月島蛍とみょうじなまえの9月27日
『昼休み屋上集合!!!』
そんな連絡がきたのは今日の朝。相手は言わずもがななまえさんだ。
「ツッキーどこいくの?」
昼休みはヘッドホンをかけてゆっくりとしていることが多いのに、今日は昼食を食べ終わるやいなや立ち上がる。
そんな僕をみて山口がたずねるのは当然のことと言えるだろう。
「……みょうじ先輩の、とこ」
「そうなの?!だったらそう言ってよ!いってらっしゃい!」
なまえさん絡みの時の山口の無駄なハイテンションは何なのだろうか。
廊下を歩き、屋上と言われたので階段を上っていく。
……うちの学校、屋上なんてあったっけ?
そんな疑問を抱きながら、最上階の階段の踊り場から屋上の扉へと続いている普通より狭く暗い、そして短い階段を登ろうとすると、僕の予想通り。
5つしかない階段を上った先の扉にある、立入禁止と書かれた張り紙を驚く表情でみるなまえさんがいた。
屋上は基本的に生徒立入禁止なのだから、そもそも屋上の存在を自分が忘れていたことに合点がいく。
「何突っ立ってるんですか」
「え、ツッキー、屋上が立入禁止だったの知ってた?」
「逆に知らないのはなまえさんくらいだと思います」
えぇ〜、と残念がるなまえさんだが、何この人、本気で屋上が開いてるとでも思ってたわけ?
「どうせ漫画とかで読んだやつを鵜呑みにしてるだけでしょ」
「げっ、何でわかるの」
いやいや、そんなの信じてるのなまえさんくらいだと思うんだけど。
僕は階段を上ってすぐそこの踊り場まで行き、目一杯馬鹿にした顔でなまえさんを見下ろした。
「屋上が開いてる学校なんて滅多にありませんから」
「なんだよー、せっかく月島と屋上できゃっきゃうふふしようとしてたのに」
子供じゃないんだから、普通は漫画で読んだことを何でも信じないでしょ。
本当にこの人はなんていうか、悪く言えば無駄に子供っぽく、良く言えば純粋なところがある。
それでいてたまに見せる変に頭の回転の早いところとか、好き嫌いははっきりしてるところとか、精神年齢の上がり下がりが激しい。まあ基本的には幼稚園児だけど。
本当、頭がいいんだか悪いんだか。
でもこれは、一緒にいて飽きない、という一言でまとめてしまえばいいのだ。
「じゃあいいや、はいこれ」
諦めたかのように僕に小さな箱を手渡す。
「何これ」
「お誕生日おめでと〜!!」
と言われて、どういうことか理解した。確かに今日は僕の誕生日だし、朝から山口もうるさかった。
箱を開けてみると、苺が不恰好にポトンと下に落ちたショートケーキが入っていた。
「あ、ごめん、それ昨日の夜ケーキ屋さんで買ったんだけど、朝自転車かっ飛ばしてきたらそうなっちゃった」
別にケーキがぐちゃぐちゃになっちゃったとか、そんなのは割とどうでもいい。
実は昨日の夜、正しくは今日の夜中というべきだろうか、なまえさんから何か連絡がこないかなとそわそわしていた、なんて、口が裂けても言えない。
「ありがとうございます」
「はいこれ、フォーク」
どこから取り出したのかプラスチックのフォークを差し出してきたなまえさんは、その場に座り込み、足を数段下の階段へ投げ出した。
本当は屋上で食べさせたかったのにな〜、と呑気に言っている。
「……いただきます」
僕もその隣に座り、ショートケーキを一口食べる。
「おいしい?おいしい?」
「おいしい。見た目は少し悪いですけど」
さっきはどうでもいいなんて言ったし、実際本当にどうでもいい。けどやっぱり、つつけるところがあったらつついてしまう。
「それは言わないの!!自転車でケーキ運ぶの大変なんだよ?!」
ほら、すぐにこうやってむきになる。そんなところも可愛いとは思うが、本人に言ったら絶対調子に乗るだろう。
僕は隣のなまえさんの話に耳を傾けながら、ケーキを黙々と食べていく。
ホールケーキ買おうとしたんだけどお金なかったらやめたんだ、と言っているが、お金があってもそれはやめた方がいいと思う。仮にもらっても食べきれないし。
こうやって何気なく二人で居られるだけで充分だ。
そして最後の一口をフォークにさし、なまえさんに差し出してみる。
「……な、なに」
