02


「……で?」

私がインフルエンザと長い戦いの末勝利した土曜日から2日がたち、月曜日。
喜ばしいことに今年も去年に引き続き新奈と同じクラスになれた。って言っても進学クラスは2クラスだから、同じクラスになる可能性の方が高い。ついでに我が部の2年ドン縁下もまた同じクラス。やべえぞ、授業中寝るとこいつ大地さんに言いつけやがるんだぞ。

そして朝のHRが終わると、私は早速土曜日あったことを新奈に話した。
席が離れているので、新奈の机の前の席を拝借。

「すごくない?!嬉しくない?!スーパーハッピーじゃない?!?!」

何でかな、どうして新奈にこの私の胸の高鳴りが伝わらないかな。
大きく身振り手振りをしながら身体中を使って喜びを表現する私に対して、

「私が聞いてんのは、一緒に帰って何があったの?ってこと」

「いや、だから、一緒に帰ってバイバイした、以上」

「………」

ジトーッと、私のことをみる新奈。
ちょっと、そこで黙るかよ。おめでとうとかよかったねとかそういうセリフ期待してたんだけど、ねえ。

「本当馬鹿なの?は?何?あんたはもう蛍の事好きじゃないの?」

「そりゃあ月島のことは好きだよ大好きだよラヴだよ!?!?」

こいつは何でこんなに喧嘩腰なんだ。そう言わざるを得ない口調だ。こいつは分かりきっていることをどうしてこの際に及んで聞くんだ。
ちなみに朝倉家と月島家はお隣さんであって、新学期スタートの日に新奈が言っていた“お隣の生意気坊や”とはまさしく月島のことだ。幼い頃から家族ぐるみでの知り合いだったから、もちろんお互い下の名前で呼ぶ。って言っても月島の方は滅多に新奈の名前を呼ばない。むしろ新奈の存在自体を避けている。前に、「あの人は本当に怖いから嫌だ」と月島本人が言っていた。

「何で昨日告白しなかったわけ?蛍も蛍だけどさ。あんた達2人で何うじうじしてんの?そもそも復縁する気ないの?」

これでもかというくらい鬼の形相で言いたいことを言いまくる新奈。
月島、確かにこいつは怖いわ。
そしてね、新奈、私だって聞きたいんだよ。

「やっぱり、月島が烏野来たのって、私のあの宣言覚えてくれてるのかな……」

「そんなの本人しかわからないでしょうよ、お兄ちゃんが行ってたから烏野にしただけかもだし」

「ええ、じゃあもう私のこと好きじゃないのかな……。そもそも中学の時だって、何で私と付き合ってたんだろう……」

「そのしょぼくれモード面倒だからやめて」

新奈がこう言う気持ちもわかる。私は面倒な性格なのかもしれない。

「みょうじ、今日の放課後のメニューって何?朝倉、おはよう」

「おはよ縁下」

そんな話をしていると、同じクラスであり同じ部活の縁下が話しかけてきた。

「今そんなこと確認してる場合じゃないんですぅ〜〜〜恋する乙女が悩んでるんですぅ〜〜〜」

口を尖らせてわざとらしく縁下に答える。新奈に早く土曜日のことを言いたくてメニュー確認してないのを誤魔化すためでもあるのは言えない。殺される。

「ああ、月島な」

は?今こいつ何て言った?ツキシマ?あれ、私縁下に月島と付き合ってたとか話ししたっけ?まってまって。
ポカーンと、固まってると縁下がまたしても口を開く。

「朝倉さ、こいつといて耳おかしくならない?声でかいの自分じゃわかってないみたいだし」

いつもの事だから〜、もう5年以上付き合ってるし慣れたわ、と、呆れたように新奈は答える。

「ストップストップ、え、まって縁下それはどこ情報?」

「今自分で言ってたから、月島ラブだって」

違う違う、ラブじゃなくてラ“ヴ”なんだよ、発音大事。
……ってそうじゃなくて。

「私の声、そんなにでかかったかよ……」

自分でも意識してないうちに、ヒートアップして声が大きくなっていたらしい。

「メニュー聞こうと思ったら大声で月島好きとか言い出すから、聞けるタイミング見つけるの迷ったよ」

にやにやと笑ってくる縁下は、相変わらず良い性格をしている。

「こ、このことはどうかご内密に……!!」

縁下にバレること自体はさほど気にしていないが、他のバレー部に知られると私の今後の高校生ライフに支障をきたすことは確かだ。とくにあのハゲとチビ……じゃなくて田中とノヤに知られたら、絶対ネタにされるに決まっている。

