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「おお!すげえっすねみょうじ先輩!!」

「まあ、こんなもんよ」

「相変わらずいい腕だな!!」

「日向、なまえは去年の優勝者だぞ!!」

「うをおおお!!!」

「やめてよ〜照れるじゃん!!」

日向とノヤ、そして田中に褒められ私の気分は最アンド高。本気になった私は、手にずっと持っていたお風呂セットやら着替えやらを部屋の隅に置いた。というか、投げた。

「去年の旭、みょうじに顔面くらわされてたよなぁ」

「おいスガそれは忘れてくれ……」

「旭さん今年も覚悟しててくださいね!!」

「いやっ、だから俺はそもそも不参加だから!」

完全に枕投げ大会スイッチが入った私は、大事なことを忘れていたことにも気づかない。

「よし、これで参加者は揃った」

田中は神妙な趣きで、一呼吸おく。

「おーい、観覧者ははじによっとけー」

大地さんの注意が入る。
そして参加者は、(旭さんは除き)、戦闘態勢になる。

「俺、ノヤッさん、なまえ、日向、影山、そして旭さんの六つ巴開始ジャアア!!!!」

六つ巴ってなんだよ、と心の中でつっこみながらも、田中の合図でさっそく枕投げ大会が始まった。

「だから何で俺参加になってるの?!」

「ウオオオオオ!!!!」

「おりゃああああ!!!!!」

もはや誰の叫び声かも、誰が投げた枕かもわからない。とりあえず、顔面に枕が当たった者は正直に自己申告し負けが決まる。烏野バレー部枕投げ大会公式ルールだ。
そしてなんだかんだ旭さんも参加してくれている。すごい丸腰だけど。

「くらええええ!!!!!」

変に気持ちが入り、ハンマー投げのような投げ方で枕を投げてみた。
もちろんその枕は思うような方向に行かず、暗黙の了解である観覧者には当ててはいけないという掟を簡単に破った。

バサッ

「あっやべっ。ごめんなさ、い……」

当たった人が誰か確認するやいなや、私の顔はサーッと青ざめていった。

「………」

「本当、あの、すみません……」

やってしまった。というかそもそも今年は枕投げ大会をしないはずだったのだ。

その理由はもちろん、

「月島……?い、痛くない……?」

誤って枕を投げつけてしまった張本人に、馬鹿な姿を見られたくないからだ。

私のやらかしたことに、さっきまで騒いでいた枕投げ勢も、なんだかんだ楽しんで応援紛いのことをしていた観覧者勢も、一気に静かになってしまった。

「……丁度ファスナーのところが当たったんで、冷やしてきます」

そう言って、月島は部屋を出てしまった。

「ど、どうしよう……」

「ま、まあしょうがねえよ!!わざとじゃないんだし、な!!」

バシバシと私の背中を叩いてフォローしてくる田中。ありがとう。でも痛えよ。

本当にどうしたらよいものか。馬鹿騒ぎしているところを見せてしまった挙句、月島の顔面に本気の一発を食らわせてしまったのだ。

「あの、私、もう一回謝ってきます……!!」

そう言い残して、月島を追いかけるべく男子部屋から駆け出した。





部屋を出て角を曲がり、トイレの前にある水道のところで月島は顔を洗っていた。

「月島、ごめん……!!!」

私は駆け寄って、上半身を90度曲げながら謝る。

「本当、馬鹿なんですか?」

顔を洗うため眼鏡を外し、顔に水を滴らせている月島はいつもと比べられないほどにかっこよかった。
しかし今回はそんなこと悠々と考えている場合ではない。

「ごめん、痛かったよね」

「そういうことじゃないんだけど」

きていたシャツで顔を拭い眼鏡をかけ直す月島。
そういうことじゃないって、じゃあどういうことだというのか。
月島が完全にお怒りモードだということは、元彼女として、小学生からの仲として、重々わかっていた。いや、機嫌悪くなるのは日常的にもあるんだけど、これは本気で怒ってるやつで。

「あの、ごめん……」

私には、ただただごめんと言うことしかできない。

「さっきから、何に対して謝ってるんですか」

「え、っと、月島の顔面クリーンヒットさせちゃったこと」

他に謝ることといえば、既に遅い時間なのに騒いで月島たちの休息を邪魔したことだろうか。

「そんなのどうだっていいんですけど」

じゃあ何だ。怒りたいのは月島なのはわかってる。まあ既に月島は怒ってるけど。でも、謝っている私に対してここまで言われると私も少しは苛立ってしまう。何か文句があるなら素直に言って欲しい。

