06
「清水は家近いから、用事終わったら帰っちゃうよ。いつもそうじゃん」
スガさんの言葉に、ガーン、と、うなだれるのは何も田中とノヤだけではない。
「そ、そうだった……潔子先輩は夜いない……」
去年、憧れの潔子先輩と一つ屋根のしたでガールズトークを楽しみにしていたのを思い出す。その願いは叶わずに終わった。アーメン。
「え、じゃあみょうじ先輩は去年とかも1人部屋だったんですか?!」
「あ、でも去年は俺たちと枕投げしてそのまま――、」
「うわああああだめ!!!田中!!!ドードー!!!!」
そうだ。私は去年男子部屋で田中、ノヤをはじめ最終的には先輩たちも巻き込み枕投げ大会をし、そのまま男子部屋でグッドナイト。しかもそれは一日だけでなく、1人部屋の寂しさと少しの怖さから結局合宿中は男子部屋で寝ていた。
最初の方は先輩方に帰れ帰れ言われてたけど、なんだかんだ見逃してくれた。
それはそれは楽しかったが、こんなこと月島に知られたらなんとふしだらな女だと思われてしまう。私としては全力で阻止したいところだ。
「そうだよ日向!!1人は快適だったな〜」
「おお!!1人だと幽霊とか怖くないんすか?!すごいっすね!!!」
怖えよ。全然怖えよ。だから男子たちに混ざってたんだよ。
「ま、まあ、大人の余裕ってやつ?」
「おいみょうじ、それくらいにしとけ、お前の考えてることはわかったから」
去年の私と、今の私の気持ちを知っている縁下は私の肩にポンと手を置き、変な見栄を張りすぎると墓穴掘るぞ、とでも言いたそうだ。
*
当たり前だが、新奈不在の合宿。私の頼れる人は縁下のみだった。
「どうしようどうしようどうしよう縁下あああ!!!」
今日のメニューが終わり、夕飯も食べ終わった。いまは三年生が入浴中。
待機組の一、二年は各部屋や大広間でくつろいでいた。部屋割りは一年生、二年生、三年は合同で広めの部屋一つ、先生方で部屋一つと、私はもちろん紅一点なので小さめの一人部屋だ。
そして今は、潔子先輩も既に帰宅し、待機組の縁下と大広間のテーブルに向かい合ってお互い腰掛けながら話している。
少し離れたところでは、田中、ノヤ、影山、日向が何やらトランプをしているようだ。
おい前らそんなもの持ってたのかよ。
「わかったから、落ち着けよ」
落ち着けるものか。私の命がかかっている。
「月島への愛を選ぶか、私の命を選ぶか……!!」
「何で選択肢にみょうじの命があるんだよ」
「だって1人部屋とか絶対死ぬ!!!」
そう、私はホラー系がもっぱら駄目で、1人部屋では絶対何かが出るし絶対何かに命を脅かされると思っている。
わかっている、お化けなんていないのはわかっている。でも怖いものは怖いのだ。
「清水先輩と一緒に帰ればよかったろ」
「もう先生たちには泊まるって言ってあるし、去年もそうだったし、だから泊まる人にしかできないこと色々頼まれてて……」
洗濯や洗いものなど、潔子先輩ももちろんやってくれる。だが、潔子先輩は家に帰るのでそんな遅い時間までできるわけがなく。それを補うべく私が残るのはマストなのだ。
「で、一人は怖いから去年みたいに男子部屋で寝たいけど、月島にそんな姿見せられないってことか」
「おっしゃる通りでございます」
縁下はうーんと言いながら考える素振りを見せた後、一つの答えを出した。
「逆に月島を自分の部屋に連れ込めば?」
「えぇっ?!?!」
あからさまに動揺する私をみて、縁下はブッと吹き出す。
「冗談冗談。恥ずかしがるなよー」
「は、恥ずかしくなんかないし!!」
「そもそも大地さんが許すわけないだろ」
未だに笑いをこらえきれていない縁下に少しイライラする。
くっそ。不覚にも、月島と夜に2人きりなんて……、と想像してしまった自分が憎い。ああ憎い。でもそんな日がいつか来ると信じてる。
「おーい、2年風呂いいぞー」
3年生が全員風呂を出て、次の2年を呼びにきた大地さんに軽く返事をし、まあどうにかなるだろ、と私に言い残して縁下は風呂場へ向かった。
ならないっすよ縁下さん、私はどうすればいいんですか。
この前新奈に無理やり見せられたホラー映画を思い出してしまい、どんどん憂鬱になっていく。
「縁下さんと何話してたんですか」
「わ、月島、いたんだ」
先程まで話していた縁下がいなくなり、一人でテーブルの上に頭を乗せボーッとしていると月島が話しかけてきた。
珍しく声をかけてくれて、みょうじ先輩とても嬉しいよツッキー。
「今さっききたところです、そろそろ風呂の準備しろって王様たちに言いに」
影山たちも月島に気づいたみたいで、おい!月島もトランプするか?!と日向が騒いでいる。
「は?!なんであいついれるんだよ!!」
「だって田中さんたち風呂行っちゃったし、二人じゃつまんないだろ!あ、みょうじ先輩もどうぞ!!」
私が縁下がいなくなり暇だと察した日向はトランプに誘ってくれた。ああ何といい子なのでしょう。
「僕はそんな子供っぽいことしないから。さっさと部屋戻って風呂の準備して」
