09
「次は負けません」
「次も負けません」
ニッコリ。またやってるのこの人たち。
「怖い怖い!!」
ほらみんなも思ってる。うん、でも私もとても悔しい。1日音駒のマネとして練習を見て確かに強いチームだと思った。けど、やっぱり悔しい。
「なまえチャン、今日はありがとな」
「こちらこそ、間近で音駒の練習見られてよかったです。ありがとうございました」
ペコッと頭をさげ、次は負けませんから!と、私も宣言。
すると黒尾さんは何故かにやにやし始め、小声で私に言う。
「そういえばさ、さっき言ってた好きな奴ってあの眼鏡の子?」
あの眼鏡とは、十中八九月島のことで。
「何で?!?!」
「研磨も11番は頭がいいとか言ってたし、あとあのなんかやる気のなさそうな感じ〜。そっくりじゃん、うちの研磨くんに」
先ほど自分が言ったセリフを思い出す。ああ、研磨くんに似てるとか言わなきゃよかった……。
「まっ、頑張ってネ」
と、言われましてもね。チラッと横目で月島の方を見る。
あーやっぱかっこいい。でも私からは謝りたくない。謝ったら負けだと思う。自分でもこの面倒な性格をどうにかしなきゃと思うけど。でもかっこいい。話したい。
本当そろそろ震えるってば。既にあの曲の大サビが流れている。
*
「お疲れさま〜」
「お疲れさまでーす」
学校へ一度戻りそのあと解散。残念ながら今日は潔子さんは先に帰ってしまったので、帰りは一人だ。ついでに自転車も合宿だったので学校にはなく、一人で少しだけ長い道を帰らなければならない。
と、思っていたのだが。
「みょうじ先輩、」
思いがけない奴から名前を呼ばれる。
「あ、え、月島、どうしたの」
「家まで送ります」
何かの冗談?疲れ過ぎてこいつ頭ぶっ飛んだ?
でもそんな月島の目つきは真剣で、いたって真面目そうだった。
「あ、ありがとう。……山口は?」
月島には山口がひっついているものだと思っている。もはやセット。お得感満載なセット。
「もう帰りました」
「えっ早くない?!?!」
まだ大地さんとかスガさんとか旭さんとかここにいるのに……。
嘘だと思いながら少し離れた校門の方を見ると、既に山口は田中やノヤに絡まれながら帰っていた。
セットだけじゃなくて単品でも購入可能なんですね。
*
未だおろおろとして何も話しかけてこないなまえさん。
お互いとくに会話をすることもなく、僕の家よりも少し先にあるなまえさんの家に着いてしまった。
やっぱり謝る気はさらさらないようで、僕が行動をおこすしかないみたい。
扉の前で、じゃ、ありがとう、と告げるなまえさんを呼び止める。
「なまえさん、……ずっと僕のこと、避けてましたよね」
「……避けてないし」
気まずそうに俯く。避けてないしとか、さすがに毎日べったりだった人が急にこなくなったら避けてるとしか言いようがないでしょ。
多分そろそろなまえさんは僕が恋しくて我慢できなくなってくる頃。それは僕も同じ。この数日間何度も言おうとして言えなかったあの言葉を言う。
「この前、言い過ぎてすみませんでした」
そう告げると、なまえさんは驚いたように目を見開きこちらを見る。自分は謝るつもりなかったくせに、僕から謝ったのも意外だったのだろうか。
「私も、クソ眼鏡とか言って、ごめん」
だから、そこじゃないんだってば。確かに好意を寄せてる相手からクソ眼鏡とか呼ばれたら多少は傷つくけど。
「なまえさん」
「ん?、ちょ、なに!」
片手でなまえさんの両頬を鷲掴みする。
やっぱまだ怒ってるんでしょ、って言ってるみたいだけど口をそんなに動かせないからいまいち日本語として聞き取りづらい。
「今から僕、大事なこと言うから途中で口突っ込まないでね」
「じゃあ手離ひへよ!!」
僕の手をはがそうと必死で動こうとするけど、なまえさんの力で僕をどうにかできるわけない。
