01


春が来た、新学期がきた、青春真っ只中の高校2年生。

に、なるはずだった私は、季節外れの、インフルエンザにかかりました。


「入るわよ〜」

いつもより少し優しめのトーンで、お母さんが部屋に入ってきた。

「体調はどう?さっき学校には連絡したから」
「ありがとうー…熱はかったら39.2度だった……」

どうしてこうなったんだろう。健康だけが取り柄で、皆勤賞をとる気満々だったのに。本当何なの、よりによってこの時期にインフルエンザとかありえない。

「この調子じゃ、あと一週間は学校行けないわね…。早く部活の人にも連絡しちゃいなさいよ、私は仕事行ってくるから」
「やだ…おっかぁ……いかんといてぇ〜………」

こんな時でも変な茶番を始めるのか、という目で見ながら、お母さんは私のために淹れてくれたあったかいココアを置いて仕事に向かった。

あーーー頭が痛い。死ぬのかな。
重い体を持ち上げて、携帯を開く。
これって誰に連絡すればいいの?潔子先輩が一番連絡しやすいんだけどなー、やっぱり休みの連絡ってキャプテンにしなきゃいけないのかな。休んだことないからわかんないってば。

とりあえず、一番確実な方法として大地さんに連絡をいれることにきめ、某みどりのメッセージアプリを開く。

『だーいちさーーーん』
『インフルエンザにかかりました。すみません、休みます。』

2通に分けて送信したが、今頃朝の支度中であるはずの大地さんからの返事はまだこないだろう。

そしてトークアプリを閉じることなく、そのまま朝倉新奈――クラスメイトでもあり、小学校、中学校、運命なのか高校生までも一緒な大親友の名前をタップし、通話ボタンを押す。
3コールもしないうちに新奈は電話に出た。さすが私の親友。始業式の朝というなんとも迷惑な時間帯に電話をかけても電話に出てくれる。

『何、どうしたの、忙しいんだけど』

とかいいつつ結局話を聞いてくれるんだから、もう、本当私のこと大好きかよ。

「にーーぃなぁ〜〜〜」
『げっ、あんた何その声!!風邪?!』

尋常ではない私の鼻声を聞いて尋ねる新奈だが、我が敵はそんな甘っちょろいもんじゃないのだ。

「と思うじゃん???寝てりゃ治ると思ってたら治らないじゃん???病院行くじゃん???インフルでした」
『……心配してほしい?馬鹿にして笑ってほしい?』
「心配して」
『わかった。じゃあ心配するね』

そう告げた後一呼吸おいた新奈。帰りにプリン買ってくるね、とかかな。わくわく。

『電話なんてしてないで大人しく寝てろ!!!』

至極真っ当なセリフを吐いて、新奈は電話を切ってしまった。これは心配の部類なのか、この子はツンデレなのか。

名残惜しく携帯の画面を見ていると、ピコンッ、とメッセージが一件きたことを表す表示が現れた。大地さんからの返事だろうかと見てみると、ついさっきまで電話していた新奈からだった。

『うちのお隣の生意気坊や、烏野の制服着てさっき家出てたよ』

新奈のお隣さんの生意気坊やというのは、だいたい検討がつく。小学校からよく新奈の家を行き来していたし、新奈の前の車通りの少ない道でも遊んでいた私は、自然と朝倉家のお隣さんと顔を合わせることが多かった。
1つ年下のくせに私より背がでかいあいつに初めて会ったのは、私が新奈とよく遊ぶようになって数ヶ月たった、小学校五年生の夏だった。齢11歳にも満たなかった私は、その時初恋という名の一目惚れをしたのだった。

ああ、昔は可愛かったな、どんどんかっこよくなっていったよな、


だんだんと意識が遠のいていく中で、1年ほど前の約束を思い出しながら私は眠りに落ちた。




「今日から新学期だ!!お前ら、勧誘頼むぞ〜!!!」
「「「オッス!!!!」」」
「あれ、大地さん。今日ってなまえきてないんスか?」
「田中知らないのか〜?みょうじ、インフルかかったらしいぞ」
「スガさんそれまじっスか?!?!季節感ねぇなあいつ!!!!」


