04
「10分休憩!!」
「「「おっす!!」」」
大地さんのかけ声で各々休憩を始める部員たち。
潔子先輩と私も、準備しておいたドリンクを配り始める。
「おいなまえっ、ちょっとこい!」
そこに何やら小声で私を呼ぶ田中の声、そしてその隣にはスガさんと旭さん、山口もいる。
4人で私を呼び出してなんなんですか、リンチですか。って言うかなんだよその謎メンツは。
「え、何でしょうか」
思わずつられて小声になる。ついでに動きもコソコソしながら前身を少しかがめて田中達の方へいく。
あっやべ、下向くとちょっと鼻水たれてくるんだよね。風邪かな。またインフルだったらどうしよう。
「旭さん、どうぞ」
「俺?!?!」
「まあ、直接見たのは旭だけなんだべ?」
「無理無理俺は無理だって!!山口は何か知らないのか?!」
「おっ俺は関係ないですって……!!」
「山口何か知ってるなら吐けよォ?!?!」
「いや私どうすればいいんですか」
たった10分という短い時間に体育館の端に呼び出されたかと思えば、私抜きで勝手に話す4人。全く状況がつかめない私。
田中と山口だけだったら適当に流しとけばいいんだけど、旭さんとスガさんがいるからそうはいかない。中学でバリバリの運動部だったこともあってか、先輩後輩のなんたら、みたいなのは多少わきまえている。
「ほら旭さん!!」
「えっあっあのな、みょうじ、えっと……」
旭さんの話は簡潔に言うと『月島が女子に告られて、そのまま一緒に下校していた』、とのこと。そしてこれはつい昨日のことだそうな。
「ほら、昨日体育館が父母の会の何かで使えなくて外練してすぐ終わりだったろ?」
部活が終わった後、月島と同じく一年生と思しき女の子(旭さん曰く結構可愛め)が校門の近くで待っていた。何やら女の子は月島に話があるそうで、ここじゃあれだからといいすぐ近くの公園まで月島を連行、山口は何かを察して帰ったらしい。
そこで例の公園が帰り道にある旭さんが目撃したのが、月島が女の子に告白されているところ。月島の返事はよく聞き取れなかったが、その後2人で並んで公園を出て行った、と。
それを見た旭さんはどうしてよいかわからず、今日の部活前部室でこっそりスガさんに相談。
それを盗み聞きした田中が私に報告しなければと登場。
山口なら何か他に知っていることがあるのではと召喚。
こういうところだろうか。
うん、月島かっこいいよね、わかるよ、イケメンだもんな。私も好きだもん。告白した子の気持ちは痛い程わかる。
「え〜旭さん告白現場覗きですか、趣味悪いですね」
「ちがっ、不可抗力だ!!」
「そもそも何でみんなして私にそれを報告しにくるんですか」
ちらっと山口を見る。もちろん少しばかりの怒りのオーラを纏わせながら。
お前何か余計なこと言ってねえだろうなオラオラ。
山口は私の視線に気付くとオロオロとしはじめ、何も俺は言っていないですと言わんばかりに首を左右に振った。
一方他の3人はキョトンとしている。
「え、だってお前月島のこと好きだろ?」
「そんなのみんな知ってるべ?」
「お、俺もてっきり月島のこと好きなのかと……」
正解ですけど。ご名答ですけれども。
もう一度山口の方を見ると、先ほどよりも慌てている。なんか周りに汗が飛んでる絵文字がつきそうな勢い。
「だから俺何も言ってませんって!!みょうじ先輩がツッキーのこと好きなのも先輩達が付き合ってたことも――」
あ……、と途中まで言って気づいたのだろう。坊や、それは禁句だよね。
「そいそいそいなまえさぁ〜ん、今のはどういうことかなァ〜??」
ニヤニヤした顔で田中が近づいてくる。
くるな、その気持ち悪い喋り方で近づくな。
やってしまったというように顔が青ざめていく山口。えっ、と結構な驚きを隠せていないスガさん。何故か赤くなる旭さん。
