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セミロングの髪は、いつものワンカールと違ってゆるふわに巻いて。

学校ではほぼすっぴんの顔も、今日はばっちりかつナチュラルにメイクして。

お気に入りの薄い水色がかったワンピースに少し背伸びした2センチのヒール。

15時3分。待ち合わせ時間まであと27分。気合い入りすぎて早く着いてしまった。

ピコン、と携帯が新着メッセージを知らせる。

『楽しんでね〜』

新奈……。なんだかんだ優しい親友の言葉にウルウルしてくる。

はい、本日私みょうじなまえは、ツッキーとの初デートへ参ります。

これは以前借りたジャージのお礼も兼ねている。
ジャージを借りたのは私たちが正式に彼氏彼女の関係になる前の話だが、お礼をすると言っていたものの予定がなかなか合わず。
結局忘れ去られていたのだが、付き合ってすぐの今日土曜日、初デートも兼ねてケーキバイキングへ行くことになった。

午前の部活が終わって速攻で帰宅して、準備して、15時半にという待ち合わせ時間よりかなり前に駅に着いてしまった。

まだかなと辺りをキョロキョロ見回すと、後ろから肩をトントンと叩かれた。

「月島も早く着いてんじゃ、……ゲッ」

「やっぱ烏野のマネちゃんだよね?!ヤッホ〜」

「コラ及川ボゲェ!!ナンパしてんじゃねえ!!」

「あ、本当だ、この子及川にクソ野郎とか言ってた子じゃね?」

「おい困ってるぞ、やめてやれよ」

肩を叩かれ月島かと思い振り向くと、青葉城西のクソイケメン野郎と他の三年の人たち。

ナニコレ。なぜ、なぜここにいる。

「ど、どうも……」

一応先輩なので挨拶を交わす。早く月島きてくれ。

「マネちゃん誰かと待ち合わせ?」

「お前はすぐに人のプライベートにつっこむな!!」

「いって!!ちょっと岩ちゃんここ駅!!パブリック!!殴らないで!!」

確かにここは駅という名の公共の場、まさにパブリック。そんな場でもしっかりと制裁を下すこの人はきっといい人だ。

「及川ー、岩泉ー」

「さき行ってるぞー」

「ちょ、まっつんもマッキーもまって!!俺烏野マネちゃんとお話ししたいのに!!」

私は話したくないです。どこに行くかは知らないけど早く行ってください。
待って〜と叫びながらまっつん先輩(名前ちゃんと覚えてないから勝手にそう呼ぶことにした)とマッキー先輩(名前ちゃんと以下略)を追いかけるクソイケメン野郎(名前は知ってるけど以下略)を見てほっとする。

私も少し移動しようとその場を離れようとすると、岩ちゃん先輩(名前ちゃんと以下略)が頭をぽりぽりとかきながら口を開く。

「あー、本当ごめんな」

「いえ、みなさん仲いいんですね」

この岩ちゃん先輩はいい人そうなのでしっかりとした受け答えをする。私だって礼儀はちゃんとある。

「いつも一緒にいるわけじゃねえんだけど。今日珍しく土曜オフだからどっか行こうってなって。ケーキバイキング?だかに行くらしい」

「………、そうなんですかあ!!楽しんでください!!!では!!!!」

かなり不自然返事をして急いでその場を去る。大丈夫だ、月島にはあとで待ち合わせ場所少し変えようと連絡すればいい。

何が大丈夫じゃないって、岩ちゃん先輩のさっきのセリフ。
ケーキバイキング?え?ここら辺でケーキバイキングのお店と言ったら一つだけなんですけど。いや男子高校生4人でケーキバイキングですか?疑問は生まれるばかり。





「すみません、遅かったですね」

「いや私が早かっただけだから!!大丈夫!!」

ただいま15時21分。本来の待ち合わせ時間まではあと9分もある。

そして私は、素直に自分が遅れたことを謝る月島にかなり感動している。てっきり気合い入りすぎだと馬鹿にされるかと思っていた。これが彼女という肩書きの力なのであろうか。

