積極的っぽい赤葦くん
「赤葦」
「何ですか」
「あ、あか、あし」
「何ですか」
「何ですかじゃないよ?!この状況はなに?!」
「……俺がみょうじさんの腕を掴んで離さない状況、ですかね」
「わかってるなら離そうか?!?!」
何故、部活も自主練も終わってやっと帰ろうとしている私の腕を赤葦が掴んでいるのか。謎だ。考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。
そして私はこの状況の理由を問うているのに赤葦はこの状況を解説するのみ。何冷静に答えてんだよ、私がきいてるのはそこじゃねえよ。
「私、帰りたいんだよね?」
「奇遇ですね、俺もです」
君に片腕を拘束されて、君がそこから動こうとしないから帰れないんだよ、伝われ。
「じゃあこの腕を解いてくれないかな?」
「それは無理です」
「どうした?!疲れてる?!悩みがあるなら聞こうか?!」
どうやら我れらが副部長はお疲れのようだ。校門の心許ない街灯に照らされながら、ただの先輩マネージャーである私の腕を掴んで離さない、その上帰ることすら許さないこいつはお疲れモードなのだ、きっと。
そりゃあ毎日木兎の面倒みて木兎の代わりにみんなをまとめて木兎の自主練に付き合ってたら疲れるに決まってる。結論は木兎が悪い。
「悩み……、ですか、」
「えっ本当にあるの?」
正直最後の悩みがあるなら聞くは半分冗談だったので、そんなに深刻な感じに返されると思ってなかったので驚いている。とりあえず手を離してほしい。
「はい、だから聞いてください」
だから手を離してください。そんな言葉は私の心の広さで何とかしまい込んだ。三年生たるもの大切な後輩の面倒を見るのが当然だ。
手は離してほしいけど。あと欲を言うととりあえず帰してほしい。いつまで校門で足止め食らっていればいいんだ。
「オーケー赤葦、聞くよ。聞くからとりあえず歩こう。駅まで一緒だよね」
案外赤葦はあっさりとそうですねと答えて歩き始めた。でも手は離さなかった。離さなかったというか私の腕を掴んでいたのを一度離して手を握ってきた。
もう訳がわからないけどそうだ疲れている赤葦は母性を求めているのだと完結した。いわゆる甘えたさんモードなのだろう。
落ち着け私。冷静を装え。動揺を見せたら負けだ。いやいや私は何と戦ってんだよ。
「……で、悩みって?」
そもそも聞いたところで私が解決できる話なのだろうか。とりあえず私の手を取り握って離さない赤葦を見る限りかなり深刻なのではないかと思う。
だって普段の冷静で無機質で淡白でクールな赤葦京治がこんなことするなんてよっぽどのことでしょ。本当に何が何だかわけがわからない。
「先輩がなかなか俺の思う通りになってくれなくて、すごく困ってます」
いつものように淡々と答える赤葦。ああやっぱり原因は木兎か。日々の積み重ねが今日爆発してこのような事態になっているのであろう。赤葦の思考回路がどうやって働いて私と手を繋いで帰るに至ったのかはやっぱりわからないけど、とりあえず木兎が悪い。
「そっか、木兎に少しでも落ち着くように言っとくよ」
木兎に落ち着け、なんて、言うだけ無駄だとわかっている。けど悩んでいる後輩のためにこれくらい言ってやらないと先輩としての顔が立たない。
だって何度も言うようでしつこいかもしれないけど、赤葦が私の手を掴んで離さないくらい悩んでいて疲れているんだ。
由々しき事態。大事な副部長でありセッターである彼にはなるべくいいコンディションでいたもらいたいのがマネージャーとしての意見である。
「いや、木兎さんではなくて。まああの人もなかなか面倒ですけど」
なんと。木兎ではないと。面倒ではあるが、この赤葦の今の状態を作り出した原因は木兎ではないと。それじゃあ一体何が原因というのか。与えられたヒントは“先輩”のみ。
さりげなく木兎をディスったところはスルーしてやる。
なんてったって赤葦京治はお疲れモードで以下略。
「えっと木兎じゃないなら……、」
木葉?木葉なの?木葉が原因なの?確かに最近女の子にナンパしたら失敗したとか言って練習に身が入っていなかった。大会も近いというのに、あいつは何やっているんだか。赤葦を困らせるなよ。
「木葉さんでもないですから」
なんと。木葉でもないと。ごめんな木葉、勝手に容疑者にしていたよ。
そして赤葦はお疲れモードにも関わらず私の考えていることを見事に当ててみせたのだ。恐るべし洞察力。強豪と呼ばれるうちの副部長を務めているだけある。お見事。
「えっと、それじゃあ何が原因かな」
そして私の方はというとギブアップ。何についてお前は悩んでいるんだ。木兎と木葉以外の先輩でそんなに君を悩ませる人がいたのですか、私には全く気付けなかったですよ。
そんな私の心の内も知らずに赤葦は、は?こいつ馬鹿なの?と言いたげな顔でこちらを見てきた。
おっと赤葦、さすがにお疲れモードといっても木兎以外の先輩にそんな目を向けてはいけないよ。
マネージャーとはいえ私だって先輩なんだ。先輩、なんだ。……先輩、だ。
「……もしかして、わ、わたし………?」
はぁ、とため息をもらす赤葦。そのため息はどういう意味でござんすか。肯定なんですか、私が原因なんですか。
「わかってんならさっさと思う通りになってくださいよ」
「ん?!?!」
恐る恐る尋ねるとやはりまさかの私。ワオ。予測外デース。でも俄かに信じがたい。私の何がいけなかったのだろうか。
「とぼけないでくださいよ」
「っ、」
とぼけてねえけどな!!思わず声を荒げるところだった。だめだよなまえ、お疲れモードの赤葦なんだからそれくらい許してやれ。それでこそ先輩だろう。
「えーっと……、」
考えろ、考えるんだ私。ここ最近の私の言動のどこかに副部長様のお気に召さないところがあるのだ。直ちにそれを理解し即直さなければならない。さあ考えろ。
「ドリンク、味気に入らなかった……?」
私の頭に浮かんだ答えは、『最近新しく買ったレモン味のするドリンクが赤葦の口にあわなかった』ことだ。かおりたちと無難なやつばっかじゃ飽きちゃうよねと話していたが、赤葦が実はレモン味よりノーマルの方が好きだったのかもしれない。
それならば早急にノーマル味のも買ってきて二種類ドリンクを用意すべきだろう。
いや、でも、昨日私がドリンクケース洗ってる時レモン味が好きとか言ってなかったか?
