね〜、いつぞやの天童さんのセリフを思い出しつつ、適当に流しながらも否定と捉えてもらえるような言葉を言う。

「そういうのいいんで」

「なぁ〜んだ。てっきり片思いしてんのかと思っちゃったよ。なまえちゃんが来るといつもキョロキョロしてるし?」

「はぁ?!」

「ちょっと先輩にそういう言い方しないの〜」

思わず出てしまった言葉に多少の申し訳なさを感じたが、天童さんの顔には思いっきり『図星だね(ハート星きらきら)』と書かれている。はめられた、完全に。さすがゲスモンスターだ。クソが。図星とかありえねえよ。俺が五色家の人間を好きになるわけない。

そもそも後輩の実の姉に好意を寄せるなんてありえないに決まってる。ましては五色の姉、だ。あいつが義弟?むりむりむり。

「ありえないですからそれは。五色のこと工って言わなきゃいけなくなるとか御免ですね」

俺のこのセリフに対しての天童さんの反応の遅さは、普段のバレースタイルと比較するならば5倍の遅さくらいだった。

「えっと、賢二郎、」

「はい」

「………何で婚姻関係を結ぶ前提で考えてんの?」


あれ、俺って、五色の姉ちゃんのこと好きだったの?




「昨日の練習試合でさ、」

「本当ありえないから。ないからそれは。まじで」

「………まだ俺何も言ってないけど」

あれから1日。普通に学校がある俺たちは普通に食堂で昼食をとっている。俺はいたって普通だ。後輩の姉でもあり学校の先輩でもある人を好きになったりしない。そんなの普通じゃない。


――賢二郎は恋心を知らないからだよ!それは好きっていうんだよ!恋だよ!

昨日の天童さんの言葉が頭の中で反芻する。

「だからそんなんじゃねえって!!!!」

「……あ、そう、そうか、そう」

あ、やばい。なんか勝手に俺がキレてるみたいになってる。太一まだ何も言ってない。ごめん太一。

「いや、まって、ごめん、なに」

昨日の練習試合、という単語に過剰反応する俺を困惑する目で見る太一は正しい。

「昨日の練習試合、様子がおかしく見えたから何かあったのかと思って」

「…………」

さすが天童さんの後釜とされてるだけある。
俺が五色の姉ちゃんを好きになってしまった(とは認めたくないけど認めざるを得ない状況に持っていかれた)(誰とは言わないけど赤い髪のゲス)、とまでは言わないが、とりあえず俺が普通ではなかったことを見抜いている。

「………………」

「………………」

あ、なるほど。彼はこれ以上追求する気は無いと。二人でただただ無言で学食を食べ続けている状況だ。

食べているしらす丼に乗っているしらすたちが言っている。ここは、お前が切り出すべきだと。

「……あのさ、」

「うん」

「俺さ、」

「うん」

「五色の姉ちゃんのこと好きかも」

「……………」

黙々と食べていた太一の手は止まった。

やはり俺の様子が変だというのには気づいていたが、そこまで予想はできていなかったみたいだ。太一はかなり驚いている。声には出していないが、先程から動かなかった太一の手から箸がカシャンという音と共にお盆の上に落ちていた。

「五色の姉ちゃんって、あの?」

「そう、あの」

「なまえさん、だっけ」

「そう、なまえさん」

「……そっか」

「……そう」

さっきからなんなんだ俺たちは。一年以上仲間として切磋琢磨してきた割には会話が続かなすぎている気がする。
どうした俺らの約一年の絆。どうした俺らのコミュ力。

微妙に気まずい雰囲気でいると、で?どーすんの?と訪ねてくる太一。

「どーすんの、って?」

「だから、告白、とか?」

「とかってなんだよ。そもそも告白とかする気ないし。五色のお兄ちゃんとか絶対嫌だろ」

「………………」

この後太一に、「なんで結婚前提なの?」、という天童さんにも言われたセリフを言われ、そろそろ俺は(恋愛経験がなさすぎるからなのか、無意識のうちに五色の姉ちゃんのことがめちゃくちゃ好きだからなのかはわからないけど)やばいんじゃないかと思ってきた。

mokuji