不本意ながら癒された


「やだやだ絶対むりやだ」

「そんなこと言わないでよ〜!!」

ね、お願いっ、両手を顔の前で合わせ、私に懇願してくるのは三年連続で同じクラスだということもあり特に仲良くしている友達。

なのだが。

「だって私、知らない人のためにそんな面倒ごと巻き込まれたくないし」

朝のホームルームが終わると、すぐに私の元に駆け寄ってきた友達。
その頼みごとは至ってシンプルなものだった。『友達が及川くんの連絡先知りたいから教えて』。

「なまえ、そこをなんとか……!!」

友達の友達、いわゆる私は他人。友達は大事だけど、そのまた友達にまで優しくするほど私はお人好しではない。

「そもそも及川の連絡先なんてしらないから!」

どうして私が、もはやこの学校ではアイドル並みの人気を誇る及川徹の連絡先を知っていると思うのか。そちらも至ってシンプルな言葉で片付けられる。

「だから、花巻くんから教えてもらってよ!幼馴染でしょ?」

なんとなくこう言われる気がしていた。少し前までの私なら、花巻からと友達に催促される前に花巻に聞いておくなどと答えていたかもしれない。
しかし、今の私にはそんなことできるわけがない。

「あんたも知ってるでしょ、私、半年前に花巻に振られてるんですけど」

「え、もしかしてまだ連絡取ってないの?!」

「それどころか、今じゃ赤の他人だわ」

そう、私は半年程前、三年に進級する直前に花巻、――貴大にふられているのだ。

幼い頃からご近所さんだった私達は、所謂幼馴染で、高校生になっても仲良くやっていた。基本的に貴大は部活で忙しかったが、朝や放課後、偶然会えた時は一緒に登下校した。
もちろん、私の恋心は中学生の時に芽生えたもので、高校生になってもその気持ちは変わらず。一緒に居られるだけで嬉しかった。
だけどやっぱり、“彼女”っていう一つの肩書きが欲しい。私だけの貴大であってほしい。

今思えば、私は欲張りだったのだ。

自信がないことはなかった。貴大だって私といると楽しそうに笑っていたし、私と貴大が付き合っているという噂が流れた時は、『そりゃあこんだけ仲良ければな』って笑ってくれた。

でも、返ってきた言葉は私が予想していたものではなくて。

『ごめん、そういうのはあんまり、考えられない』

それからというものの、頻繁に連絡していたものも途絶え、会っても目も合わせられず、今に至るのだ。
貴大、と、幼馴染の特権であった呼び方も、言葉にしづらくなった。

「そっか、あの、ごめん……」

一気にテンションが下がっていく友達を見て、私も申し訳なさでいっぱいになった。謝られる筋合いはもともとない。
恐らく、私たちが未だ疎遠だということを予想していなかったのだろう。
一方私も、自分が避け始めたとはいえ貴大とこれほどまでに絶縁状態が続くとは思ってもみなかった。
今ではまさに、“同じ学年のバレー部の花巻くん”、でしかない。

「及川の連絡先、聞いてみるよ」

申し訳なさゆえか、なんなのか、当初は予定していなかった台詞が出てしまった。

「えっいいよ無理しなくて!!本当ごめんって!!」

友達のためでも、はたまたその友達のためでもない。そう、これは、

「そろそろ、花巻と……、貴大と、前までの関係に戻りたいしさ」

自分のためなのだ。
ありがとう、と友達は言うが、お礼を言うべきなのは私だ。





『 及川くんの連絡先を教えて欲しい 』

貴大にはそれだけを伝えた。本当は友達の友達が、と言うべきところなのだが、説明が面倒なのでとりあえずこうした。
友達にその連絡先を送る際には、本人の及川に了承を得ればいいと考えた。

昼休みの始まる直前に送ったメッセージだが、昼休みの終わる頃には返事がきた。

『 【及川 徹】』

ただただ、及川の連絡先が送られてきただけだった。
いや、それでいいのだが。私は及川の連絡先が欲しいと伝えたのだから、真っ当な返事だ。
もう一度仲良くやっていける契機に、とは、どれだけ甘い考えだったのだろう。

