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疲れ切っているのか、部員たちは帰りのバスで見事に爆睡をかました。

私も例外でなく、楽しい夢を見ながら気持ちよく寝させていただいた。もちろん隣は潔子先輩なので間違ってもよだれがたれてしまわないよう気をつけた。

そして今は、

「「「「失礼しまーす!!!」」」」

我ら烏野高校バレー部が!!テレビに出ていると聞いて!!職員室に参りました!!

『さて次はEブロックですが、こちらは波乱のスタートです』

テレビから流れてくる無機質な声でさえも、素晴らしいものに聞こえる。

「おおおやってる!テレビ!!」

「ノヤ!!田中!!ついに私たちもハリウッドデビューしちゃうのかな?!?!」

「あったりまえだなまえ!!サインも考えとかなきゃな!!」

「ノヤッさん、なまえ、俺は今感動しているぞ……!!」

2年の仲良し3人組(今初めてこの言葉を使ったけど)で騒いでいると、馬鹿にしたように月島が呟く。

「ローカルニュースじゃないですか」

「「「うるせえテレビはテレビだ!!」」」

あ、そろった。仲良し3人組とはあながち間違っていないかもしれない。
確かになんだかんだこの2人とはよく一緒にいる気がする。部員の中で一番話すし遊ぶかも。

この前も、昼休み3人で下駄箱を出たところで水風船大会を開催したら、ちょうど通りかかった大地さんに見つかって怒られたのを覚えている。
またその前は、昼休み3人で私が持ってきた飴で作れる綿菓子メーカーで綿菓子を作っていたら、ちょうど通りかかった大地さんに以下略。

あれ、大地さんってもしかして私たちのこと見張ってる?


そんなことを考えていると当たり前だがいつのまにかテレビはどんどん進んでいて、『そして続いての注目はAブロック!』と言う声が聞こえる。

「今日やった体育館だ!」

テレビテレビ言いつつも自分たちの関係のない映像はちゃんとみていなかったので、日向の言葉を頼りに画面へと意識を戻す。

『注目はやはり青葉城西高校主将の及川徹君ですね!』

クソイケメン野郎先輩の『クソイケメ』まで言葉に出かかったけど、大地さんの鋭い視線を感じて何とかこらえた。

うん、よくやったぞ私。えらい。

『そして明日この青葉城西に挑むのが、ベスト8確実と思われた伊達工業をまさかのストレートで下し勝ち上がって来た、古豪、烏野高校です』

くる、くるよ私たち、ハリウッドもすぐそこに………!!!

そんな期待とは裏腹に、画面に映るのはあのクソイケメン野郎で。

『いいチームですよね!全力で当たって砕けてほしいですネ!』

「クソイケメン野郎先輩ぶっつぶす……!!!!」

勝手に口は動くものだ。もはや反射神経。

しょうがないじゃないですか、だって私たちが映ると思ったら違ったんですもん、しょうがないじゃないですか。こんなこと言われたらしょうがないじゃないですか。

「みょうじ?」

「ひっ、すすすすみませんっ」

素敵なスマイルを浮かべる大地さんは、後で俺のところに来いよと無言の圧力をかけながらテレビへと視線を戻した。



『明日も熱戦が期待されます!がんばってほしいですね!さて次の―――』

「「「「………………」」」」

え、えっと、えっ?終わり?終わりなんですか?烏野の映像はないんですか?え?