「まあ言われなくてもそうするつもり」

「さすが力兄貴!!!!わかってらっしゃ――」

「そのかわり、」

私の言葉を遮ったのは、これまた良い笑顔の縁下。

「詳しい話、聞かせて」

「いいよ〜」

「まってよ新奈勝手に返事するな!!!」

そもそも縁下ってこういう話興味ある系男子だったの?!初耳だわ!!!
それは新奈も同じらしく、

「でも縁下って、こういう恋愛トーク気になるんだ?」

「いや、うーん。普段はそんな気にならないけど、同じ部内の2人の話だから気になるし、」

「あ〜、まあ確かに」

まあ確かにじゃねえよ、2人で話を進めんなよ。

「あと、みょうじもみょうじで色恋沙汰の話があるなんて思わなかったし、しかもあの月島って……、って感じかな」





小学生の時に一目惚れしてからずっと、私は月島のことが好きだった。
廊下でだったり、新奈の家の前で遊んでいる時だったり、月島に会うたびに私はしつこく挨拶した。初めのうちは誰だこいつ、というように無視が続いたけど、最終的には私の根性が勝り、私が6年生になる頃には会った時に少しの世間話をするくらいの仲になった。って言っても私がしつこく話しかけているだけだったけど。それでも月島は私の話を聞いてくれてたし、お得意の嫌味のこもった返事をしてくれていた。もちろんそれも私にとっては嬉しかった、というか脳内で勝手にそれを愛情表現だと認識していた。

私が小学校卒業すると、小学生と中学生というたった1年の壁はやはり大きく、1年間は全く顔を合わせなかった。
そして1年後、再び私達は再会したのだ。中学生になった月島は、それはそれは、もう、かっこよすぎた。もともと大きいのにさらに身長も伸びていて、顔だって少し大人びていた。ああ、やっぱり私の目は正しかったって。2度目の恋に落ちた。

元々特に習い事をしていなかったから、新奈がバスケ部に入るというので一緒に入部。運動神経もいい方だし、それなりに楽しくやっていた。体育館をネットで半分にしきって、2つの運動部が同じ空間で部活をする。最初の1年は特にそこには何も感じていなかったが、2年生になってからは違った。そこにはバレー部として動く月島がいた。

日に日に月島への思いは増す一方で、月島への愛情表現もあからさまになっていたのはいうまでも無い。
廊下で会うたびに手をぶんぶん振って名前を呼んだし、部活の終わる時間が被れば無理矢理一緒に帰った。まあ普段私は比較的家が近い新奈と帰ってるし月島は月島で山口と帰ってるから、結局4人で帰る形なんだけど。山口とは月島にひっついてる時に同じく月島にひっつく同志として仲良くなった。


と、こんな生活を続けて1年、私の努力の甲斐があってか何故か私と月島は付き合うことになった。月島も私のことが好きだったということらしいが、どうもそこは今でも信じられない。どこに私を好きだった要素があったのか、全くそんなそぶりを見せたことはなかったじゃないか。

「――と、いう感じ、です……」

結局あの後、私は縁下の威圧に負けて話すことにしたが、何せ朝のHRと1時間目の間は短い。
ということで現在に至る。昼休み、私と新奈と縁下で机をくっつけながらお弁当を食べ、私は月島との馴れ初め?というかなんというか、とりあえず最低限のことは話した。

「で、今は付き合ってないの?何で別れたの?」

そこまで聞いてくるとは、やはりこいつは悪魔だ……。

別に関係が悪くなったから別れたのではない。ついでに言うと私から別れは告げた。
私の中学卒業の日、さすがに中学生と高校生ではうまくやっていけるはずもないと勝手に決め込み、別れを告げたのだ。

