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「……っ」

私の声にならない叫びとともに、溢れ出た赤血球たちが指を伝っていく。

これで何回目だろうか。どんどん増えていく絆創膏たちを見つめながら、私は嫌気を感じた。己の不器用さは重々承知していたつもりだが、まさかここまでだったとは。

「クッソ……」

何も私はこの一本の針で自分を痛めつけているわけではない。どんなにひどいことを言われようと月島のことが大好きだからってドMではないんだからね!!本来の目的は御守り作りだ。そう、あの御守り。

事の発端は1週間ほど前まで遡る。



「横断幕……ですか……っ!」

「うん、」

掃除してたら見つけたんだけど、なまえはどう思う?と言う潔子先輩の問いかけに答える私の返事は、もちろんイエスだ。

「はい!!いいと思います!!絶対みんな喜んでくれると思います!!」

珍しく潔子先輩が昼休みに私の教室に来たかと思うと、ここでは話せないとのことで。

もしかして、潔子先輩私のこと好、好、好き……?!、と、どこかのハゲチビコンビのようにあらぬ妄想をしていると着いた先は中庭で、いよいよ私達は禁断の一歩を踏み出してしまうのではないかと思っていたら、インハイ予選に向けてのお話だったらしい。

多分私の教室には縁下や成田がいるし、廊下で話していて他の部員に会っちゃうかもしれないから中庭に呼び出しだったんだろう。

「ふふ、よかった。インハイ予選の前日までに用意できるようにしたいの」

「私も手伝います!」

横断幕の件について、提案してくださった潔子先輩だけに負担をかけるわけにはいかない。それに私だって烏野のマネージャーとしてみんなの役に立ちたい。あわよくば私もできる子なんだぞと月島へのアピールも忘れずに。

「なまえならそう言ってくれると思ってた。もう武田先生には許可を取ってあるから、少しでも綺麗に見えるようにアイロンがけとかしようと思う」

「任せてください〜!!」


そんなこんなで横断幕の件については順調に進んでいた。

部員のために何かをしてあげられるというのは、やはりマネージャーの私にとって誇るべきことだ。
しかし私の脳内のほとんどは月島蛍という人物で占領されている。彼女として、他の部員にはない何か特別なことをしてあげたいと思うのは当然である。

そうすることで!!月島の私への気持ちが!!大きくなる!!と、信じて。

何かいいアイデアはないかと模索している時に耳にした、田中が彼女に御守りをもらったら嬉しいと言っていたエピソード。よし、これだ、私の本能がそう告げた。


明日はいよいよインターハイ予選の前日。御守り作りに励むこと1時間。ただいま絶賛不器用の本領を発揮している所だ。

私の頭の中では、某バレーボール公式キャラクターを作ってストラップ状にし、それをインハイ予選前日であり金曜日である明日の帰りに渡す予定だった。完璧に、月島が私の魅力を再確認しちゃうぜ二人の愛は深まっちゃうよルートまっしぐらの予定だった。


が、私の手に握られた『ソレ』を見つめる。

「の、呪われそう……」

そいつはもちろんあのキャラクターと言えるような見た目ではなく、みょうじなまえの華麗なる針さばきによって傷ついた指から出た血によってところどころ赤く染まっており、ただただ不気味だった。

何だこれは。呪いの人形か何かですか?

こんなの月島にあげられるわけがない。御守り改め呪いの人形を見つめながら、どうしようかと考える。

ここまできて結局あげないというのは性に合わない。だからと言ってこれを渡すのは気がひける。

……いや、案外これはこれで可愛いんじゃないか?私は作った本人だから気に入らないだけで、他人の目からしたら意外と可愛いかもしれないじゃないか。





「確かにその物体Xは恐怖を感じるわ」

「ですよねー!!物体Xまで呼ばなくてもいいと思うけどねー!!」

昨日の夜、少しでもよく見えるようにとあの呪いの人形を洗濯して、どうにか呪いの原因とみられる私の努力の証(意味:血)は落ちた。しかしこの人形のこの不気味な表情の時点で既に呪われし顏になっているのだろう。ニヒルな笑みを浮かべている。ああ恐ろしい。

学校に着くやいなや問題のソレを新奈に見せると、結果は当たり前だが撃沈。他人の目から見たら意外と可愛いかもの願いはあっさりと切り捨てられた。

「どうしよう新奈」

「どうしようって言われても……。もう明日がインハイ予選なんでしょ?それ渡すしかないんじゃないの?」

「こんなのあげられない」

「じゃああげなきゃいいじゃん」

「それは彼女失格なの!!」

何だその理論はとでも言いたげな我が親友。ねえ新奈私を見捨てないで。あなた無しじゃ生きていけないの。

「まず、何でお守り?」

「田中が、彼女とかにもらったら嬉しいって」

田中=お守りもらったら嬉しい。田中=男。月島=男。田中=月島。月島=お守りもらったら嬉しい。

いわゆる演繹法というやつで、田中のお守りエピソードを聞いたとき、普段数学が苦手な私でも瞬時にこの方程式たちが浮かび上がった。田中と月島が同じ思考をしているとは普段の二人の言動を見るにつけ到底ありえないとは思うが、ここはかの有名な思想家デカルトの説いた演繹法を信じるのだ。

「そもそも蛍にお守りあげても素直に喜んでくれなさそう」

ふっふっふ。そんなことは既に計算済みなのだ。
私だって月島にお守りを渡すという行為はきっと意味をなさないことだということくらいはわかっている。

さあみなさん想像してみてください、『こんなんで勝てたら苦労しないでしょ』と言う月島蛍を!!あら不思議!!いとも簡単に想像できるではありませんか!!

「だと思ってなまえちゃんの秘策!!見よ!!」

呪いの人形の裏を新奈に見せつける。

「……『かいうん』?かいうんってあの開運?」

「そう!!開運!!」

運動部に渡すお守りとしてありがちな“必勝”や“ガンバレ”などではなく、私は“かいうん”を見事に刺繍したのだ。本当は“開運”がいいと思ったんだけど、漢字はハードルが高すぎた。まあひらがなだからといってうまくできたわけではないけど。

「私、月島に頑張れって言うのあんま好きじゃないし、てかそんなのみんな言うじゃん」

頑張れと言われた所で月島的には『いくら頑張っても勝てる相手と勝てない相手がいる』だろうし、そもそも頑張れなんて部員や先生を始め色んな人に言われているに決まってる。

だったら私としては、月島にそう言う類のことを言うべきではないはずだ。圧倒的力量差で勝てない相手には、頑張ったって意味がないという考え方自体私も同意。こういう所は月島と私似てると思う。

そんな相手に運で勝てたらラッキーだよね、もう相手のミスを願うしかないよね、私なりに色々考えての“かいうん”なんですよ実は!!

まあこれは新奈にだから説明しているのであって、本人に言うつもりはさらさらない。この呪いの人形を本当にあげるかどうかも今は微妙なところだ。

「……まあ嬉しくないことは、ないんじゃない。なまえなりに色々考えてるみたいだし、その手見ればなまえの努力もわかるだろうし」

私の絆創膏まみれの手を見ながら新奈は呟く。何というありがたきお言葉。さすが親友。愛してる。

この地球上で私の中で月島を超えるほどの愛を注げる人物はきっと、家族と新奈くらいだろう。

mokuji