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もう5月の中頃だが、やはり練習後の時間帯の道は薄暗い。
カラカラと音を立てる私の自転車の自動点灯機能付きライトが、そんな道路を照らす。


「それにしても、もうインハイ予選だって!」

数十分前の出来事を思い返す。

練習終わり、私とノヤのコーンスープトークはまだまだ続いていた。なんでも飲み口が広い蓋付の缶のコーンスープがあるらしい。邪道め……。

そんな中、「みんなまだいるー?!」と勢い良く体育館に入ってきた顧問の武田先生。
遅くなってゴメン!と、差し出してきたのはインハイ予選の組み合わせで、もうそんな時期かと思いながら、みんなも、もちろん私もその場に緊張感が漂ったのがわかった。


「出たからって勝てるわけじゃないですけど」

「変わんないね〜中学の時と」

本当、相変わらずさすが月島だ。勝てる相手には絶対負けたくないという私の負けず嫌い性質を分けてあげたい。いや、月島にも負けず嫌いなところは充分あるか。

「どーも」

「褒めてないんだけど」

少しも褒めた要素のなかった私の言葉にニッコリと不敵な笑みを浮かべる月島。
でもそんなところもかっこいい。横を歩く月島に目をやりながらつくづく思う。うん、やっぱりかっこいい。好きだ。

「今、僕の事好きだなって思いましたね」

月島と付き合い始めてから変わったこと、それは金曜日の部活終わりは一緒に帰ることになったことだ。

「うわ何その勝ち誇った顔!!」

「なまえさんはわかりやすすぎるんですよ」

ふん、と小馬鹿にするように私を見下ろす月島は私が何を言ったっていつも余裕たっぷり。いつか絶対動揺させてやるんだから。年上をなめるなよ。

「……うん、好きだよ超好き大好きだよツッキー」

「はいはい」

これくらいじゃうちの頭脳派ブロッカーの心は揺さぶられないようです。


こうやって他愛もない話をしながら私たちが帰るようになった事の発端は、私と月島の関係が部に知れ渡ったまさにその日。
潔子先輩の「なまえ、月島と一緒に帰らないの?」というお言葉。私は潔子先輩と帰る使命が……!と答えると、「そういうのいいから、月島と帰りなよ」ときっぱり。そういうのいいって、先輩ひどい……、私は本気なのに……!!でもそんなところも大好きです。潔子先輩への愛はそこら辺のハゲやチビには負けない。

もちろん私もすぐには折れなかったが、潔子先輩の謎の押しに負けて月島と帰ることに。

っていってもそれを月島に言うのもまた一苦労で。
そりゃあ月島は月島で山口っていう親友ポジションの奴がいるからね。多分山口に月島と一緒に帰りたいって言えば快くツッキーをどうぞ!とか差し出すんだろうけど、それはなんとも私の心がいたたまれない。
あと多分それを言われた月島はまず第一に「僕を生贄にするな」って顔すると思う。

潔子先輩とも月島とも帰りたい、月島と山口のフレンドシップを崩したくない。
そこで出た案、金曜日は私と月島で下校する、というものだ。

そして今日はその金曜日、もちろん私のテンションは俗にいう華金ということと月島と合法的に一緒に居られるということでハッピーマックス。新奈に無視し続けられたのは言うまでもない。





中学の時から全然変わってないのはなまえさんだし、どちらかというと、僕たちが出会った小学生の時から変わってないと思う。

いっつも無駄に元気でへらへら笑ってるくせに、僕が少しからかうだけで拗ねるし、怒るし、悔しそうにするし、かといってひねりすぎた嫌味とかは全く通じない程度の脳。
そしてちょっと優しくするとすぐ世界一幸せみたいなアホらしさ全開の顔に戻る。小学生か、それよりもっと小さい子たちの反応でしょ。

「それにしてもさー、クソイケメン野郎先輩達と同じブロックとか……」

でも変なところで頭を使ってるのがなまえさんでもある。
絶対この人は僕に『頑張れ』とは言ってこない。自分は負けず嫌いなくせに、人の勝ち負けは気にしてないのか、それとも僕に頑張れと言っても無駄だと思っているだけか。それはわからないけど、なまえさんが僕に頑張れなんて言ったことはない。

今だってインハイ予選という話題には触れておきながら、僕に頑張れという気持ちを押し付けないところはなんともなまえさんらしい。

「あんなのに勝てるわけないよねー」

ほら、こうやって僕の逃げ道を作ってくれる。頑張ってなんて言われたって限界があるし、勝てない相手には勝てない。そんな僕の考え方を擁護してくれるかのようななまえさんの隣は、やっぱり心地がいいものだと改めて感じる。

「まあ、そりゃあそうでしょ。及川さんとかいるし」

「うわー絶対負けたくねえ!!」

そういうなまえさんの顔はまだ戦ってもないのに闘争心むき出しで、っていうかなまえさんが戦うわけじゃないし、色々矛盾している。

「さっきは勝てないとか言ってたじゃないですか」

「うん、そうだよ。でも私負けず嫌いなんだもん」

自転車を引く足をピタリととめ、なまえさんは僕をみる。

「そんな私が編み出した技、勝てない相手とは戦わなーい!」

まさにドヤ顔って感じだけど、全然意味わかんないし。だから何なのって思う。さっきまで関心してたけど、やっぱこの先輩はただの馬鹿なのかもしれない。

「ちょ、そんなあからさまに馬鹿を見る目で見なでよ」

「正解、馬鹿を見る目で見てるつもりです」

「馬鹿はそっちだよバーカ。馬鹿な月島にこの言葉の意味を教えてあげるね」

馬鹿馬鹿言いすぎだよ馬鹿。僕の口から出かけたそんなつっこみを言わせなかったのは、なまえさんの滅多に見せないあの表情。何を考えているかわからない挑発的な笑み。

「勝てないとか思いながらも私みたいに逃げないで戦うだけ、月島はえらいよ」

いつもへらへらしてくせに、たまにこういうところがあるの本当に卑怯すぎるでしょ。だから僕はこんな馬鹿でも好きになっちゃったわけだし、僕だけのものであってほしいとまでも思ってしまう時がある。

僕のこのひねくれた性格がいつまでもひねくれたままのは、同じくどこかひねくれた性格のなまえさんが、いつでも僕の味方になってくれるからだ。


mokuji