「で、その時なまえ、『私のことが忘れられないんだったら烏野高校まで来い!!』とか言ったの!!こいつ頭湧いてんな〜って思ったわ!!」

アッハッハと笑いながら縁下に話す新奈も新奈で悪魔だ。おい目尻に涙が見えてるぞ。

「あれはなんかもう勢いで……」

「みょうじって、ずっと変わってないんだな」

アハハ、と、こちら縁下力さんは半苦笑い。そりゃそうだ。こんなアホな宣戦布告紛いなこと他に誰がするだろうか。

「でもねー、蛍がどんな思いで烏野に来たかはまだ不明だからねー」

痛いところをついてくるこの女は悪魔以上だ、大魔王だ。

「でも土曜日一緒に帰ってくれたもん」

「それはあんたが遅くに1人って知ってただ単に危なっかしいと思ったんじゃない?マネが1人減ると困るとか。昨日は一緒に帰らなかったんでしょー?」

そう、土曜日一緒に帰ったとはいえ、その後何もないのは確かだ。
日曜日部活中もしつこく月島月島、今日もかっこいいね、また大きくなったね、どんどんかっこよくなるね、さすがツッキー!!、っていろいろ話しかけてみたが、ほとんど無視。やっと返ってきた言葉は「みょうじ先輩、うるさいんで黙ってください」、とか、「その呼び方やめてください」、とかだった。
あわよくば今日も一緒に帰ろうとか言ってみようと思っていた私の目標が消え、もしかしたら月島からまた……!という微かな願いも叶わず、今日を迎えた。

「確かに、みょうじが消えたら清水先輩1人に負担いくもんな」

「ってか私を勝手に消すなよお前ら!!」

去年からこの2人とは同じクラスだったけど、新奈と縁下が同じ場にいることは少なかった。この2人がタッグを組むとこんなにも強いとは……。

「まあそういうことだから、縁下、なまえを応援してあげてよ〜」

本心なのかなんなのか、新奈は縁下に言う。そもそもお前が応援してくれているのかいないのかどっちなんだよ。

「おう、まあバレー部の大体のやつはみょうじが月島大好きだってこと気付いてるみたいだし、あとはみょうじの努力次第だな!」

じゃ、と言って、いつもの席に戻る縁下。気付けばもう昼休みは終わる時間だ。
いや、あの、最後にあいつ、とんでもないこと言っていたよな。

「うん、予想通り。あんたはわかりやすすぎるんだよ」

私の心を読んだ新奈も、私の肩をポンと叩き自分の席に戻った。





遡ること1日。

「月島〜〜〜!!はい、ドリンク!!!」
「ツッキーナイスキーーー!!!」
「月島今すごいかっこよかったよ!!あ、いつもだけど!!!」
「今の何……惚れる……」

いやもう惚れてんだろ、と、その場にいる全員が思ったであろう。
どんなに無視されても、適当な返事をされても、みょうじは月島に話しかけ続けていた。さっきなんて、「そういえばまた大きくなったね!!かっこいいね!!」というみょうじに、「みょうじ先輩は高校生になっても幼稚園児みたいですね」とかいうほぼほぼ悪口な返しをしていた。「まだまだ若いとかやめて照れる〜」なんて言ってるからみょうじなまえには月島のどんな言葉もプラスに捉えるスキルが備わっているらしい。

あ、前言撤回。日向と影山はとくに何も思っていなさそう。こいつらにそういう色恋沙汰とか男女関係のアンテナはない。
むしろ日向の方は、「みょうじ先輩!!俺は?!?!俺はどうっすか?!?!」とピョンピョン跳ねている。みょうじはみょうじで、「ごめん私は月島一筋なんだ。でも日向もさっきのはかっよかったよ〜ナイスキー!」と、日向と両手でハイタッチ。
こいつら、昨日会ったばかりなのに気が合いすぎだろ。やっぱ類は友を呼ぶっていうか、単に精神年齢が同じなだけか……。

そんなことを考えていると、田中とノヤがにやにやと近づいてきた。

「なあ、縁下」

「うん多分そうだ、ってか大体は気付いてる」

「あいつ、どんだけ月島が好きなんだよ!!」

「まあまあ龍、落ち着けって!!なまえはなまえで青春を謳歌してるんだ!!!」

田中と西谷がわかるくらいってどんだけなんだよ、と心の中でツッコミを入れる。

「あ、あの2人、変な事してないよな……?!?!」
「旭、何あたふたしてんだよ、ちょっとくらい許してやるべ!」
「部活に支障がなければいいんだがな」

三年生の会話を聞く限り、恐らくこちらも同じことを思っているのだろう。

mokuji