いや何を照れてるんですか旭さんは。
そんな私も冷静でいるようで、かなり焦っている。
「そ、それは置いておいて!!そもそも何で私が月島のこと好きって知ってるんですか!!」
ここまできたら、ひとまず好きだということは認めるのが最善だと思う。このまま山口が口を滑らせて言ってしまった付き合ってた事実はどうかみんな忘れてほしい。
「みょうじはわかりやすすぎ、いっつも月島にひっついてるし」
「まさかなまえがああいう奴好きだったとはな!ドMだったのか?」
「お、俺は月島みたいな奴もいいと思うぞ」
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません……」
とりあえずはみんな最初の話題に移行してくれたが、山口だけはぶつぶつと念仏のように私に謝罪の言葉を向けている。
「スガさん旭さんはいいとして、田中にバレる程だったとは……」
「お前俺を何だと思ってんだよ!!」
「ハゲ」
「んだとコラァ!!!」
「まあまあ」
どんどん話がずれてるから、とスガさん。そもそも私に結局何が言いたいのかわかっていない。
でもとりあえず付き合っていたことは一旦スルーしてくれるみたい。
「俺らが言いたいのは、みょうじはいいのか?ってこと」
いいのか、と言われても……。
「多分月島は誰とも付き合わない、と思います……」
じゃあ旭さんのみた一緒に帰るってのはなんなんだよ、とか、山口本当に何も知らないのか、とか、田中がガヤガヤしているうちに休憩は終わった。
*
『誰とも付き合わないと思う』、そう宣言したのは確かに私だ。果たして月島に恋愛とかそういう感情があるのだろうか。いや、中学の時付き合ってたことは事実なんだけども。
ただ、少し心配なところがあるのもまた事実。
一緒に帰ってたとか、どういうことだ。
公園で告白されて、振ったことに対する申し訳なさから送ったとか?月島にそんな慈悲はないだろう。
じゃあ、やっぱりめでたく付き合うことになったから?
本人に聞ければ手っ取り早いのだが、生憎私にそんな勇気とやらはない。
「ってことで山口、口を滑らせた償いも含めてツッキーに聞いてこい」
部活が終わった後、山口を呼び出し、月島に確認をとらせることにした。
山口の“何も知らない”というのは恐らく本当のことだ。月島が仮に噂の女の子とお付き合いすることになっていたとしても、そうでなくても、何も聞かされていないと思う。
っていうのも中学の時、私と月島が付き合っていることを山口が知ったのは、私たちが付き合い始めて二ヶ月程だった時だったからだ。月島曰く「言う必要がない」らしい。
「あの、本当、すみませんでした……」
「うんもうあれはいいから、しっかり事実確認してきて」
いつまでたっても謝り続ける山口はやっぱりいい奴だ。
別に私は中学の時付き合っていたことがばれても差し支えない。まあ少しは気まずいけど。
ただ何がだめって、月島が相当嫌がるだろうってこと。そしてその嫌が巡り巡って私のところまで来るのを恐れて、私たちが元恋人同士というのは禁句とされてきたわけだ。
「今日の帰り、聞いてきます……!!」
「君の腕にかかっている!!」
謎の誓いを済ませ、山口は部室へ行き、私は体育館の戸締りをするのだった。
*
へっくしょん、と、僕と山口が並んで帰っている後ろで誰かがくしゃみをした。
まだ少し、肌寒さが残っている。
「ツッキー今日はなんだかいつもと違うね?!」
「……別に」
「そう?!なんか、こう、あの、何かあった?!」
「だから、そもそもいつも通りなんだけど」
部活が終わり帰路につくと、山口はなんだか様子がおかしかった。
いつもの違うのはそっちでしょ。誰かさんじゃあるまいし、季節の変わり目で風邪でもひいたわけ?
