好きな人に素直になれないアレ
できるだけ、私の持っている全ての力を使った速さで帰りの支度をした。
私は既に校門まであと20メートルの距離まで来たが、きっと先輩方はまだ部室でゆっくりと着替えていることだろう。
「残念、俺よりかは遅かったみたいだネ」
「げ、」
校門についたところ、学校と外を区切る塀の陰にいたのは紛れもなく私の先輩である。
「は、花巻さん……」
どうしてお前はそこにいる。早すぎやしないか。
そんな私の抱える謎はつゆ知らず、げってひどくない?と呑気に言っている額にはうっすらと汗が見えていて、絶対この人ちゃんと汗ふかないで部室を出たにきまってる。
「すみません、じゃあ私はこれで。失礼します」
ここで少しでも会話を成立させてしまったら、あの悪夢が繰り返される。繰り返されるに違いない。
「俺と一緒に帰るデショ?」
「っ、か、かえりまっ、せん……!!」
握られた手首が熱くなっていくのを感じる。だめだ。何で花巻さんは私に構ってくるんだろう。
もちろんこの人のことは嫌いなわけがない。本当のこと言えば、片思い歴は一年以上だ。しかしそもそもこの恋を実らせるつもりはないし、花巻さんのことは一人のマネージャーとしてみんなと平等な気持ちで見ていくと既に決め込んでいる。
しかし、それがどうだろう。
今まで私のことなんて見向きもしなかったくせに、ここ数週間急に私にグイグイくるこの人。むしろ怖い。
私は好きとかそんなそぶり見せたことはないし、どうしてこんな状況が続いているのかさっぱりわからない。
ついでに言えば花巻さんからも私のことが好きだというオーラやその他のものが出ているとは思えない。完全に遊ばれている。
きっと私が先輩のことが好きというそぶりを見せたらすぐに私から離れて、馬鹿だなこいつって笑うんだ。そうに決まってる。
逃げろ私。騙されるな。確かにかっこいいしバレーもうまいしかっこいいし優しいしかっこいいけど、その気持ちを出すな。
「手、離していただけますか」
「なに?この前一緒に帰った時緊張でほとんど喋れなかったの気にしてんの?」
にやりと私を見見下ろすその顔は、幼いいたずらっ子の表情のようでもあり、大人びた色っぽい表情のようでもある。
「いやそういうわけでは……」
……ある。そういうわけではある。そういうわけである。そうですその通りです。
数日前の部活終わり、半ば強制的に駅まで一緒に帰らされたあの日。嬉しかった気持ちと比例するかのように緊張感が襲ってきて、終始無言で花巻さんから目をそらすように歩いていた。
あれがトラウマになって、とまで言うと大げさかもしれないけど、とにかくあの日の過ちをまた起こさないために、先輩に捕まらないように早く支度をして帰るようにしたのに。
そんな努力は水の泡だ。
「ちょっとマッキー!なーんか急いでると思ったらみょうじちゃん捕まえちゃってなんなのさ!!」
そこに救世主のように現れた存在は我らの主将と他の三年の先輩方。
ああ、これほど及川さんのこのテンションに感謝した瞬間があっただろうか。その隣では岩泉さんがいつものようにうるせえ!と叫び、またその隣では松川さんがお前もうるせえぞと呆れたように呟いている。
「ほら〜みょうじちゃんが早くしないから邪魔ものたち来ちゃったじゃん」
「及川さんのこと邪魔もの扱いとかマッキー信じらんない」
「俺の恋心を邪魔する方が信じらんないわ」
沈黙
「「「「………え?」」」」
その場にいた4人全員が、アホみたいな唖然としたような同じ顔をしていると思う。
「えっ、何、まってマッキー聞いてない」
「言ってないし。でも最近の俺の行動みてわかるデショ?」
「あ?花巻のことだからみょうじのことからかってんのかと思ったぞ」
「俺のことだからってなんだよ、貴大クンがそんなことするわけないじゃん」
「お前ら一旦落ち着け、みょうじが放心してる」
いや、いや、いや、だって、え、そりゃあ反応できないに決まってますよね、え。
もう一度ちゃんと説明してほしい。説明されてもわかんないと思う。
「詳しく主将に教えるの義務だからね?!いつから?!何で急にガンガン攻めてんの?!?!」
「及川ウルセー」
「いいから答えて!!!」
耳をふさぐ振りをしながら、花巻さんはやれやれと説明し始めた。
私は自分が何をしたらいいのかわからず呆然とそこに立っていることできない。
「金田一がみょうじさん可愛いですとか言ってたし、ちょっと焦ったみたいな?」
え、それは、
「なになに、花巻嫉妬とかすんのね」
え、嫉妬って、
「るっせぇ松川。嫉妬まではいってない」
え、何で花巻さん顔赤いの、
「いや完全に嫉妬だべや」
え、岩泉さんでも思うほどなの、
「岩ちゃんそういうのわかるんだ」
え、どのタイミングで私は何を言えばいいの、
「黙れクソ川」
「………あっ、あの、えっと、」
意を決して声を出してみたものの、何をいっていいかわからない。
とりあえず花巻さんは私のことからかってて色々してきたんじゃなくて、本当に私のこと好きだったから、と捉えていいのだろうか。
「ほらマッキー!!はっきり言いなよ!!」
今から言うっつーの!、と、さらに顔を赤くしている花巻さん。多分、人のこと顔赤いとか言えないくらい私の顔だって赤い。
「なんか色々ごちゃごちゃしてっけど、俺、本気でみょうじちゃんのこと好きだから。……俺と、付き合ってください」
諦めていたとはいえ、大好きな人からのちゃんとした告白。
しかし、やっぱり口から出る言葉は素直なものにはならなくて
「……お、」
「「「「お?」」」」
「………お友達からお願いします!!!」
いやいやいやいや、何だよ私!!馬鹿なの?!自分で自分の素直になれなさに驚くよ?!?!
色んな意味の恥ずかしさからか、90度に腰を曲げて地面を見つめる私は顔を上げられない。
「ぶっ、マッキー振られてやんのー!!」
「よかったな、これからお前ら友達だぞ」
「やるねぇ、みょうじ」
先輩たちの笑い声が頭上から聞こえる。ああ、最悪。本当の本当は本当に花巻さんのことが好きなんです。絶対今ので嫌われた。
「……絶対、」
及川さんたちが一通り笑い終わったあと、花巻さんが口を開く。ちなみに未だ私は顔を上げられずにいる。このまま先輩たちが帰るまでこの顔はあげたくない。
「絶対に、いつかは彼女にさせますけど?」
先輩、本当は今すぐなっても大丈夫です、伝われ。
mokuji