「食べたいでしょ?はい、あーん」
僕らしくないと言われればそうだが、ここには他の生徒とかも来ないし、誰かに見られることもない。
多分僕の人生でこんなことをしてやってもいいなんて思えるのは、この馬鹿な先輩くらいしかいないだろう。
「……あーん」
少し顔を赤らめながら控えめに口を開けるなまえさん。
この顔、色々制限できなさそうになるからやめてほしいんだけど。
「んぐっ、」
「ぶっ」
自分の恥ずかしさを紛らわすように少し深くまでフォークを入れてやれば、もちろんなまえさんはむせてしまう。そしてもちろん、それを見た僕はおかしくてたまらなく、吹き出してしまう。
ケーキを咀嚼して飲み込み、なまえさんは僕を睨む。
「もっと丁寧にやってよ」
「今の一口は僕からの気持ちです」
「買ったの私だし!!」
ニコリと笑って言ってやれば、文句を言っているわりに意外と満足気な顔をしている。僕の珍しい行動が素直に嬉しかったのだろう。
「美味しかったです、ごちそうさまでした」
「うん、どういたしましてー」
へらりと笑って答えるなまえさんは、やっぱり上機嫌みたいだ。
携帯で時間を確認するとあと5分で昼休みが終わる時間だったので、帰りますよ、と立ち上がり階段を下りる。
「まってまって、私も帰るから」
僕を追いかけて階段を降り始めたなまえさんを振り返って見てみると、何かを思いついたようで、にやにやと含みのある笑みを浮かべている。
「……何?」
「月島、ちょっとこっちきて」
言われるがままに、三段上の階段に立っているなまえさんの元へ行こうと階段を登ろうとする、が。
「ストップ!!」
「はぁ?」
なまえさんは僕を階段に上がらせないで、にやにやした顔は変わらず腰に両手をあてた。
「蛍くんちっさいね〜」
……そういうことか。
階段を使って僕よりも身長が高くなって喜ぶこの先輩とは言い難い人は、うちの部活の単細胞バカたちと仲間だ。
こういう時だけ子供扱いして名前呼んでくるところとか、無意識だろうけどずるい。
「その頭なでなでするのやめてもらえませんか」
「蛍くんの髪の毛はふわっふわだねぇ、ふわっふわ〜」
二回繰り返して言わなくてもいいし、それがまた馬鹿っぽさを助長させているのだろうか。
蛍くん、と滅多に呼ばれない名前呼びにいちいち反応してしまいそうな自分が鬱陶しい。
僕の頭を撫でるのにはもう飽きたのか、時間がそろそろないと気づいたのか、なまえさんはもういいやというように階段を三段、そのまま飛び降りようとする。
「……まって、」
「ん?」
なまえさんが階段を降りるより前に、よく漫画で女子がするみたいに、僕は爪先立ちになる。そして、ほんのりピンクに染まっているなまえさんの唇に、自分の唇を引きつける。
「っ、」
「子供扱いするのやめてよね、なまえ」
子供扱いした仕返し、というべきか、ケーキのお礼、ともいえるのか。
真っ赤な顔のなまえさんには、今はそれがどっちなの考えることはできないだろう。
「ほら、早く帰りますよ」
一向に顔を赤く染めながらそこから動けないなまえさんの手を取り帰ろうとすると、やっと口を開く。
「――かい、め」
「何ですか?」
「………っ、に、かいめ」
2回目。そう言われて、何の話だかわけがわからなかった。
しかしつい先ほどの自分の行動を思い出して、彼女が何を言わんとしているのかがわかった。
「……キスの数、数えてるんですか?」
僕がたずねるとなまえさんはゆっくりと頷く。
「だってその、あんまり、いちゃいちゃみたいなの、しないじゃん、っ」
未だに耳まで赤い表情のなまえさん。
ねえ、本当に、だからそういうのやめてよね。僕はなまえさんにある意味で気を遣ってるんだけど。
そんな風に言われたら、我慢とか、そういうの全部、しなくていいってことになりますよね。
そしてその頬にもう一度、キスを一つおとす。
「数えきれるわけ、ないと思いますけど?」
完全にフリーズ状態のなまえさんを教室まで送り、自分も教室に戻る。
遅かったね、どうしたのツッキー、なんか嬉しそうだね。
山口の話なんてこれっぽっちも入ってこないくらいには、僕だって真っ赤になりそうだった。
mokuji