日直の仕事は面倒くさい


窓から見える外はまだ、青空だ。

「日直だるすぎー」

我が1年4組は、1ヶ月に1回、多くて2回、日直という面倒な仕事が回ってくる。

仕事は意外とたくさんあって、くじ引きで決められた席順の右隣の人とペアでその日一日、日誌を書いたり、授業が終わるごとに黒板を消したり、移動教室の時の戸締りと電気確認など。中でも1番面倒かつ理不尽な仕事は、放課後の教室の戸締りだ。

残ってるやつらさっさと帰れよ。てかお前らが鍵閉めろよ。

「順番なんだから文句言っても仕方ないと思うけど?」

そして今回の私の右隣の席、いわゆる日直ペアは月島蛍。とくにすごく仲がいいというわけではないが、どちらかというとよく話す程度のクラスメイトだ。

顔はかっこいいし背も高いけど、性格悪いしすぐ馬鹿にしてくるし私が持ってきたお菓子いつの間にか食べちゃうし、私の中で気にくわない奴認定されていることは言うまでもない。

「月島はいいよねー、いつもは部活あるからこの仕事サボれんじゃん。私なんて帰宅部極めてるから毎回放課後残らされんのに」

そう、この仕事は部活をやっている生徒は請け負わなくていいことになっている。何ともずるいルールだ。
部活やってる人同士がペアになったらどうすんだ。そんな時は学級委員がパシられる。学級委員とはただの名ばかりで雑用係と言っても過言ではない。

「だから今日は部活ないから残ってるでしょ、感謝しなよ」

「何で上から目線なの」

「きみより成績も身長も上なんだよね」

いや、物理的に上っていう身長は関係ないし。

「残ってる奴らさっさと帰れ〜」

月島の言葉は無視して残っている数名の集団に声をかける。

あ、無視されたからって今ちょっと眉間にしわ寄った。ムスッとした。意外と負けず嫌いだったりして月島。

「ごめーん、あと15分くらいでこの課題おわるから!!まってて!!」

どうやらみんなで課題を終わらせようとしているらしく、あと15分ほどで終わるそうな。

「わかった、頑張れー」

「ありがとう〜!!」

そして私は自分が座っている机につっぷす。15分もあれば夢だって見られるスキルも持っています。

「ちょっと、もしかして寝る気?」

「みんなが教室出る時起こして〜」

ありえないんだけど……、という月島の顔は目を既に閉じている私には見えないが、恐らく不機嫌な顔に磨きをかけていることだろう。


15分だけ、15分だけ……。





ガクンッ

変な体勢で寝ているとよく起こるアレ。盛大にビクッとなった勢いで私の膝は机にクリーンヒット。痛すぎる……。

「んん……、あれ、」

周りを見渡すと既に教室は空っぽ。

……え、ちょっとまって、

「もう四時過ぎてんじゃん!!!」

時計を確認すると私は1時間以上寝ていたようで、先ほどは青かった空の色もあっという間に赤と橙のグラデーションになりかけていた。

自分の睡眠欲に驚く。どんだけ寝てんだよ。

っていうか月島あいつ、裏切りおったな……。既に奴の鞄はなく、もちろん本人もこの場にはいない。この教室内にはまさに私1人の状況なわけだ。

「クソ月島め……!!」

「爆睡して教室の鍵閉められなくする方がクソだと思わないワケ?」

私を置いて先に帰っていたと思っていた月島の声が、前の扉から聞こえた。その手にはまだ開封されていないイチゴ牛乳が握られていて、どうやら自販機までそいつを買いに行っていたらしい。

「起こしても起きないし」

「そ、それはごめん……」

起こしてくれてたんだ……、うわぁ本当申し訳ない……。月島だって、せっかくの部活がオフの日だから早く帰りたかったろうに。
いつも口悪い嫌味な奴とか思ってたけど、意外といい奴かもしれない。

