08
結局あれから月島とはろくに話もせず、迎えたゴールデンウィーク最終日、5月6日。
私の予定では今頃既にカップル成立しているはずだったのに。
合宿中に月島と結ばれてみせる!!と、新奈に宣言したというのにむしろ今の関係はその逆。あの夜のことが気まずくてお互い避けている状態だ。
「みょうじさん、ちょっといい?」
みんなで集まって朝食をとっていると、武田先生に呼ばれたのでかけよる。
席外してる間に私の分のヨーグルト食った奴がいたら許さないからな。
「今日音駒との練習のことなんだけど……。向こうマネージャーがいないみたいで」
今日一日音駒マネとして働いて欲しいとのことだった。
少し申し訳なさそうに武田先生は言っているが、私にはむしろありがたく感じた。
「わかりました」
「ありがとう、助かります!ほとんど試合だけだから、向こうのスコア残したりとかだけお願いします」
いつもだったら月島と離れたくないなどと文句を言いそうだが、例の件でこの合宿中とても居心地が悪かったので今回ばかりは素直に受け止める。
何せあれは初日のことで、今日までずっと空気が重かった。いかに月島に近づかないで済むか、目が合わないようにするか。どちらかが謝れば済む話だが、お互い不器用で、意地っ張りで、捻くれているのが私たちだ。そう簡単に一度生じた溝は埋まらない。
もちろん、いつも月島にひっついている私があからさまに月島を避けていることは周りのみんなも気づいている。あ、日向と影山に関しては気づいてなさそうだけど。
何かあったのか聞いてこないあたりは優しさなのだろうか、はたまた私たちの面倒な性格をみんな承知しているからなのだろうか。
*
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
うわあ、なんだこの人たち。どうしたらこんな怖い笑顔ができるんだろう。というか主将はどこも腹黒いのかな。
「みょうじ、こっち」
大地さんが音駒の主将と挨拶を交わし、私を呼ぶ。
「2年のみょうじなまえです」
今日一日よろしくお願いします、と頭を下げる。
「おーおーなまえチャンね。俺、黒尾。よろしくネ〜」
なんだこの馴れ馴れしいトサカは。思ったけど口には出さない。多分大地さんに怒られるから。
青城の及川さんのことを“スーパーイケメンクズ野郎大王様”って呼んだことに関してこっぴどく叱られたのだ。
仮にも3年だぞ、歳上だぞ、他校だぞ、失礼のないようにしろよ。それこそさっき黒尾さんに見せてたあのドス黒い笑顔で言われた。そんなに怒らなくってもいいのに。向こうだって失礼なこと言ってたじゃん。スガさんは「イケメンとクズって……。悪口か褒め言葉かどっちかにしな」って爽やかに言ってくれましたよ。
「それじゃあ試合前のアップ1時間済ませたら、また」
ここにはいくつかの体育館があり、アップは各校別の体育館で行うみたいだ。
大地さんに引き連れられていく烏野のみんなの後ろ姿を見ながら、あ、やっぱり1日他校の人たちといるのは寂しいな、そしてこれはこれで気まずいな、と感じた。
*
「烏野2年のみょうじなまえです、今日1日マネージャーとしてよろしくお願いします」
先ほど黒尾さんに言ったようなセリフをもう一度、音駒の人たちが集まっているところで言う。
え、なんか田中みたいな奴いるし、プリン頭の奴いるし、黒尾さんもチャラチャラしてそうな雰囲気だったし、なにこの学校ヤンキーの集いなの?
「つ、ついに俺たちにもマネージャーがぁあああ!!!」
「山本うるさいぞ、てか今日1日だけだって言ってるだろ」
「夜久さん、だって、だって、こういうの夢だったんっすヨォォオオ!!!」
私がこの山本って奴は完全に田中タイプだと認識すると、黒尾さんの掛け声により音駒のアップが始まった。
なんというか、すごい。私の語彙力ではただそれしか言うことができなかった。
烏野とはまた違うしなやかな動き。
そして一際私の目を引いたのは、プリンくんのこちらからでも見てわかる頭の回転の速さ、と、少し感じるやる気のなさ。不覚にも月島を連想してしまった。
「10分休憩ー」
「「「うっす!!」」」
休憩に入ったので、先ほど作っておいたドリンクを差し出す。
烏野だったら先輩に先に渡るようにするのだが、何せ今日初めてあったチームだ。頼れるのは背番号のみ。必然的に黒尾さんに一番最初に手渡す。
「おっ、なまえちゃんもしかして俺にお熱デスカ〜?真っ先にくるなんて!」
違う。断じて違う。マネージャーとして普通のことをしただけだ。マネージャーがいないチームにはわかりませんよねそうですよねこれが普通なんですよ。
なんだこいつのこのノリはと思ったのと同時に、自分がいつも月島に言っている内容もこれとさほど変わらないと考えると少し今後は改めようと思った。
いや、まあ、黒尾さんと私の関係と月島と私の関係は違うもんね!私と月島ならこの会話も許されるよね!
