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「うわっ、こっちからも来たっ」
「ゲッ、でかっ」
「伊達工業だ……!」
旭さんの中身がどんなにへなちょこかもしらずに変な噂を話して奴らが指差す方向を見ると、伊達工とかかれたジャージを身に纏う集団。
うわぁ、あの人眉毛ない。あ、日向も今同じこと思った顔したな。去年も伊達工とは顔を合わせてると思うけど、あの人の眉毛があるかないかとかまで理解できるほど近くで見たことはない。
そしてその眉無しの人は、旭さんに向かって指をさす。……同じワルのにおいでも感じ取ったのかな?旭さんは見た目だけだけど。
「ちょい、ちょいちょい!やめっ、やめなさいっ」
ノヤが今にでも眉なしさんに飛びかかりそうな時、慌てて来たのはまたもや伊達工の人。でもこっちの人はそんなにいかつくない。
「すみません!すみません!」
「いえ……」
必死に眉なしさんの指差す手を下ろそうとする伊達工の人に、旭さんもおろおろしている。眉なしさんと対照的にこの人すごい優しそう。温厚そう。
「あの眉なしさん問題児ですね」
「他校の人を勝手に眉なしさんとか言っちゃうみょうじには言われたくないべ?」
「みょうじ、あんまり他校の人に変なあだ名つけるなよ、お前も問題児枠にいれるぞ」
素直な感想を述べるとスガさんと大地さんにつっこまれた。確かに小学生の頃から通知表に以下略。
「おい二口、手伝えっ」
「はーい」
そして伊達工の温厚さんは二口さんというヘルプを呼んだ。……二口?!フタクチ?!
「すみませーん、コイツ、エースとわかると”ロックオン”する癖があって……、だから、今回も覚悟しといてくださいね」
いやフタクチって漢字二口であってますか?ロックオンとかわけわからんこと言ってますけど二口さんですか?にろさんですか?
去っていく伊達工軍団の背中を見ながら、もう私の頭の中はフタクチさんが二口さんなのかにろさんなのかそんなことしか考えられなかった。
「……いやーちょっとビックリしたなー、旭、よく目え逸らさなかっ……、」
「きっ、緊張したっ……」
「なんでコートの外だと、そんなに弱いんですか」
「ノヤっさん、オブラート!!つーかなまえはさっきから何プルプル笑いこらえてんだ?!」
「だっ、だって、フタクチって、ふっ、にろさん……っ」
「みょうじは失礼発言少しは慎みなさい、さっきも言ったよな?」
鎮まれ、静まりたまえ私の笑い。そろそろ大地さんが本気で怒るぞ。
「……みょうじ先輩って、ネーミングセンスが日向並っすね」
最後の影山の発言は私の海より広くて山よりでかい心で聞かなかったことにしてやろう。
*
抑えきれない笑いを大地さんにこれ以上見られまいという本来の目的を隠しながら、みんなが着替えている間に観覧席の陣地取りという理由で私は体育館内を一人彷徨っている。
落ちた強豪とか言われて自分でさっきキレてたが、やはり今の烏野が強豪校ではないのは事実。よって席取りと言ってもそんなに多くの席を取らなきゃいけないわけでもないし、したがって席取りにはまだ早い。
そもそも席取りが必要かどうかも定かでない。一応だ、一応。別に下に降りられないから暇だというわけではない。
よし、自販機でりんごジュースでも買ってこよう。
お目当ての自販機を見事見つけ出し、ガコンッという心地よい音と共に大好きな純粋アップルがおちてくる。
「あっ、なまえちゃーん!!」
自販機の前でそのままりんごジュースを飲んでいると、少し離れた所から聞いたことあるような声。
目を凝らしてみると、青城の三年生の先輩方だった。
「岩ちゃん先輩、まっつん先輩、マッキー先輩こんにちは!」
「俺が呼んだのに俺のことは無視?!」
「よう、みょうじ。うちのクソ川が相変わらずうるさくてごめんな」
「久々?でもないか。今日も元気だな」
「みょうじちゃんあの眼鏡の子とうまくやってるの?」
ケーキバイキング遭遇事件の日から私が学んだことは、クソイケメン野郎先輩改め及川先輩についてはだいたい無視でいいということだ。
「マッキー先輩その言い方なんですか!順調に決まってるじゃないですかー」
いや、順調、とまで言ってしまっていいのか。私の中ではやっぱり今でも月島がどうして私のことを好きなのかとかそもそも本当に好きなのかと思う場面が多々ある。
……考えたって仕方ないよね!!あんなお守りつけてくれるくらいだから心配ないよね!!信じるしかないよね!!
「岩ちゃんたち聞いてよ!なまえちゃんってば俺からのLINEほとんど既読無視するんだからっ。何でなまえちゃん返してくれないワケ?!」
「既読無視」
「リアル既読無視ヤメテ!!」
まずその言い方だと語弊があるからやめてほしい。
ケーキバイキングの日にノリで連絡先を交換してから(実際は先輩という権力を行使され半ば無理やり)、及川先輩は毎日しつこく“眼鏡小僧から乗り換えて俺にしない?”という気持ちの悪いLINEを送ってくるのだ。
向こうがどこまで本気なのかは知らないがそもそも私は月島以外に興味はないし月島よりかっこいい人はいないと思っている。あと愛しのツッキーのことを眼鏡小僧って呼ぶのは許さない。
ちなみに及川さんの登録名はもちろんクソイケメン野郎先輩だ。月島よりかっこいいと思える人がいないだけで、及川先輩のことは確かにかっこいいとは思う。顔だけね、顔だけ。
「いいな、そのリアル既読無視。今度から及川に使うわ」
「岩ちゃん?!」
私の必殺奥義『リアル既読無視』を岩ちゃん先輩に布教することに成功した。これからも積極的に使っていこうと思う。
青城は確かにライバルだけど、コートの外ではみんな友達なのだ。岩ちゃん先輩もまっつん先輩もマッキー先輩もいい人だし。しょうがないから及川先輩も含めてみんな好きだと言ってやる。及川先輩はついでだ。
「それより同じブロックだっけか?」
「はい!進化した烏野でまっつん先輩たち驚かせますよ!!」
「マジ?それなら俺らが驚けるくらい進化してなかったらシュークリームおごりね」
「じゃあ今LINEでやってるどっちが多く“ン”から始まる言葉言えるか対決は一回休戦しましょう」
「君たちくだらないことしてるね?!っていうかなまえちゃん、マッキーのLINEは返すんだ?!」
「あ?俺も返してくれるぞ」
「俺も」
「返してくれないの俺だけだけじゃん!!みんなちゃっかりなまえちゃんとLINEしてるし!!」
私が言えることじゃないけど及川先輩ってすごくうるさいと思う。ここでも私はリアル既読無視を発動だ。
「じゃあ、そろそろ席取りしなきゃいけないんで。失礼します」
さすがにここでずっと話しているのは私の席取りにも影響あるし、青城のアップにも支障をきたすと判断した私はおいとまする。
岩ちゃん先輩は最後に、マネ頑張れよ、と言ってくれた。なんていい人なんだろう。素敵だ。
そろそろ試合を行う体育館に戻って、みんなのアップを見ることにしよう。
mokuji