「いびきも寝言もうるさいし」

「え?!?!うそ?!?」

「うそ」

ふざけるな。私もさっきのは嘘だったことにしてやる。なにも優しくなんかない。

「そもそも帰ってきてくれるなら鞄持ち出さなくていいじゃん!!帰られたかと思って焦ったし」

「そうやって焦るみょうじ見るの、楽しいし」

「趣味悪……」

「どうも」

「褒めてない!!」

くだらないやりとりをしていると、月島はさっさと帰る支度すませなよ、と既に教室の鍵を持っていた。

「今しようと思ってたんですうぅ〜」

「よく言うよね」

そう言いながら月島は教室の電気を消して窓鍵の確認もしてくれて、私の仕事はとくになく本当にただただ爆睡かまして月島の帰りを遅くしただけだった。

前言撤回でやっぱりいい奴かも。さっき心の中で悪態ついたことを含めてやっぱりなんか申し訳なくなったから、イチゴ牛乳のお金くらい出してあげよう。



鍵を閉めて職員室にその鍵を預け、職員室の前で立ち止まる。

「ん、」

「なにこれ」

私の差し出されたこぶしをまじまじと月島は見つめる。

「待たせちゃったから、イチゴ牛乳のお金」

それを受け取るように月島も手のひらを上に向けて手を差し出してくるので、チャリン、と120円をその手に落とす。

「うわー、けちくさ。ぴったり120円じゃん。申し訳ないと思ってるなら200円くれるとかにしなよね」

「うっさいなぁ、気に入らないなら返してよ」

私のイライラを含んだそのセリフを聞くやいなや、月島は120円を私に返してきた。ムカツク。本当に返してくんのかよ。こいつは人の好意をそうやって踏みにじって……。

前言撤回の前言撤回で、やっぱむかつく奴だ。

返されたお金を乱雑にブレザーのポケットにつっこむ。

「じゃ、私帰るから」

むかつくむかつむかつく。だからさっさと下駄箱行って靴履き替えて帰ろう。帰ろう。帰ろ……、う。


「………ね、手、はなしてよ、帰れない」

帰りたいのに、帰れない。

食べたいのに口内炎が痛くて食べられない。そんな感じのもどかしさの原因は私の腕を掴んで離さない月島の右手だ。

「120円はいらないって言ったけど、誰も何もいらないとは言ってないんだけど?」

「はぁ?じゃあ何が欲しいの?」

何言ってんのこの眼鏡。高額の賠償請求でもする気かよ。確かに1時間も爆睡かますのは罪が重い。ギルティーだ。でもそんな何百万とかそういう話ではないと思う。

「帰り道にできた新しいケーキ屋さん」

「んん?」

またもやわけのわからんことを言われて、思わず私もわけのわからんアホみたいな返しをしてしまう。

「カフェが併設されてるんだって」

「う、うん?」

「男1人じゃ行きづらい」

「一緒に、行けと?」

「それ以外に何があるワケ?ちょっとは自分で考えなよ」

いや、だってそれって、ねえ、帰り道に2人でケーキ屋さんって、それって。今まで意識したことなかったくせに、こういうこと言われると一気に恥ずかしくなってしまう自分がつらい。

「フリーズしないでよ」

「……ご、ごめん」

上から見下ろす月島は、で?と聞いてくる。それはイエスかノーかを問われているのだろうか。

「いや、うん、でも……月島早く帰りたいん、でしょ?」

なんて返したらいいのわからず遠回しに断るような返事をしてしまうと、月島は盛大にため息をつき、あのさぁ、と、呆れたような顔で言った。

「僕が何のために1時間以上も暇しながら君が起きるのを待ってたと思ってるの?」

そんなもん知るか。日直の仕事に変な責任感でも持ってたのだろうか。

ハテナを浮かべる私を見下ろしながら、にやりと含みのある笑みの月島。

「みょうじと一緒に帰るため、なんだけど」




沈黙




「…………え」

「だから、さっさと帰るよ」

ずっと掴まれっぱなしだった腕と共に私の身体は月島にひっぱられ、下駄箱へと向かう。

「いつまでタコみたいに顔赤くしてんの」

「だ、え、っと、あの、それって、どういう意味……」

「そういう意味、だけど?」

気にくわないと思っているつもり。でもその本人にいざ気持ちを伝えられたりすると、自分もそいつのことを好きだったんだ、って気づく。

そんな少女漫画みたいなことだって、この世になくはない。


***
甘々ラブラブ……?すみません、どこが甘々ラブラブなんでしょうか。私の精一杯です。何故か甘々ラブラブを意識してもそんなムードにならない……。

mokuji