09


部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、死角になっている前方で強い殺気を感じる。

ヒソカ?はさすがにないか、私とは反対方向に歩いていったし。じゃあイルミさん?いや、イルミさんではない……気がする。勘だけど。マチには劣るが、私の勘だってそこそこ当たるのだ。

少し警戒しながら進むと、微かに血の匂いもしてやはりさっきの殺気は本物だったと確信した。あ、ちょっとダジャレみたいになっちゃった。ここ笑うところです。

「面倒だから変な労力使わせないでよね……」

思わず心の内を口に出してしまったが、何故試験の休憩中とでも言えるようなこの時間に、これほど神経を張り巡らさなければならないのか。
そして何故、私に神経を張り巡らせるような人々が多く存在するのか。


さあ角を曲がれば殺気を感じた方向だ、一応絶を使いながら、いつでも能力が出せるように手に意識を集中させてこっそりと進む。

そこに現れたのは思いもよらぬ人物で、

「……え、」

「あ、さっきのオネーサン」

なんとキルアくんだった。直接の面識はないが、きっとゆでたまご試験の時にゴンくんに私が呼ばれたことにより一応覚えてくれていたのだろう。

「ど、どーも。……なまえ、です」

いきなりのことに私は少し動揺してしまった。我ながら恥ずかしい。

「なまえさんね!俺キルア」

二パッと笑顔なキルアくん。

「キルアくん、改めてよろしく」

まあ知ってますけどね。君と仲良くなって見張るためにこのクソめんどくさいハンター試験を受けてるからね。

それにしてもこんなに可愛い話し方と表情するんだなあ。イルミさんとは大違いじゃん。

「ごめんね〜まさか人がいると思わなくてびっくりしちゃって〜」

殺気がキルアくんのものだったのかは確信には至っていないが、恐らく十中八九そうだ。
そりゃあイルミさんの弟だし殺しとかもプロの領域だろうからね。何があったかは知らないけどあれくらいの殺気くらい出せるだろうよ。

「こっちのセリフ。なまえさん気配殺してたでしょ」

さすがだ。痛いところをついてくる。そしてさっきのキューティースマイルはどこに行ったのだ。急になんか、こう、何かを疑うような目をしてきた。

うーん、どうしようか。私の本来のキルアくん見張りの目的がバレては元も子もない。

ま、殺気を感じたから警戒してたことをわざわざこの子に隠すことはないか。事実だし。

「キルアくんが来た方から殺気みたいなの感じたからね、一応?」

「……へぇ」

何か隠してるだろ、と、腑に落ちない顔のキルアくん。やめて怖い怖い。ミッション失敗したら私の命が危ないんだから。

私はまだこの世にいたいし、やり残したことも多くある。フェイタンともっとあんなことやこんなことをしたい。

ということで、そろそろおいとまするのが一番良いだろう。

「じゃあ私はこれで。また会ったらよろしくね!ゴンくんたちにもよろしく言っておいて〜」

逃げ足の速さは盗賊の鉄則だ。

キルアくんはさっきの可愛い笑顔に戻り、またね!といって私とは逆の方向に去っていく。

「なまえさん、」

と、思ったら呼び止められる。何を言われるんだか……。お得意の無視を決め込もうと思ったがキルアくんには何の非もないので振り返る。

「なまえさんって、そこそこ強いでしょ。俺、似たような仕事してる人ってなんとなくわかるんだよねー」

「…………」

私は何も返さずににこりと笑い、無言は肯定と捉えたらしいキルアくんも意味深な笑みを残して踵を返した。

やっぱり、さすがイルミさんの弟という感じだ。

同じような仕事とは暗殺のことだろうか。
蜘蛛としての活動についてだとしても、個人的にやっている何でも屋についてだとしても、あながち間違っていない。

蜘蛛として殺しはもちろん当たり前に行われるし、何でも屋というのも名前だけで比較的多い依頼は暗殺などが中心だ。

まあ仕事の3割は本当に“何でも”ありな依頼なのだが。
富豪の浮気調査だってやらされたことがある。そんなのもっと専門家に頼めよと思ったが、シャルに手伝ってもらってなんとか解決したのは記憶に新しい。

「そこそこ強い、かぁ……」

舐められたもんだなー、私も。そこそこ、なわけないでしょうが。


部屋に戻ろうとキルアくんの通って来たであろう道を私も歩いていると、男の死体が二つ。

なるほどね。キルアくん、君も“そこそこ”やるじゃないですか。

mokuji