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「卒業おめでとうございます」

「うっ、うん、ありがとう、ひくっ」

「泣きすぎですよ、赤ちゃんに退化でもしてるんですか?」

いつまでも泣くのやめてください、と、澄まし顔の月島。
うん、今日もかっこいい。

卒業式の後、いつものように一緒に帰る。今日は空気を読んでか、新奈と山口はいない。

ついに私は中学校を卒業する。烏野の進学コースにも無事合格できた。
文系科目はできるんだけど、理系はどうも苦手で。多分連立方程式が出てきたあたりから諦め始めてた。そのできなさっぷりは本物で、先生にも、『文系だけならもっといいところ行けるのに、理系科目が足を引っ張りすぎだ。烏野だって危ない』と言われたほどだ。

「あはは、だってもう私高校生とか信じられない」

「僕だってびっくりですよ、よく合格できましたね、烏野」

実は、数学に関しては月島にも少し面倒を見てもらっていた。『2年の数学もわかんないの?本当に烏野行けるんですか?留年したらどうですか?』あの呆れた顔は今でも忘れない。そしたらツッキーと同じ教室になれるかもだから留年しようかな、割と本気だったんだけど、はいはい、と月島には流されてしまった。

そして今日、私は大好きな大好きな月島に言わなきゃいけないことがある。

「あのさ、」

「いやです」

「えっ……」

まだ何も言っていないのに、何故だか拒否された。
何だこいつ、生意気な。私が「卒業祝いにちゅーして〜〜〜」とか言い出すとでも思っているのか。それくらいの即答だった。いや即答どころじゃなくて私の言葉遮ったけどな。

「あの人から聞きました、なまえさんが、今日、僕と別れるつもりなこと」

あの人とは、新奈のことだろう。月島は私の前では新奈の名前をよばない。付き合い始めた当初月島が、普段新奈のことを朝倉先輩と言っていたのにポロリと昔の名残なのか新奈といった時、私が新奈のことは名前で呼ぶんだ、しかもタメ口なんだ、と、拗ねたことを気にしているのだろうか。
今考えれば、月島と新奈はお隣さんで家族ぐるみの付き合いなのだから当たり前なのに、私は小さい人間だ。
しかしこれを機に月島は私を“みょうじ先輩”ではなく、“なまえさん”と呼ぶようになった。タメ口はなくならなかったけど名前呼びだけで充分私の心は満たされた。

っていうか、絶対月島には言うなって言ったのに……!!!

「うん、でも違うから!私は月島のこと大好きだよ!!ただ、その、やっぱさすがに高校生と中学生になったら……」

絶対に、会う回数は減る。きっとお互いどんどん疎遠になっていき、自然消滅するんじゃないか、とか。もし離れている間に月島が他の人を好きになったら、とか。
色んな可能性を考えた結果、別れるのが正解なのだと。
私は正直に月島に話す。いつもなら私の言葉に対して適当に流したり嫌味を言ってきたりするが、今日はしっかりと聞いてくれているようだ。

「どうせそんなことだろうと思った。でも僕は、それは、嫌」

真っ直ぐだった。そう言う月島の目は、真っ直ぐだった。

「うん、私だって、嫌だよ」

「じゃあこのままで、」

「それも嫌!!」

久々にこんなに声を張り上げた。いや、もともと声がでかいだのなんの言われるが、ここまで大きな声は久々だ。

「私は月島のこと、すっごい、すっごい大好き。ずっとだよ?小学生の時から。告白だって私からしたし」

「だったらなんですか」

「会えないうちに、月島が、私のこと忘れて、好きじゃなくなっちゃうのが、嫌だ……」

さっき声を張り上げたくせに、今度はどんどん尻窄みになる。

「そんなことありません」

「わかんないじゃん。月島のこと信じてるけど、でもそれはわかんない。だから、」

別れよう、そう告げるだけでよかった。でも何故か、勝手に言葉は出てきて、

「烏野、きて」

「……は?」

「わ、わたしのこと忘れられないんだったら、烏野まで来い!!!」

自分でもこんなことを言うなんて思っていなかった。なんだよこれ、宣戦布告か。
急に恥ずかしくなって、次に出た言葉はさらに弱々しいものだった。

「だ、だから……、今は、一回、別れよう……、そんでもし、1年たっても……、」

「わかりました、1年なんてあっという間ですから」

今日の月島は、なんか変だ。本当に真剣で、真っ直ぐ私を見てくれていて。かっこいいけど、なんだか恥ずかしくなる。

「宣戦布告みたいなこと言うなって、言わないんだね」

「思いましたよ。けどそんなことより、1年経っても絶対僕はなまえさんが好きだって思いが強かったから」




私は月島の言葉を信じつつも、やっぱり心配で。
でもどこか期待していて、来年もし本当に烏野来てくれたら、そんな思いで男子バレーボールのマネージャーとなった。

先輩も同い年の奴らも、みんな優しくって楽しくって、月島の言う通りあっという間に一年がたった。


そして、どういう意味で烏野に来たかははっきりとしないが本当に烏野へ入学してきた月島に、3度目の恋におちた。



――ピピッピピッ

昨日の月島の言葉のせいか、否か、なんだか懐かしい夢を見た。

「……ねっむ」

あの後、家に帰ってもなかなか寝られなかった。
そりゃあね、だってね。好きって。ああ録音しとけばよかった!!

いつもよりも念入りにスキンケアをして、髪も寝癖がないようにチェックして。

「いってきまーす」

教室着いたらすぐ新奈に話そう。
ルンルン気分でスキップしそうな勢いで、私は家を出た。

mokuji