軽率に書いたけど結局眠っていたボツ話
「お邪魔しまーす」
唖然。ただただ唖然するしかない。
数年ぶりに僕の家に上がり込むなまえさんは、右手にバスケットボールをかかえながらも動きやすい烏野バレー部のジャージを着るという何ともアンバランスな格好だ。
そしていつも通りへらりと馬鹿な笑みを浮かべ、球技大会の前にちょっと練習したくてさぁ、と、慣れた様子でズンズンと庭のバスケットゴールへと向かう。
……ああ本当、馬鹿みたい。何なの。期待するんじゃなかった。いや、何期待とかしてんの。
僕が何に対してこんなに文句を垂れているのかは、今日の部活終わりまで遡る。
本日土曜日は午前練習。いつも通り部活を終えたあと、山口と帰ろうとしているとなまえさんに呼び止められる。
「月島ー、今日の夜さぁ、」
そこでなまえさんが言った言葉は、僕の思考を止めて、変な期待をさせるのには十分すぎるものだったのは言うまでもない。
「家、行ってもいい?」
「……は?」
家にいく、とは。
付き合っているとはいえ、所詮僕となまえさん。世の中の彼氏彼女が行なっているであろうあんなことやこんなこと、と言うと語弊があるかもしれないが、キスだって初デートの日以来してないし、恋人らしいかと聞かれれば答えはノーだ。かろうじて手を繋ぐくらい。
それがどうしたものか。なまえさんはいきなり家に行ってもいいかと尋ねてきた。
もちろん“そういうつもり”であの馬鹿な先輩が言ってるとは到底思えない。しかしこの年齢の恋人同士がお互いの家に行くということは少なくとも何かしらあるものだと思っている。
僕だって高校生だし、第一、男だってことを忘れないでほしい。
「だーかーらー、夜、空いてる?家行きたいんだけど」
そしてわざとなのか無意識なのか無駄に夜という時間帯を強調してくるなまえさんはたちが悪い。
「別にいいですけど、」
何でですか、という僕の一番重要な問いかけは、ありがとうじゃあ潔子先輩待たせてるから、と早口で去って行くなまえさんには届くはずがなかった。
「ツ、ツッキー……、今のってどういう……」
「うるさい、山口」
隣で少し頬を赤らめる山口もやはり男子高校生だ。
家に帰るなり、まずは風呂に入って練習の汗を流す。そして部屋を一通り片付けた。一応母にも、「今日の夜みょうじ先輩がくるから」とだけ伝えた。
ちなみに母は僕たちが中学の時付き合っていたことも知っているし、今現在また付き合っていることも知っている。
まあ、今も昔も勘付かれてしつこく聞かれたから仕方なく答えただけなんだけど。
携帯を確認すると『7時ごろいくね〜』となまえさんから連絡がきていた。今はまだ3時を過ぎたところ。柄でもなくそわそわしてしまう自分がいることに腹が立つ。
今思えば、恥ずかしいとしか言いようがない。
7時を少し回った時、インターホンが鳴った。僕は何も思ったのか、それが誰か確認もせずに玄関へ向かって扉を開けた。
どうしよう、なまえさんに変に焦ってる奴だと思われたら。
そして冒頭に戻る。僕のこの数時間の色々な悩みや考えを打ち破ったのはさすがなまえさんと言えるだろう。
まるで中学生の時に戻ったように、僕は縁側に腰掛けなまえさんが練習している様子をただただ眺める。
相変わらずとても上手いとまでは言えないが、男子に置き換えてうまく例えるなら、すごく運動神経のいい野球部がバスケットボールをしている感じ、だ。
ああもう、さっさと終わらせて帰ればいいのに。そもそもバスケの練習がしたいならそう言えばいいでしょ。変な感違いした僕が馬鹿みたい。
「10分休憩〜」
そんな僕の理不尽なイライラもつゆ知らず、なまえさんは休憩を称して僕の隣に座ってきた。
「休憩するくらいなら帰ったらどうですか。明日も練習あるんだし」
「え、何怒ってんの」
無意識に怒っているような話し方になっていたらしく、なまえさんは隣に座る僕を少し驚いた顔で見つめながら、母が気を利かせて出した麦茶を飲んでいる。
いや、もう今回はしょうがないでしょ。この不機嫌が態度に出ることは仕方のないことだ。
返す言葉もなくさらに眉間にしわを寄せていると、なまえさんはあ〜わかった〜と何やらニヤニヤしている。何がわかったのか知らないけどさっさと帰ってほしい。帰ってほしい。
「ツッキー、何か期待してたんでしょ〜」
「はぁ?!そんなことあるわけないじゃないですか」
図星だった。むしろまるで、そうです変な期待をしていましたと、でも言うように勢いよく否定してしまった自分が憎い。
っていうかこういう時まで持ち前の地声のでかさを出してこなくていい。すぐ近くのキッチンで夕飯の支度をする母さんに聞かれたらどうすんの。帰ればいいのに。
そもそもこの人球技大会とかにそんな本気で挑む人だっけ。またどうせ誰かに火をつけられて変な理由でむきになってんでしょ。なおさら帰ればいいのに。
馬鹿なくせに頭のいいなまえさんは、僕が何も返せなくて無駄なことをぐるぐると考えていることをもちろん肯定と捉えたようだ。
「やだもう、蛍くんのへんたーい」
わざとらしく声を高くして、下の名前でまで呼んできて、そろそろ本当に帰ってほしい。もう帰ってほしい。
「なまえさんこそ何考えてるんですか、変態とか言われる筋合いないんですけど」
「まあ確かに私の言い方が悪かったかなぁ、普通にバスケしたいって言えばよかったねぇ」
てへ、とか言いながら自分の頭を握り拳でコツンとしたって全く可愛くないし馬鹿の演出を助長するだけ。さっさと帰れ。
そんな僕の願いとは裏腹に、うちの母はとんでもないことを言い出す。
「なまえちゃ〜ん、ご飯できたんだけど、よかったら食べていかない?」
「はぁ?!?!」
「ちょっと蛍、失礼じゃない。なまえちゃん、蛍のことは気にしないで、なまえちゃんのおうちがいいなら是非食べていって!」
そういう母は既になまえさんの分のお皿とかもちゃっかり用意しちゃって、多分なまえさんが笑顔でありがとうございますって言うことをわかっている。
「いいんですか?!ありがとうございます〜!!」
ほら、この人絶対こういうことは断らないタイプだし。
というよりか、仮にこれが嫌いな人とかだったら何が何でもうまくかわして断るし、その逆だったら快くイエスを言うんだ。
白黒はっきりしすぎというか、なんというか。
女子特有の面倒な感じがない、それでいて幼い子供のような可愛さがあるなまえさんのことを、母はすっかり気に入ってしまっている。
mokuji