首は大げさに回さず、チラリと先ほどくしゃみをした人がいるであろう後ろに目をやる。
「こっ、恋をすると人って変わるとか言うし!」
「はぁ?」
急にどうしたんだこいつは。そもそもそれ女の人に対して言うことじゃないの、恋をすると綺麗になるとか、そういうの。
「何、何がいいたいわけ」
「えっと……」
言ってはまずいことなのか。何かやましいことがあるのか。いずれにせよ山口は一向に口を開かない。
しばしの沈黙が続き、ようやく山口が口を開く。
「……東峰さんが、昨日ツッキーが告白されて、その後告白してきた子と一緒に帰ったって言ってて」
何かと思えば、そんなことか。というか、東峰さんに見られていたなんてまったく気づかなかった。
「ああ、うん、実は」
少し大きめの、僕たちの後ろの方でも聞こえる声で返事をする。
「もしかして本当に付き合って……?!」
「なわけないでしょ、そんなこといちいち気にしてどうするの」
「ええ?!そんなこと?!」
道の端で猫が寝ていた、そんな風にただの日常の中のほんの小さなことを語るように言った僕に、山口は驚く。
僕にとって、告白されたことなんてこれっぽっちも記憶に残るようなことではない。
ましてや相手は話したこともないし、知っているのは昨日初めて耳にした名前くらいで。その名前だって、黒坂さんだったか黒岩さんだったか、既に忘れかけている。
「知らない人に告白されて、いいよっていうわけ無いでしょ」
というのも意見ではあるが、本当の理由は自分には他に意中の相手がいるから、というところだ。
「じゃあ一緒に帰ってたっていうのは……?」
「試しに付き合うだけでもいいからってしつこいから、じゃあ駅まで送るからって。それで妥協してもらった」
っていうか、帰り道の僕の素っ気なさと迷惑ですっていう雰囲気で色々察したんだと思うけど。
「そ、そっかぁ……!!」
何故山口が安堵の表情を見せるのか。大体検討はついていた。
「そういうことだから、ストーカーさんもそろそろ出てきたらどう」
パッと後ろを振り返る。数メートル後ろには人と自転車の影。驚いてひいていた自転車のペダルに足をかけてしまったのだろうか、イテッ、というアホらしい声が聞こえてきた。
暗くて表情はよく見えないが、もちろんその人は先ほどくしゃみをしていた人改め、僕たちの先輩であるなまえさんであるのは明らかだ。
ぴょこぴょこと自転車をひきながらこちらにかけよるなまえさん。
「いっ、いつからお気づきでしょう……」
「あんな大きいくしゃみ外でするのとか、みょうじ先輩くらいですけど」
「俺全然気づいてなかった、さすがツッキー!」
「ツッキーそんなに私のこと好きだったの?照れる〜!」
「2人ともうるさい」
山口が色々聞いてきたのも、きっとなまえさんに何か言われたのだろう。
「山口に聞いてこいって言ったけど、自分の耳でも聞きたくて後つけちゃったよ〜」
なまえさんはおきまりのへらへらとした笑いで話しかけてくる。
「いや〜、本当最初焦った!実はとか言い出すから付き合っちゃったのかと思った」
当たり前だ。そういう風に解釈されるように返事したのだから。
好きな人をいじめたい、困らせたい、振り回したい、こんな気持ちが未だにある僕は小学生みたいだな、と自分でも笑ってしまいそうだ。
「俺もびっくりしました!」
「ね。まあこれで私にもまだチャンスはあるってことだよね」
頑張るぞ〜!!、なんて、それ本人の前で言うこと?そもそも頑張るとか言ってるんだったら早く告白してきなよ。相変わらず救いようのない馬鹿。
久々に3人で肩を並べながらの帰り道、なまえさんの変に奥手なところにやきもきする僕。
本当にいじめられてて、困らせられてて、振り回されているのは僕の方なのかもしれない。
mokuji