「そんな細かいこと俺が気にするとでも思ってんスか?」
赤葦様はお疲れモード。赤葦様はお疲れモード。機嫌が悪いのも仕方ない。赤葦様はお疲れモード。
ひたすら自分に言い聞かせて沸騰しかけた頭を落ち着かせる。
おいなんだその言い方は文句があるならはっきり伝えろよ、なんて死んでも言ってはいけない。こっちは今必死にどこの薬局がスポドリ安く売ってるか考えてたんだぞ、なんて口が裂けても言ってはいけない。
「ごめんね赤葦、私ちゃんと何が嫌なのか言ってもらえないとわからない」
そう、冷静に。冷静にいけ。疲れて悩んでイライラしちゃうのはお前だけじゃねえと思ったら負けだよ。だから私は何と戦ってんだって。
「ことあるごとにみょうじさんに話しかけてるのに何も気づかないし、」
「……うん?」
「自主練終わった後暗いから送りますよって言おうとした時には既に帰ってるし、」
「………うん?」
「俺が真面目に告白してんのにスルーするし、」
「んん?!?!ちょっとまってタンマ!!告白って何?!?!」
何を言ってるのかわかんないけどとりあえず最後まで聞いてから順番につっこもうと思っていけたけど、聞き捨てならなかった。
え?は?え?告白?赤葦が?私に?いつ?どこで?てか私の思ってる告白であってる?
「ほらまたそうやって」
「いやだって、告白って、え……」
「したじゃないですか」
「いつ」
「昨日」
「どのタイミングで」
「みょうじさんがドリンク洗ってる時」
昨日のことを思い出す。
私が水道でみんなの飲み終わったドリンクケースを洗っていると、練習を終えた赤葦がやってきた。確かに赤葦はあの時、「好きです」と言った。さっきも言ったけど私はこれを「今日のドリンクのレモン味好きです」と解釈したので、「じゃあ今度からレモン味にするね」と答えた。思えば確かに私がレモン味について答えた時の赤葦の顔は今の表情とまったく同じで、呆れて物が言えないというものだった。
「えっ、あれって告白だったの」
「好きです、って言いましたよ」
そうだけど、そうだけね、あのね、でもね、赤葦くん。さすがにあの状況で告白してくるとは誰も思わないから。ドリンクについてのご意見だと勘違いさてもしょうがないと思うの。ムードってもんを考えようよ。まったくどいつもこいつもうちの部活の恋愛偏差値は低すぎやしないか。
「ああ、ごめん……、気付けなかったわ……」
すると赤葦はさらにムスッと表情を変える。ねえ怒らないでよ赤葦くん。私はどうしたらいいの。
「じゃあもう一回言うんで」
「え、ちょ、まっ、」
赤葦は私を道の端に連れて行きお互い向き合って立つ体制になる。ちなみに手は握ったまま。おおなんだなんだ何なんだこのシチュエーションは。
「みょうじさん、俺、みょうじさんのことが好きです」
言われて一気に顔が赤くなるのを感じる。そういえばさっきから赤葦は私のことを好きだと言っているようなものだったのだが、私の勘違いのせいで効果が薄れていた。改めて言われると、うん、かなり恥ずかしい。
私がなんて答えるか渋っていると、赤葦はなんともずるい言葉を発するのだ。
「このままみょうじさんが俺の思う通りになってくれないと、練習にも身入らないし、勉強だって疎かにしちゃいますよ」
脅しか。脅しなのか赤葦京治。マネージャーとしても先輩としてもそんなこと言われてしまってはたまったもんじゃない。
「わ、私はどうしたら良いのでしょう……」
なんとも言えない威圧感に先輩の威厳も忘れて敬語になる。情けない。
「俺と、付き合ってください」
「………、は、はい」
そう答えるしかないじゃないか。当たり前じゃないか。それに何と言っても私は……、
「まあ、そう言ってもらえるのは知ってましたけどね」
「……へ?」
にこりと微笑み満足げな表情でまた駅へと歩き出す赤葦に、私はアホな返ししかできない。
「木兎さんが、赤葦とみょうじは両思いなのに何で付き合わないんだって言ってましたからね」
ほう。なるほど。……ってなるかボケ!!!!
「木兎……!!赤葦に絶対言うなって言ったのに………!!!!」
そう、何と言っても私は、赤葦に片思い歴一年を迎えようとしていたのだ。ちなみに最近、ひょんなことからポロリとそれを木兎に言ってしまったのだ。なんて馬鹿なことをしたのだろう。
「俺はすごいアピールしてんのにみょうじさんからは何もないから、俺なんて眼中にないと思ってました」
そしたら両思いって聞いたから、告白するしかないと思ったんですよね。
そう言う赤葦の顔は、少し赤く染まっているような気がした。
まあ今回は結果オーライだから、木兎に怒る理由はないようなものだろう。
mokuji