自己完結したところで黒尾さんのセリフをスルーし、そのまま他の人にもドリンクを配っていく。
「なまえちゃん無視?!」
「ウオオオこれが憧れのマネージャーか……!!!」
「ごめんうちの奴らうるさくて」
「いえ、烏野もこんなもんですよ」
すごくいい人そうな烏野でいうスガさんポジションっぽい人(夜久さんというらしい)に話しかけられ、ついつい烏野もこんなもんと言ってしまった。
多分烏野の人たちから言わせれば、“烏野もこんなもん”の奴らの中に私も含まれるんだろうけど、今の私を見てそういう風に思う人はいないと思う。周りの奴らが自分よりうるさいと自分はどんどん大人しくなる法則。
そして私は、先ほどから気になっていたプリン頭の情報を聞き出す。
「あのセッターって……」
「ああ、研磨はみょうじさんと同じ2年だよ。孤爪研磨」
「あれー俺じゃなくて研磨にお熱?」
「違います!!ただうちにもああいう感じの奴がいるなって思って」
今度はちゃんと否定し、言い訳もする。言い訳というか本心だし。がむしゃらな感じではなく、しっかりと考えているような動きといい、やる気というか熱意というか、そんなものを感じないところ。
月島の事は考えないようにしようとしてたのに、プリンくん改め研磨くんを見るたびに月島の顔が浮かんでくるのだ。
そろそろ月島不足なんだろう。一つ屋根の下ので四六時中一緒にいるはずなのに、いつもより遠い距離。それもこれも私のせいなんだけど。
「へぇ〜、じゃあなまえちゃんはその子のことが好きなんだ?」
「黒尾さんは何で毎回そういう方向に持っていくんですか?!?!」
なんなんだよこの人。大地さんに言いつけてやる。こいつは嫌な奴ですよって。
でも好きなのは本当で、それを当てられて、何だか顔が熱くなっていくのが自分でもわかった。
「ちょ、顔赤くなってるし。マジ?」
「おい黒尾やめろって!」
「いいじゃん気になるし!で?で?片思いなの?」
うるせえトサカ。お前は他人の恋バナにいちいち首突っ込んでくる女子か。
片思いどころじゃないんだよ。私に対してきっとあいつはマイナスな感情しか抱いてない。
ピピピッピピピッ
ちょうどいいタイミングで10分を知らせるタイマーが鳴った。休憩終わりだー、と、しっかりと切り替えている黒尾さんを見る限りさすが主将だと思った。
うん、よかった。このままこの話を続けてたら、多分私は月島に会いたくて会いたくて震え始めてた。頭の中では既にあの曲のイントロが流れてきている。
*
「ツッキー、さっきからきょろきょろしてどうしたの?」
「……いや、別に」
あれから数日。合宿もついに最終日。
なまえさんは明らかに僕を避け、僕もなまえさんを避けている状態が続いていた。
……合宿中にあの人が僕に告白してきてくれるんじゃないかとか、そんな淡い期待するんじゃなかった。
音駒との練習試合の前にアップをしているのだが、どこを見てもなまえさんはいない。なに、ついに僕の視界に入ることすら嫌になったわけ?
「なまえなら今日は音駒のマネやってるらしいぞ〜」
にやにやとした笑いを抑えられていない田中さんが肘で腹のあたりをつついてくる。誰もなまえさん探してるなんて言ってないんですけど。
「そうですか、僕には関係ないんで」
「向こうにマネいないみたいだからなー。それより月島、お前みょうじと何かあったのか?」
そこにさりげなく会話に入ってきた縁下さん。この数日間誰も触れてこなかったことに触れてきた。
「……とくにないですけど」
「おーい山口ー、何か知ってることあったら吐けよー」
「おおお俺は何も知らないです!!!!!」
お前は嘘が下手か、山口。今のどう考えても何か知ってる反応なんだけど。
「いや、真面目にな。いつも田中達と騒いでるみょうじのテンションが低くなったのってあの夜からだろ?二人の仲をどうこうじゃなくって、部の雰囲気とか考えてさ」
縁下さんの言うことは全くの正論であり、何も返すことができない。なまえさんがあれから元気がないのは一目瞭然だった。
「大方、月島がみょうじに対して何か怒ってるのはわかる。けどなー、みょうじだって色々考えてるんだから、少し許してやってくれよ」
考えてるって、そんなわけがない。普通ちゃんと考えてたら、風呂上がりの露出が多い状態で男子だけの部屋に入ってくるわけないでしょ。
あの夜部屋に戻ったあと、自分で何にそんなに怒っていたのか考えた。答えは簡単で、ただ単になまえさんの無防備なところにやきもきしていたのだろう。
せめて髪の毛乾かしてからきなよ、寝巻きだって足出しすぎ。そういうの僕以外に見せて欲しくない。
……って、彼氏でもないのに何言ってるんだろう。自分で自分に嫌気がさす。
でもあの馬鹿な先輩は言わなきゃきっとわからない。それなのに僕はただ勝手に怒ってるだけ。お互い謝りもしない。
原因を作ったのは確かになまえさんだと思うけど、僕も僕でしっかりと思っていることを伝えずに怒っているだけ。結局はお互い悪いのだ。
まあ僕が怒ってた原因を本人に言ったところで、あの人はきっとお得意のへらへらとした笑いをするだけかもしれないけど。
わかっているのに一向に二人して謝ろうとせず今に至るのは、僕たちが不器用で意地っ張りで捻くれているからだ。しかしそこに負けず嫌いな性格をこれでもかと加えたのがなまえさんだ。
こっちが謝るしか解決策はないことに、すでに僕は気付いていた。
「……タイミングがあったら、僕も、謝ってきます」
今のこの状況を打開するには、僕もそろそろ一歩踏み出さなければならない。
ウオオオ月島それでこそ男だ!!というわけのわからない田中さんのセリフは無視して、練習を再開した。
mokuji