「ちゃんと黙ってきいててくださいね」
僕が手を離してやると、わざとらしく自分の手で頬をさすっている。
絶対そんな痛くないにきまってるのに。
「だ、大事なことって、なに」
大事なこと、にすこし期待しているのだろうか。少し頬を赤らめて言うなまえさん。
何その顔。どこで覚えたの。そんな顔されたら煽られてるようにしか思えない。
ほらまた、僕の中でこの人を困らせたい、いじめたいっていう感情が生まれる。
「僕、なまえさんのこと、」
さらに顔を赤くし、目を四方八方にきょろきょろさせている。
「……何?期待してる?」
「ちがっ、そういうことじゃない!!いいから続けて!!!」
慌てて否定するあたり、僕が今から言うことに少なからず期待していたのだろう。
「僕、なまえさんのこと……、すごい馬鹿だと思ってます」
「は?!今そういうこと言うムードじゃないじゃん」
ほら、すぐに口挟んでくる。
好きですとでも言うと思った?僕がそんな簡単に言うわけないでしょ。
「いいから黙って話聞きなよ」
月島が馬鹿とか言うから……、と、もごもご言っていて、文句はあるみたいだが大人しく聞いてくれるようだ。
「この前何で僕があんな怒ってたのか、自分でも最初わかんなかったです」
「……うん」
なまえさんは一瞬怪訝な顔をした。きっと、だったらあんな言い方しなくてもよかっただろとか思っている。
「でもちゃんと考えました」
「……うん」
「まずあの状態で男子部屋に入ってくるあたりが馬鹿。足出しすぎだし。せめて髪の毛乾すくらいできなかったの?風呂上がりのなまえさん見ていいのは僕だけなんだけど」
「え、あ、ご、ごめんなさい?」
「枕投げだって何本気になってんの?夢中になり過ぎて気づいてなかったと思うけど投げる時お腹だって見えてたし」
「……う、うん?」
「そういうの男に簡単に見せるとかいつからそんな女になったの?意味わかんないんですけど」
「うーん……?」
明らかに困惑している。僕もここまで言おうと思ってなかったからびっくりだ。何、風呂上がりのなまえさんみていいのは僕だけって。自分で恥ずかしくなってきた。
「……そういう、ことだから」
言うことだけ言って帰ろうとする僕の腕を、なまえさんが掴む。
「待ってよ」
「何ですか、早く帰りたいんですけど」
「本当に、それだけ?」
だから、何その顔。
僕のさっきのセリフを聞いてか、なんなのか、どんどん顔がタコみたいになっていってるなまえさんは、僕の手首を掴みながら上目遣いで聞いてくる。
「それだけですけど」
「……何それ。ツッキーずるいじゃん。そこまで言って、それで終わりとか」
恐らくなまえさんは、僕の気持ちをやっとわかってくれた。わかったからこそのこの言葉なんだろう。
そこまで言ったのに、明らかに嫉妬していたことを白状したのに、なまえさんのことが好きか嫌いかははっきり言葉にしない。僕がそんな性格くらい知ってると思うけど、どうしても言わせたいのだろうか。
……今日くらい、言ってやってもいいかな。
掴まれている腕ではない方でなまえさんの腕を引いて体を近づけ、顔を耳元に近づける。
「えっ、ちょ、なにっ、」
そして、わざといつもよりも低い声で、なまえさんが望んでいた言葉を伝える。
「好きですよ、なまえさんのこと」
少し体を離し、にやりと笑って見せる。
「あ、え、あ、えっと、つ、つきっ、つきしま、」
この人、自分は僕にいっつも愛情表現出してくるのに逆の立場になると何でこんなに慌てるんだろう。顔赤すぎだし。
不覚にも、可愛いと思ってしまう自分がいる。
「じゃ、お疲れさまでした。失礼します」
今度こそ本当に自分の家の方へと向き歩みだす。そうでもしないと、僕も少し赤くなっていることがばれてしまいそうだ。
mokuji