きっとこの思いは、私だけでなくこの場の部員たちが全員思ったことであろう。

「ぼっ、冒頭には一瞬試合シーンが映ってたんだよ!?皆かっこよかったよ!?」

武田先生のフォローも今はただ虚しさを助長させるだけ。

「先生、ありがとうございました」

そして大地さんは職員室の扉へと戻り、一言。

「よーし、それじゃあ……、やるか」

その言葉を合図に私たちも職員室を出て行く。
出て行った職員室からは、何を?!と慌てる先生方と、ただのミーティングですよと弁明する武田先生の声がかすかに聞こえた。





「今日の伊達工戦はな、言わば”ビールの一口目”だ!」

と、コーチは自信ありげに話すが一方私たちは意味がわからずぽかーん。

「ビールの一口目の美味さは最初だけの特別な美味さだ!」

「烏養君、未成年にもわかる様にお願いします」

そうだよそれそれ、武ちゃんそれだよ。私たちまだビールがどうとか言われても知らないから。未知の世界だから。りんごジュースとかにしてくれると個人的にはわかりやすい。


その後コーチのありがたいお話は続き、軽くフォーメンションの確認をして下校になった。

「じゃあ明日も遅刻すんなよー!」

「「「「オース!!!」」」」

さっき携帯を確認したら、今日の夜ご飯はハンバーグらしい。やった。ルンルン気分で潔子先輩の方へ向かう。

「きっよこせんぱーい!帰りましょう!」

「なまえ、後ろ」

淡々とそう言われたので振り返ると、

「だ、大地さん……」

「みょうじ、ちょっと話そうか」

はい、素敵スマイルの部長様がいらっしゃいました。

絶対さっきクソイケメン野郎って呼んだこと怒られる。怒られる。ついでにここ最近のやらかしたやつも一気に怒られる。やばいやつ。

「じゃあ、私は先帰るから」

「潔子先輩ーーーー!!!!!」

こういう時にサラッと私を置いて行くところが潔子先輩らしい。でもそこもまた魅力。大好きです。

「なまえじゃあなー!!こっぴどく叱られろよー!!」

帰りがけにこんなこと叫ぶあのハゲは“仲良し3人組”失格だ。助けてくれたっていいじゃない。

「大地ー、そこそこにしてやれよー」

スガさん……!!やっぱり優しい……!!私を助けてくれるのはスガさんだけです!!!

「まあ次、他校の人に直接変なあだ名で呼んだら覚悟しとけよっ」

ニコッと爽やかスマイルを置き土産にスガさんは帰っていった。本格的に私は言動を注意しなければならない気がしてきた。あれは本気で怒られる一歩手前だ。

そして私は大地さんと向き合う。

「確かにああ言ってやりたい気持ちもわかるけど、部活として俺たちはやってるわけなんだよ」

「……はい」

「他校に失礼のないようにしなきゃならない」

「……はい」

大地さんの言葉は至極真っ当すぎてただただ「はい」と答えるしかできないでいる。

「クソ野郎、はちょっとなぁ……」

「それは、本当に、すみません!!」

「あと眉なし、とかにろ、とかもな」

「それもすみません!!!」

ガバッと腰を90度、いやそれ以上に曲げるとポン、と大地さんの手が頭にのる。

「言葉じゃなくて、試合で攻めてこうな」

顔を上げるとさっきの素敵スマイルとは違った、本当の意味の素敵スマイルの大地さんがいた。

「……はい!!!」

「じゃあ今日は解散!お疲れ様、一日ありがとうな!」

ああやっぱり私たちの主将は大地さんだ。そう思わせてくれるこの、叱ったあとの優しさ。涙が出そう。

「失礼します!」

挨拶をすると大地さんは近くで待ってくれているスガさんと旭さんの元に歩いていく。

そういえば今日は潔子先輩いないから私は一人だ。ついでに今日は荷物が多いので、朝はお母さんに車で送ってもらった。ありがとうママン。
よって自転車もないので一人でとぼとぼ帰るしかない。

数メートル先の先輩たちの後ろ姿を見ていると、あと何回みんなで部活に出られるんだろう、とか、柄にもなくセルフしみじみとした雰囲気になった。

中学の時の部活が適当すぎて(勝手に私が適当にやってただけだけど)、今こんなに頑張ってることが信じられなかったりする。

中学の時に私が頑張ったのって、月島に見てもらいたいって思った2年の五月頃から3年の初夏の引退までだったなあ。
一年くらいしか頑張ってないじゃん。しかも原動力はバスケ関係ないし。

それに比べて今はどうだろうか。時間で言えばまだ一年と少ししかやってないけど、最初から今まで全部を頑張ってきた。
最初こそ月島がくるからとか不純な動機っぽいが、月島の存在がなくても先輩や二年の奴らのためなら頑張ろうって思えたと思う。

……いや、そもそも月島がいなかったらバレー部に入ろうとすら思わないし、マネージャーなんで絶対面倒だからってやってなかったわ。

改めて考えると、私って基本的に月島のためだけに行動してるところがあると思う。月島のためにこの儚い命を燃やしている。気持ち悪いけどそう言わざるを得ない状況を私の今までの人生が作り出してる。

「月島のこと大好きかよ〜」

校門を出るところで、思わずポツリとつぶやいてしまう。
まあ今はこんなこと言ったって周りに人はいないし、大好きとか言うとだいたいは顔をしかめる当の本人もいないから何だってありなのだ。

「もうそれ聞き飽きました」

「だって何回も言ってるもん」

「何回も聞きました」

「だよねー、………って、え?!?!」

いやいやいや今一人だって?!何会話成立してんの?!こわっ!!!!