「……月島さんのお怒りの理由は何でございましょう」

「足りない頭で考えたらどうですか」

わかる。月島が怒る理由はわかる。わかってるつもり。そりゃあ誰だって顔面に、しかも枕投げ大会に無関係な立場であるのに枕がぶつかってきたら怒るだろう。
というか私にはそれくらいしか予想できないよ。逆になんなんだよ。

しかし、だ。

ここまで言われる筋合いはないと思うのは私だけなのか。私の感覚がおかしいんですか?別にわざとじゃないし、そこは月島だってわかってくれているはず。なのにどうしてここまで言われなきゃいけないんだ。

本当はこの合宿で月島に振り向いてもらうはずだったのに、それどころか馬鹿騒ぎしちゃうし、怒らせちゃうし、なんかいつもより言葉に棘があるし。

一度どつぼにはまると抜け出せない。

「はいはいごめんなさいね馬鹿で」

私が年上なのに、大人の余裕を見せなきゃいけないのに、むきになっちゃう自分にまた腹が立って。

「そうやって開き直る所とか変わらないですよね、面倒くさいんですけど」

ほら、すぐそういうこという。やっぱり結局は今も昔も、月島は私のことなんてこれっぽちも好きだなんて思ってないんじゃないか。
月島のことだから、たまに私が喜ぶようなこと言ってまんまとそれにはまるのを見て心の中では馬鹿な奴って笑ってるんだ。

何それ。意味わかんないし。はっきり言ってよ。嫌いだって。

「何か返事したらどうですか」

今の私にまともな返事ができるわけなくって。

「……はっきり言えばいいじゃん」

「は?」

「私のこと好きじゃないんだったら、はっきり言えよこのクソ眼鏡!!!!」

若干悪口じみた言葉に対し、月島は何も言わない。ただただ私の顔をじっと見つめるだけだった。

「……ごめん、私部屋戻るから」

どうすることもできなくて、ぶっきらぼうに言い放ってその場から逃げるしかなかった。

あ、お風呂セットとかどうしよう。そんなこと考えたけど、月島と顔を合わせたくなくて、縁下あたりに言って明日渡してもらおう。そうしよう。





イライラする。別に顔面に枕を当てられたからとかではなくて、ただ単にイライラする。

向こうには馬鹿とかいいながら、本当のところ自分が何に対して腹を立てていたのかわかっていなかった。

あの人の表情を見た限り、本気で申し訳ないと思って謝ってくれていたというのは安易に想像できる。それなのに僕は、自分の怒りを抑えようともせずにきついことを言ってしまったのだ。
普段どんなに馬鹿にしようと、嫌味を言おうとへらへらと笑っているからと言って、さすがにあれは向こうも怒るのは当然だろう。

本当に馬鹿なのは僕の方で、なまえさんの優しさに甘え過ぎていた。


部屋に戻るに戻れなくて、もうほとんど照明が落とされ自動販売機と非常口のプレートの微かな明かりだけが頼りである広間のソファに腰掛けていた。

「あ、いたいた、ツッキー!!」

正体不明の黒い塊のような気持ちを落ち着かせようとしていると、山口がかけよってきた。

「ここにいたんだね。みょうじ先輩もツッキーも帰ってこないから、みんな心配してたよ!」

「ああ、ごめん」

どうやら走って探してくれていたようで、山口の額にはうっすらと汗が見えた
一方なまえさんも、さっきの宣言通り自分の部屋に戻ったらしい。

「顔大丈夫?」

「大丈夫に決まってるでしょ、あのくらい」

そんなの、最初から大丈夫だ。確かに直撃の瞬間は痛かったが、ファスナーが当たったので冷やしてくるなんていうのはただの言い訳。あの場を離れるがための口実にすぎなかった。

「みょうじ先輩とは、大丈夫?」

なわけないよね……ごめん……、どんどん尻窄みに山口が言う。わかってるなら聞かなくていいでしょ。

山口に聞かれて考えさせられる。今の僕たちの状況は、喧嘩、というものなのか。喧嘩にしてはあまりにもくだらなすぎる原因なのか。

いずれにせよ、今の僕たちの関係がただの先輩後輩だというのに変わりはなく、このままだとむしろそれ以下の関係になってしまうのかもしれない、ということだ。


mokuji