「……ったよ」
「なに?聞こえないんだけど?」
「わかったっつってんだろォ!!!」
ガタンと椅子から立ち上がり、影山は大股で大広間を出て行き、日向もそれを追いかけるように、みょうじ先輩すみませんまた今度トランプしましょう!!と言い残して出て行ってしまった。
絶対トランプしようね、私も心の中で日向に返事をした。
「で?」
「ん?」
「縁下さんとずっと話してましたよね」
「あー、それね……」
言えるわけないだろう。
高校生になった私は大人になったのだ、魅力が増したのだと月島にアピールしたいんだから、言うわけにはいかない。
「世間話、かな?」
へらりと笑って誤魔化すと、月島は眉を寄せて心底機嫌の悪そうな顔になった。
「その顔、頭悪そうなんでやめたほうがいいですよ。あと嘘なのがバレバレ」
おいおい先輩にそんなこと言うとかいい度胸してるなオラ。でもそんな月島もかっこいい。結局私は月島に甘い。最終的には好きだからいいかと済ませてしまう。
「そんなこと言わないでよ。別に暇だったからお話してただけだから」
暇だったというのは嘘ではない。実際、一人部屋にいても暇なだけだ。怖いからっていうなもあるけど。
「……何で、縁下さんなんですか」
「何でって言われても、うーん、」
だからそれを言っちゃおしまいなんだってば。みょうじなまえ大人の女計画が台無しなんだから。
「いっつもひっついてくるのに、合宿の夜は僕じゃなくて縁下さんなんですね」
え、なんなの。この胸の高鳴りは。これってもしかして、おいツッキー、もしかして、
「あれ〜月島くん嫉妬ですか〜?」
すぐ調子にのるのは、私の悪い癖だ。この癖で何度悲しい思いをしたことか。
どうせ、そんなわけないでしょ、と言われて終わるのだと思っていた。
だけど今回は、自分が調子に乗ったせいで逆に落とされるようなことはなく、むしろ普段の月島からは想像できない言葉が私を待っていたのだ。
「嫉妬しちゃ、悪いですか」
顔を俯けながら小さく呟く月島の耳は、いつもより赤みが増していたように思えた。
なんで答えていいのかわからず、えっあっうっ、とわけのわからない母音のみしか答えられずにいると、じゃあ風呂の準備しなきゃいけないんで、と、月島は大広間から出て言ってしまった。
考えることは一つ。
「……」
え、今のってさ。
「ヨッシャアアア!!」
小声で雄叫びをあげつつガッツポーズを作りながら、一人残された大広間で私は幸せな気分に浸っていた。
どうかどうか、私の勘違いじゃありませんように。
*
やることを全部済ませ、お風呂も入り終わった。
めちゃめちゃ怖かった。大浴場に一人とか怖すぎる。湯船にもつからず一瞬で出た。
大きな鏡の前で一人と考えるとなんだか不気味で、髪も適当にタオルドライしただけで出てきてしまった。
私の部屋は大浴場から少し離れて、男子部屋の前を通り二つ隣の部屋。これは先生方があえてした心遣いなのだが、逆に隔離されていてありがたいとは思えない。
潔子先輩、恋しいです。
どうやってこの合宿の夜を過ごそうか、と、ぐるぐる考えながら廊下を歩いていると、男子部屋から楽しそうな声がキャッキャと聞こえた。
……混ざりたい。
こっそりと扉に耳をあててみると、もはや恒例になっているらしい枕投げ大会が行われているような声が聞こえる。
あ、今絶対旭さんに直撃したな。
はたからみれば完全に怪しい人と化していることに気づいた直後、勢いよく扉が開いた。
「ブッ」
もちろん扉は、顔を近づけていた私の顔面にクリーンヒット。
「おおなまえ!!今ちょうど呼びに行こうと思ってたんだぜ!!」
「ノ、ノヤ……勢いよく開けすぎ……」
「ん?ああ、すまねえ?」
「いや、本当に悪いのは私だわごめん。ってかちょうどって何?」
ありがたいことに顔の中で一番飛び出ているゆえ赤くなっているであろうパーツの鼻をさすりながら尋ねる。
「枕投げ始まったから、なまえもやりたいだろうと思ってな!!」
ニカッと微笑むノヤは、髪を下ろしているせいか幾分幼く見えた。
去年初めてこの姿のノヤを見た時は一瞬誰だかわからなかったのを覚えている。
扉を開けっぱなしで話していたので、「ノヤッさーん!なまえー!早く来いよー!!」と田中の声が飛んできた。
うん、嬉しい。嬉しいし、やりたい。けどね、ダメなんだってば。
「わ、私は――、」
今日は遠慮しとく、そう伝えたかったのに。
返事も聞かずにノヤはさすが高校生男子の力という感じで私の腕を引っ張り、私は床一面に敷かれた布団にふっとんだ。ここ、笑うところです。
「バフっ」
ちょうど顔が落ちた先には枕があったため、さっきの扉のように痛みはなかったが、逆にさっきより変なくぐもった声が出た。
先に言っておく。私は負けず嫌いだ。やられたら、やり返す。座右の銘と言ってもいい。
そんな性格だから、こうなるのは仕方がないのだ。反射神経なのだ。
「おいノヤオラァアアア!!!!」
自分を助けてくれた枕をすぐさま投げつけた。
うん、いいコース。
mokuji