今流行りのオン眉とやら


憂鬱だ。ただただ憂鬱だ。

このどんよりとした気持ちは、すべて昨日の私の軽率な行動のせい。どうして私はこうもズボラで適当な性格に生まれてしまったのであろう。自分の性格をここまで恨んだことが過去にあっただろうか。

「はぁ……」

「なになに、どーしたのなまえちゃん。ため息なんてついちゃってサ〜」

今日一日、いや、少なくとも三週間くらいはこの気持ちとどう向き合っていこうかと悩みながら朝練のために体育館へ向かっていると、ちょうど天童もご到着のようで私の顔を覗き込んでいる。

私は反射的に両手で前髪を押さえつけてしまった。

「そのポーズはなに……?」

「天童……どうしよう……」

呟きながら私はおでこに当てられた自らの手をゆっくりと離す。なにが?!と困惑していた天童だが、あらわになった私のソレをみて状況を把握したようで、プルプルと震え始めた。

「……っ、クッ、ご、ごめっ」

「いいよ、笑えばいいじゃん」

「っぶ、ふふふふふぶはっ!!なにそれ!!!なにそれ!!!」

クソ失礼な奴め。さすがゲスだ。確かに笑ってもいいよとは言ったがそこまで大袈裟に笑うことだろうか。

「だってその前髪……っ、ウケ狙ってんの?!それとも工をリスペクトしてんの?!」

「もういいからさっさと着替えてきなよ!!最低!!別に五色のこと意識してるわけじゃないし!!」

結局天童は最後までプルプルと肩を震わせながら部室へと行った。


そう、私は昨日、少し伸びてきた前髪を揃えるべくハサミを手に取った。ほんの5ミリほど切ればうまく収まったのだ。

しかし少しずつ切っていくという地道かつ面倒な作業は私の性に合わない。まあこの辺が5ミリだろうというところで切ってみた。すると思っていたよりもザックリ、という感触。


や ば い 。


本能でそう感じた。鏡を見てみると思った通り、私の眉毛はこんにちは、していた。


「へぇ、それで今日ずっとコソコソ下向いてあるいてんだな」

「瀬見もどうせ馬鹿にしてんでしょ、もういいよ……」

巡り巡って放課後練も終了。

朝練をはじめ、ずっとうつむきながら怪しい動きをする私を心配してくれた三年のみんなが、ストレッチ終わりに事情を聞いてきた。

天童は朝に私の前髪を見ているので、やっぱりプルプル肩を震わせている。

「まあまあ、そんな気にすることじゃないでしょうよ」

「ああ、みんなすぐ慣れるって」

「獅音くんも山形も、それはちゃんと見てないからだよ」

私はうつむきながらおでこを隠すように当てていた手を外して、このアホっぽい髪型をお披露目した。

「「「……っ」」」

ほら!!ほらみんな笑いそうになってんじゃん!!瀬見も獅音くんも山形もみんな笑い堪えてんのわかってるからな!!天童はずっと笑ってるし!!いつも通りなのは若利くんだけだわ!!