しかし今はその力の偉大さに心を打たれている場合ではない。

早速ケーキバイキングの店の方向へと向かおうとする月島に声をかける。

「ねっ、ねえ!!やっぱバイキングやめない?!」

「はぁ?僕はバイキングじゃなくていいって言ったのにたくさん食べたいからって言ったのなまえさんでしょ。今さらなんなんですか」

そうなんだけども、私がたくさん食べたい発言したのが悪いんだけども。

「なんか今日の部活でバテちゃって〜……」

「気合い入れて予約入れたの忘れたんですか?」

至極真っ当な理由を言ってスタスタと歩きだす月島。今から予約を取り消すのは確かにお店側に失礼だろう。

でもきっとケーキバイキングに行ったらあのクソイケメン野郎たちがいるという可能性がある限り予定変更しなければならない。
さっき青城の人に会ったから、と事情を説明すればいい話だと思うけど、それを言ったらさらに機嫌が悪くなりそうで嫌だから言えない。

「ツッキー!!あそこのサンドイッチ美味いらしいよ!!」

私の必死の抵抗を、はいはい、と受け流す月島。そして右手に感じる温もり。

「え、」

月島が、無言で私の手を握って一歩前を歩いている。私の手を、握っている。

そして振り向いた月島の顔は、いいから黙って歩きなよ、と言っているようだった。

「ずるい……」

「どうも」

絶対こいつわかってる。こうやって手を繋いで引っ張ってやれば私が大人しくついて行くってわかってやってる。そして私も、その策にまんまとはまるしかないのだ。

もう私の脳内はさっきまでの大事な問題を忘れ、幸せと、少しの恥ずかしさと、ときめきしかない。彼女の肩書きのパワーは、なんと素晴らしいものなのか。





「え、ちょ、どういうこと?!マネちゃんがさっき待ち合わせてたのってそいつ?!詳しく教えて!!」

月島とずっと手を繋いだまま入ったバイキングの店。店内を見回していると突然声をかけられ、思い出す。

「なまえさん、知ってたんなら何で言わなかったんですか」

「月島の機嫌がさらに悪くなるのを恐れて……」

「それなら失敗ですね、帰りましょう」

いつの間にか繋いでいた手は離されていて、帰ろうとする月島。

「せっかくここまできたんだから食べようよ!!ツッキーもショートケーキ食べたいでしょ?!」

チッ、と舌打ちをしつつも大人しく店員さんに予約してた月島です、と告げる月島。そのご機嫌は最悪です。



そして案内された席も最悪です。

「何でこうなるワケ……」

「しょうがないよ席あんまり空いてなかったんだから……私だって嫌だし……」

「君たち他校の後輩のくせに随分と失礼だね」

「お前が無駄に絡むのが悪いんだろ及川ボゲェ」

「ってか本当に付き合ってんの?部内恋愛?」

「だから、困ってるからやめてやれよ」

案内された二人席は、偶然にも青城のクソイケメン野郎達の隣の席。空いている席が少なかったからとは言え、運が悪すぎる。

「マネちゃんさ、何でこんな奴と付き合ってんの?及川さんの方が100万倍いいと思うんだけどっ」

キラッと星が出てくるようなウインクをかましてくる。イケメンなのがむかつく。

前に座る月島の方に目をやると、ひたすらドリンクメニューを見ていて既に無視を決め込んでいるようだ。

「話しかけないでくださいクソイケメン野郎先輩よりも月島の方が100万倍魅力的です、あとマネちゃんって呼ぶのやめてくださいみょうじなまえです」

心の声とは違って、とっさに先輩という敬称を付けたところはちゃんと褒めていただきたい。

「みょうじちゃん、うちの及川より100万倍魅力的なおたくの彼氏、君を置いて先ケーキ取りに行っちゃったみたいだけど」

シュークリームを頬張りながらマッキー先輩が指差す方を見ると、私を置いてケーキが綺麗に並べられている所へ向かう月島。

うん、完全にお怒りモードだ。





「ねえ、まだ食べる気?さっさと食べ終わってくださいよ。僕ここにいたくないんだけど」

「ちょっと待ってまだ食べたりない……!!」

ご機嫌ななめの月島は、いつまでも食べ続ける私にしびれを切らしているよう。

「うわーなまえちゃんよく食べるね!岩ちゃんよりも食べてるんじゃない?」

「岩ちゃん先輩、女の子に負けてたらダメですよ〜」

「みょうじが食べ過ぎなだけだろ」

「ってかマッキー先輩シュークリームばっか食べてますね」

「俺、シュークリーム好きなんだよ」

「みょうじの彼氏はさっきまでショートケーキばっか食ってたよな」

「まっつん先輩よく見てますね!うちの月島ショートケーキが好きなんですよ〜」

食べ始めて1時間ほど。月島は既にお腹いっぱいのようで、空のお皿の隣に置かれた烏龍茶を飲んでいる。
一方私はと言うと、ノンストップで食べ続けている。一部の間で(主にうちのバレー部のハゲとチビ)ブラックホールと呼ばれている私の胃は、まだまだ物足りない。