なんとも言えない気持ちになり、ありがとうの返事もできぬまま放課後になってしまった。





今日は委員会だからごめん、と友達に言われてしまい、仕方なく1人で下駄箱まで行く。寂しがりやなわけではないが、1人で帰るのはやはり少し寂しい。

「おい、」

そんなことを思いながらローファーを履いていると、後ろから声をかけられた。

振り向かなくてもわかるその声は、私に向けられるものを聞くのは久々で、懐かしいような、悲しいような複雑な感情がうまれた。

振り返ると、予想通りのあいつがいた。

「……あっ、あの、及川くんの連絡先、ありがとう」

思いの外動揺してしまい、声が変に上ずってしまう。
こんな近くで見るのは、いつぶりだろうか。

「お前さ、及川の事好きなの?」

「は?え?何で?」

何を言いだすかと思えば、私が及川のことを好きなのかということだ。
そんなわけがないし、私の好きな人は半年前と変わらず今目の前の花巻貴大なのに、そう可愛く言えたらよかったのに、一度振られた者の駄目なところだ。もうそんな勇気は持ち合わせていない。

「自分が連絡先聞いてきたんだろ、気になってる以外に何があんだよ」

「あ、えーっと、友達の友達が、欲しいって」

「………ふざけんなよ」

ボソッと、下を向きながら言う。
ちょっと貴大くん、お言葉遣いがよろしくないよ。

「俺さ、」

私がどう返事をしていいか迷ってるうちに、貴大はポツリポツリと言葉を発し始めた。

「今日お前からのメッセージが来たっていう通知きて、正直嬉しかった」

「えっ」

「だって、ずっと俺のこと避けてたろ。あからさますぎなんだよ」

「ごめんなさい……」

やっぱ、バレてましたよね。

「でそしたらさ、及川の連絡先よこせって。しかも俺が連絡先あげても既読だけつけて無視だし」

グイと距離を一歩つめる貴大の顔は、少し怒っているようにみえた。

「ご、ごめんなさい……」

素直に謝罪の言葉を述べながら、俯く私の頭に暖かい重さがのる。

「でも、よかった、及川のことを好きになったとかじゃなくて」

そのまま私の髪の毛を手でくしゃくしゃにする貴大の顔は、先程とは打って変わって優しいものだった。

ていうか、なんで、そんなに私の及川に対する感情を気にするんだろう。

「何でだと思う?」

「エスパー?!」

「バーカ、何年一緒にいると思ってんの。顔に出てんだよー」

何で、だろう。一つの淡い期待が私の心に広がる。

「……俺のこと、まだ好き?」

「好き、だよ」

当たり前だ。大好きで大好きで仕方がないに決まっている。

「あのさ、俺、今でもなまえと付き合うとかは考えられない」

おいおいなんだよお前、さっきまでの良いムードぶち壊しだな。上げて落とすスタイルやめてくれ。
半ば投げやりになった私は「あっそう」としか返せなくて。

「おい拗ねんなよ、良いから最後まで聞け」

「拗ねてないですぅー」

「はいはい、で、」

私の言葉を微妙に流した貴大は、急に背筋を伸ばしてシャンとし、改まった表情になった。

「でも、好きだ」

……聞き間違い、だろうか、好きだと聞こえた。寿司か?寿司って言ったのか?

「でも俺にはバレーがあるし、仲間も大切にしたい。だから、」

引退するまで、待っててほしい。

貴大が言い終わる前に、私は無意識に貴大の唇を奪っていた。

「……これで、引退まで我慢できる」

きっと、今の私の顔は真っ赤だろう。引退まで待てないよ、待てないけど、待つしかない、けど、それまでお預けなんて嫌だ。
そんな気持ちから、自然と体が動いてしまったのだ。

しかし真っ赤なのは私だけではなくって。

「ちょ、本当、やめろよな……」

ゆるゆると、顔を手で多いながらしゃがみこむ貴大。

「えっ何、ここ下駄箱」

「こっちのセリフだわ、お前、どこでそんなこと覚えてきたんだよ……」

照れている。こいつ、照れているぞ。俯いているせいで顔は見えないが、少し覗いている耳は真っ赤だった。

身長160にも満たない私は、いつも貴大も見上げるかたちだ。だが、下駄箱で耳を真っ赤にしてしゃがみこむ貴大を現在私は見下ろしている。

ふわふわな女の子になりたい、とか、可愛い女の子になりたい、とか、女の子の望みは多い。
私だって、好きな人を癒して上げられるような素敵な存在になりたい。

でも今日は、今日だけは、こんなに照れている貴大は初めてで、何だが優越感を感じちゃって、


「ふふ、かわいいね」


不本意ながら、癒された。




mokuji