誰が最初に無意味な慰めを言い始めるのだろうかと思っていると、まさかの若利くんだった。

「どうしたみょうじ、五色みたいみたいじゃないか」

「ぶっ!!!」

「それ一番言われたくなかったんだよー!!!!若利くんの馬鹿ー!!!天童笑うなー!!!」

わかってる、若利くんのことだから天童みたいに嫌味とかじゃなくて、素直に思ったことを言っているだけ。わかってる。

みんな馬鹿にすればいいじゃん。見ろよ、むしろもっと私を見ろよ。

「牛島さん!!呼びましたか?!?!」

「いや、呼んでいない」

若利くんの口から五色という言葉が出てきただけで反応してくる。犬かお前は。

「ねえねえ工〜、なまえちゃんの髪型どー思う?」

もう半ばどうでもよくなってきて前髪(と眉毛)を晒し出している私をいいことに、五色にまで感想を求めるゲス。じゃなくて天童。

「??何か変わったことありますか?」

「ウン。さすが。工に聞いたのが間違いだった」

世の中みんな五色みたいな奴だったらよかったのにと思う。五色リスペクトしてないみたいな言い方してごめん、まじリスペクトっす。

「おい五色、お前まだストレッチ終わってないだろ」

そこに新たにやってきたのは五色のスパルタ保護者白布くん。

「あっ、賢二郎いいとこにきた。なまえちゃんの――、ってあれ、どこいった?!」

白布くんが磁石のS極なら、私もS極。そんな例えが正しいかのように、白布くんから逃げる。

むり、だめ。白布くんにだけは見られたくない。

お恥ずかしながら、私は白布くんとお付き合いさせていただいている。向こうが私のどこを好きになってくれたのかはわかんないけど、ありがたいことだ。

こんな髪型を披露したら、愛想を尽かされるに決まってる。

とりあえず体育館の壁とご対面してどうにか見られないように頑張る。

後ろでは天童たちに、「アレなんですか」って聞いてる白布くんの声が聞こえる。
アレって……、え、アレって……。

「みょうじ、そろそろみんな体育館から出るぞ、あんたも早く出なさいね」

「私白布くんが行ってから行く」

「はぁ……、じゃあ体育館から声が聞こえなくなるまで壁とごっつんこしてなさい」

獅音くんにそう言われたので、しばらくは壁とお話をすることにした。


数分経って体育館から人気が消えた気がするので、振り返る。

と、



「ひっ!!」

「ひっ、ってなんですか。何で一日俺のこと避けてるんですか」

そこにいたのは、どうにかしてこいつには見られまいと頑張っていた張本人白布くん。
ああ、私の今日の努力が無駄となった。

体育館には、私と白布くんの二人だけ。

「こ、この髪型を……見られたら、愛想を尽かされると思って……」

後輩だというのに圧倒的威圧感を放つ白布くんに負け、正直に話させられる。

「…………」

「ねえ何か言って白布くん、反応して白布くん、怖い顔しないで白布くん」

何故か私の返事に対して無反応かつムッとした表情の白布くんがそこにはいる。

「何すかその、愛想つかされるって」

前髪について相当なご不満があるかと思いきや、そこかい。

「いや、だって白布くんはうちでセッターやってるくらいだし、頭もいいし、かっこいいし、髪の毛も五色みたいにサラッサラだし……」

「はぁ?」

「いや、ほらっ、私はただのマネだし、頭もいいわけじゃないし、こんな前髪になったらさすがにフラれるんじゃないかって……そもそも白布くんが何で私と付き合ってくれてるのかもわかんないし……キスとかもしたことないし……実は私のこと好きじゃないんじゃないかって……」

勢いに任せていたら、何だかただの文句たれてる重い女みたいになってしまった。しかもなんだ、キスとかって。キスしたいのか。いやしたいかしたくないかと言われたらしたいけど。調子に乗んなとか思われただろうか。

「あの、」

「は、はい……」

ああ、きっと説教が始まる。説教タイムならまだましか。今ここで別れてくださいとか言われるのだろうか。

「まずその髪型になったからって愛想つかされると思ってたんですか」

「えっ、だってこの見た目ひどい……」

「そもそも俺があんたの顔で決めて付き合ってると思ってんですか。どのツラさげて言ってんすか」

怖い。まって、怖い。このツラです。このツラさげていってます。これはあれか、そもそもお前の顔も性格も好みじゃねえのに付き合ってやってんのにその言い草はなんだということか。

「ごめんなさいごめんなさいせめてお別れの挨拶は優しめに――、っ」


え、まって、え、え、今私の口に当たってるのって、えっ、


白布くんの顔が、私の顔と距離0センチから離れて行く。

「さっさと着替えますよ、なまえさん」

まだ私は、白布くんの彼女でいいみたいです。





「ついにちゅーしちゃったねあの二人!!」

「天童声でけぇよ!!聞こえたらどーすんだよ!!」

「ちょ、俺にも見せてください!!獅音さん手どけてください!!」

「お前にはまだ早い、あと瀬見も声でかいから」

「おい、俺も見えないぞ、山形手をどけろ」

「若利、お前にもまだ早いんだ」

「先輩たち覗きとか趣味悪いですね」

「太一が最初に言いだしたんだよ?!」


***
白布くんに「どのツラ下げていってんすか」って言わせたかっただけ

mokuji