そして事あるごとに隣のクソイケメン野郎はこちらに話しかけてくる。なんだかんだ私もそれに返事しちゃって、今ではみんなで普通に仲良くお話している。
月島がこの空間から早く出たいというのは当然のことだろう。

「もっかい抹茶タルトとアップルパイ持ってくる!!」

「今日のその格好って、食べ過ぎて出てきたお腹隠すためですか?」

蔑むような目で私のワンピースを見てくる月島。

「違うわ月島をときめかせるためだわ!!」

ひらりとワンピースの裾をなびかせてみる。
出てきたお腹を隠すためとは、なんて失礼な。確かにそういう役割も果たしているけどそれは第二の目的だ。本来の目的は女の子らしい格好で月島をノックアウトするため。
しかし残念ながら月島は私のこの姿に何も心を動かされていないようで、本来の目的を果たせず第二の目的のためだけのワンピースとなってしまった。


夫婦漫才みたいだな……、という岩ちゃん先輩のツッコミが聞こえた気がするけど、そこは無視して私は再びケーキを取りに席を立った。





「いや〜食べた食べた!!美味かったーーー!!!」

「おっさんみたいだからその話し方やめた方がいいですよ」

んーまあ月島より一つ上だし!ってへらへらと笑う馬鹿。そういうことじゃないでしょ。嫌味だって気づいてないの?

店を出て少し駅をぶらぶらしたあと帰路につき、歩いてなまえさんの家まで送っている途中。
ケーキは美味しかったけど、僕の期待していた1日にはならなかった。


僕の告白に真っ赤な顔をしてなまえさんが頷いてくれたあの日から数日。自分で言うのもこっぱずかしいが、初デート。態度には出さないけど、僕だってそれなりに楽しみにしてた。

そしたら何故か目的の店には及川さんを始め青城の三年生がいるし、なまえさんも最初は嫌がってたくせに持ち前の人当たりの良さを活かして最終的には盛り上がってるし、デートデートって楽しみに騒いでた割には全然デートらしくない。

デートと呼べないデートに満足してない僕に対し、楽しければ何でもいい美味しければ何でもいい思考のこの馬鹿な先輩はご満悦の様子。
何この状況、僕が女々しいみたいで嫌なんだけど。

なまえさんは僕の事いつも意地悪だとか性格悪いとか言う割には、こうやって無意識に僕にやきもきとした物足りない気持ちを生み出させて困らせてくる。こんなの、なまえさんの方が意地悪だし性格悪いに決まってる。

いつでも好き好きと言ってくるなまえさんより、滅多に好きだと言わない僕の方が実はその気持ちが大きいんじゃないかって思う時があるのはなまえさんのこういう所があるからだ。

色んな意味で僕を困らせるのがうまいなまえさんは、中学の時から何も変わらない。

「じゃ!!明日の部活も頑張ろうね〜」

いつの間にかもうみょうじと書かれた表札の家の前まで来ていて、大満足、と言いたげな顔でへらへらとした笑顔で手を振りながら、なまえさんは僕に背を向け家のドアノブに手をかける。

「なまえさん、ちょっとこっちみて」

バイキング中散々僕を放っておいて、じれったい思いをさせて、そのまま帰れると思ったら大間違い。僕たちもう、中学生カップルじゃないんだから。

「んー?」

振り向いたなまえさんとの距離を縮める。少しかがみ込み、そして一瞬だけ、僕たちの距離は0センチになる。

「……え、な、え、ちょっとまって、」

すぐに真っ赤になるなまえさんの顔に付いている目は激しく泳ぐ。そしてブツブツと何かを言っている。
本当、その表情は反則でしょ……。自分からした行動なのに僕自身も恥ずかしくなって、それを悟られないようにぶっきらぼうに言葉を発する。

「何?聞こえないんですけど」

「え、だって、ファ、ファーストキスだよ……」

そんな報告いちいちいらないし、今の行動を言葉にされると余計に恥ずかしくなるからやめてほしい。そもそもずっと僕の事好きだったんだからファーストに決まってるでしょ。まあそれは、僕も同じだけど。


mokuji