恐る恐る斜め後ろを見てみると、すぐそこにはその“本人”がいらっしゃる。

「いっつも思うんですけど、何ですぐ近くにいるのに気づかないんですか?」

「いいいいいると思ってないんだもん!!!センサーはってない!!!」

薄暗くてよく見えないが、いつも通りご機嫌ななめな感じの月島。どこからどう見ても、月島。どうして月島。ユーは何しにココへ。

「学校では一瞬でも僕のこと見つけたら走って寄ってくるくせに」

「校内は月島に会えないかなーって思いながら行動してるもん、センサーガンガン出てる」

「ストーカーはやめてくださいね」

「照れるなって〜」

こんなふざけたやりとりをしながら自然と二人で帰路につく。

しかし、やはり私には疑問が残る。どうしてここにいるんだい坊や、山口と帰ったんじゃないんですか坊や。

なんていう私の問いは、口に出さずとも伝わるようで。

「澤村さんになまえさんが連行された時清水先輩帰ってたんで、どうせ一人なら一緒に帰ってやろうかなって思ったんです。山口はもう帰りました」

………うわぁ何この子。

うわぁ、うわぁ。可愛い。ただただ可愛い。そんなに私と一緒に帰りたかったの?ねえそうなの。そうなの蛍ちゃん?

「そっかぁ〜んふふ」

「その締まりのない顔、気持ち悪いんでやめてください。気持ち悪いです」

わざわざ気持ち悪いって二回も言わなくていいよと思ったけど、月島が私と帰りたいと思ってくれたことには変わりない。
そりゃあ顔だって締まりのない感じになっても仕方ないよね。

「うんうん、そっかそっかぁ〜ふふ、私も大好きだけど、月島も私のこと大好きだもんねぇ〜」

隣で歩く月島はなにも言わずチッと舌打ちをしているようだけど、そんな動作すらも愛おしいと思うからもう末期。

「やだもう〜そんなに大好きだったら早く言ってよ〜」

自分でもこの喋り方やめようって思うんだけど、どうも幸せのせいで口元が緩んでしまう。
どうせ今の月島は舌打ちしか返してくれないだろうし、私の好き放題に愛のメッセージパレードが行われるだけだ。

「はぁ〜もう私何でもしてあげちゃう勢いだよ〜」

そう、私も調子に乗っていたのだ。

「えっ、なに、」

月島は私の腕をグイッとひっぱり、体と体がこんにちは。かなりの密着度で向き合う形になった。

「あんなお守りでも鞄に付けてあげるくらいには大好きですけど、何でもしてくれますか?」

ふわりと笑う月島の顔は、大地さんやスガさんの“ある意味素敵スマイル”とはまた違う、“何だかヤバイ素敵スマイル”で。

「ま、参りました……」

さっきまでは大好きだとか散々言っていたけれど、こうやって向こうから行動に表されると完全に私は白旗を上げざるを得ない。

「余計なこと言うなら、それ相応の行動で示せるようになってからにしてくださいね」

何事もなかったかのように私を解放して再び歩き始める。

悔しい。またそうやって私を馬鹿にして。年上は私だってば。翻弄させてやるのは私なんだってば。
こういうところでも負けず嫌いな性格が出てくるから困ったもんだと思う。

少し離れた距離を縮め、心の中で気合いを入れる。よし、そこまで言うならやってやるし。

私は月島の右手と自分の左手を絡める。そう、恋人繋ぎというものだ。いつも好き好き言う割には行動には起こせない、言行不一致の私にしては頑張った。

おい誰だお前はそれが精一杯かよって言った奴。

さあ月島選手はどうくるかと思っていると、しばしの沈黙のうちに口を開く。

「……なん、ですか」

何ですか、って何だよ。今お前が行動で示せって言うから頑張ったんじゃん。

顔が赤いのがバレないように下を向いていたけど、気になってチラリと上を見上げてみる。

そっぽを向いた月島も、少し赤くなっていることを私は見逃さない。

何だよツッキー、自分だって私から珍しいことすると照れてんじゃん。

「ねえ月島、」

「……なに」

「大好きだよ」

「………………」


今日は少し、年上の余裕を見せてやれた気がする。みょうじ選手の勝利でしょ。

明日の試合で勝とうとも負けようとも、月島とはまだ一緒にいられるからいいかな、なんて。
さっきまでもう先輩たちと部活できないかもなんて思ってたくせに、我ながらずるくて自己中心的な考え方。だけどやっぱり、それくらい私の脳内は月島蛍に占領されているのだ。

mokuji