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インターハイ予選当日。

マイクロバスの前では部員のみんなが大きい荷物を積んでいる。

ふと月島の方を見ると、自分の鞄を隠すように持ちながら日向と話していた。

「あ!!月島鞄に何つけてんだっ!?」

「日向には関係ないでしょ」

まさかと思い月島の腕に隠れた鞄に目を凝らしてみると、なんと『奴』がついていたのだ。月島が私の作った御守りをつけてくれてるなんて……。感動しすぎてなまえさん涙が出そうだよ。

しかしあの御守りの不敵な笑みを見るにつけ、嬉しさと同時に、何か月島に悪いことが起きませんようにと願う。なんとも複雑な感情だ。

「呪われませんように……」

「みょうじ何か言ったか?」

「何でもない!!」

一応呪いの人形が本当に呪いをかけないようにとお願いしたら、隣にいた縁下に怪しまれた。うん、いつも通りかな。

「よーし!忘れ物ない?!出発するよー!!」

「お願いします」

「「「シアース!!!」」」

いよいよ私達を乗せたマイクロバスが出発する。そんな時、私と田中はあるものを持って日向の前に立つ。

「日向!!」

「ハイ!!!」

「今日はばっちりだからな!!存分に吐きたまえよ!!」

「私も三種類薬もってきたからね!!どれでも好きなのをお飲み!!」

そう!!今回日向のゲロ対策は万全なのだ!!前回は田中という尊い犠牲が出て、私も後処理班に加わったため、あの悲劇が繰り返される前に阻止しようというのが私たちの作戦だ。

「はいはい、田中とみょうじはさっさと席座りなさい」

大地さんに促され、日向ゲロ対策グッズ一式を私の持つ救急バックの中にしまいこんで席に着く。私はなんと、潔子先輩の隣というありがたい席である。田中とノヤに自慢してやろう。





「今はなんかね〜ダサい異名ついてんだよ」

仙台市体育館についた。私達の前で話しているあのジャージたちは大岬高校の奴ら。誰にダサい異名がついてるって?

「確か……、”堕ちた強豪””飛べない烏”」

はいはいお前らー、今話してた烏野はお前らの後ろにいますよ!!

「えっ、ちょ、やばい……!!」

「え?」

「来た……!烏野だ……!!」

「飛べない?何ですって??ん?」

「悪口だめですよ??私達ここにいますよ??おお??」

ヤンキー丸出しの田中に便乗して私も一言物申す。負けず嫌いとは恐ろしいものだ。

「!?」

大岬の人がいい感じに怯むと、我らが頼れる部長大地さんのご登場だ。

「コラ行くぞ!……スミマセン」

「あっ、いえ……」

じゃあな失礼大岬野郎!!もう落ちたとか言わせねえからな!!

「田中とみょうじはすぐカラまない!」

「「す、すみません……」」


私と田中が叱られていると、今度は旭さんが何やら絡まれているようだ。

「烏野の……”アズマネ”……!!」

いや旭さん何びびってんすか!!他の学校の人に名前呼ばれて肩ビクっとさせないでくださいよ!!

耳をすますと、それ絶対うちのへなちょこ先輩じゃないですそれ、という噂を口にしていた。

「北高の奴を手下使ってボコらしてたとか……」

「えっ」

「路上でなんかヤバいモン売りつけてたとか……」

「えっ」

「5年留年してるんだって……」

「ええ!?成人じゃん!」

「ブフッ」

聞こえた武勇伝の数々に思わず吹き出してしまう。旭さん実は留年してた説とか有力すぎて笑うしかないでしょうよこれは。

「まあまあ、いつもの事じゃん。みょうじもそんなに笑わないであげて」

「見た目がそんなんだからだろォ」

「俺はっ、なんかこう……外見からでも ワイルドな感じになりたいと思ってっ」

「「ホラもう、そういう事言うところが、ワイルドじゃないもん」」

大地さんとスガさんの言うことは至極真っ当すぎて私の腹筋の揺れを助長させることしかできない。だめだ、もうむりだ。笑いすぎて目に涙が。

「もっ、先輩たちっ、こんな時にネタ披露すんのやめてくださっ、いっ、ブッ」

「わはは!!いいじゃないスか、どう見られるかなんて!!自分でカッコイイと思ってれば!!」

大地さんスガさんペアの、こういうのをワイルドという、とノヤの肩を叩く動作ですら今の私には笑いの種だ。笑いすぎてそろそろ死ぬ。

しかしどんな時でも、ある一つの崇高な目的のための私のレーダーはピンピンしている。

「おい、アレ見ろ見ろ、かわいい」

私は“可愛い”という言葉が聞こえた方向をしっかりと捉える。もちろん私に向けられているなどという自惚れは少しもない。しかしこの“可愛い”という言葉には敏感でいなくてはいけない理由があるのだ。

「かんわいっ」

「声かけてみろよっ」

私の予想通りどこの誰かも知らない奴らが、私達の女神、潔子先輩に声をかけようとしているのだ。

一瞬にしてさっきまでの笑いを抑え、田中とノヤと共に潔子先輩の護衛態勢となる。

おらおらお前らみたいな輩に私達の潔子先輩には指一本触れさせねえぞォ!!

「やめな、さい」

そして、私達は、潔子先輩に、はたかれた。

「潔子さんに、はたかれたっ、今日もがんばれる」

「ノヤッさん……なまえ……これは夢じゃないんだよな……」

「あんたたち、今日はもう無敵だよ……」

大地さんはいい加減にしてくれという呆れた顔で私たちを見ている。縁下もそれに似た諦めの表情をしていて、月島はなんだこいつらという軽蔑の眼差し。

よし、いつも通りだ。





「人がいっぱいだ……!!うおおお……!!体育館でけぇっ……!!そしてっエアーサロンパスのにおいっ……!!」

このチビ2世(1世はノヤ)は何言ってるの?何に興奮してるの?そういう性癖なの?

「何言ってんだ」

「オマエ、このニオイって”大会”って感じすんだよ」

「わかる!」

キョロキョロと辺りを見回す日向の言葉にすかさずつっこみを入れる影山と肯定するノヤ。今回の私は影山に賛成だ。エアーサロンパスのにおいに興奮するのはこのチビ二人くらいしか世界にいないと思う。

「日向って何であんなに落ち着きないんだろう」

「みょうじ先輩もはたから見ればそんなもんですよ」

誰に言うわけでもなく独り言のように呟くと、ちょうど隣にいた月島がいつも通り馬鹿にしたような顔で返してくれる。

確かに小学生の頃から通知表の長所には『いつも明るく元気』、短所には『落ち着きがない』と書かれたいたので反論はできない。

さすがに日向ほどではないと思うけどね!!

「月島私のことそんなに見てんの?そんなに好きなの?」

「いつも動きが気持ち悪いんで自然と目に入るんですよね」

「ツッキー私のこと大好きかよ〜」

「はぁ?馬鹿じゃないですか?」

「はいそこ、いちゃつかないのー」

「はーい」

「別にいちゃついてるとかじゃ……」

私達の噛み合わない会話に大地さんがストップをかけてくれるのもいつも通りだ。

こういう試合の時にいつも通りでいられることは一番だと思う。私だってしっかりマネージャーとして考えているんですよ。なんてね。

mokuji