新学期早々バレー部のネタにされていることなんて、家のベッドの中で寝ている私は知らない。








『明日、病院で鼻水の薬もらってから部活に行きます、ずっと休んでてすみませんでした。』

そうです、みょうじなまえはインフルエンザという未知の魔物をようやく倒し、明日の部活から復帰です。その趣旨を伝えるべく、大地さんに連絡した。まあ金曜の21時過ぎだし、すぐ帰ってくるかな。
明日の午前中病院行って処方箋もらって、薬屋さん行って…。ってあれ、これ部活間に合うの?
そんなことを考えているうちに、大地さんから返事がきた。

『おう、病み上がり気をつけろよー』
『明日は新入生の3対3だからな。つっても、新入生4人に俺と田中が入るんだが』

新入生という文字に、過剰に反応してしまう自分がいる。

『ありがとうございます!3対3楽しみにしています』

久々の部活だ。久々の潔子先輩だ。潔子先輩不足で死ぬところだよまったくもう。
中学でバスケ部だった私は、高校で初めてバレーに関わることになってやっぱり最初は不安がたくさんあった。でも今では、烏野のバレー部の仲間になれて本当に良かったと思ってる。とくに潔子先輩という女神 オブ 女神とほぼ毎日一緒に居られるなんてもうにやにやがとまりません。

「フンヌフ〜ン」

ご機嫌に鼻歌を歌いながら、部屋の鏡の前に立つ。
気合い入れてポニーテールしちゃおうかな〜、なんて、鏡を見ながらシミュレーション。てへ。





え、やばいっす。なんか久々すぎて緊張してきたっす。
病院いって、薬もらって、そんなことしてたら結局学校に着くのはお昼頃。きっとこの調子だと、もう3対3は終わっている頃だろう。
体育館の前に立ち扉に耳をすます。

「清水!あれもう届いてたよな?」

大地さんの声だ…久々……。
いやそうじゃない。このタイミングで入るとか気まずすぎて。いつ入ればいいの…。
てかむしろ私の存在抹消されてない?私いらなくない?帰ろうかな?

そんな風にぐだぐだ迷っていると、

「これから烏野バレー部としてよろしく!」
「「「オッス!!!!!!」」」

一段と大きな掛け声。
あ、どうしよう、これ本格的に入るタイミングが。
私の存在なくして烏野バレー部始動しちゃってますよ。いやまあ私はただのマネでしかないんだけども。

もう逆にここしかないよね?!いくよ?!なまえちゃんいっちゃうよ?!?!?!
よしっ、と自分に気合いをいれ、大きく息を吸う。そして勢いよく体育館の扉を開け――、

「ちょっと待ったぁーーーーーっっ!!!!!!」

シーーーーーン。少しの静寂。

「…ぷっ、アハハハハハハハ!!!!おいなまえ、何だよそれ!!!道場破りでもすんのカァ?!?!?!」

田中の笑い声。

「あ、えっと、すんません…。あ、どうもお久しぶりです、みょうじ復活です……」


さっきまでの勢いが完全になくなった私。
扉のある位置から体育館を見渡すと、何事だと私の方を数週間ぶりの仲間たち。と、私のわけのわからない登場スタイルに笑い転げる田中とノヤ。
そんな私を助けてくれたのは、

「みょうじ!久々だべ、本当!張り切りすぎてぶり返すなよ〜」

やっぱり、スガさん……。爽やか…。
いや落ち着け私、とりあえずここは新入生もいるんだからまず自己紹介しなきゃ。でもふりがないとしづらい。ああどうしよう。無理だ。こんなときにチキンか。
自分が変な登場の仕方をしたせいでこうなっているのにもかかわらず、私は頼れる我が部の主将に目で助けを求める。

「あー…、日向たちは初めてだよな!こいつ、2年マネのみょうじなまえだ。ずっと体調不良で休んでたんだが、今日から“復活”らしいから」

にやり、含みのある笑みを浮かべて私を見る頼れる我が部の主将改め腹黒い我が部のボス。さっきの私の復活という言葉を使ってくるあたりが悪意を感じるよ先輩。恥ずかしいからやめてください。

「こいつよぉ、こんな時期にインフルエンザだぜ?!?!超おかしいだろ?!?!」

「は?!?!私は田中と違って馬鹿じゃないから風邪ひくんだよ?!?!?!」

新入生の前で私を馬鹿にするのもやめてください。乙女だから。
そう思いながら、ふと新入生と思しき人たちをみる。
そう、そこには、私がずっとずっと、この1年間思い続けてきたあいつがいた。

「おいみょうじーさっさと自己紹介終わらせな!」

スガさんの自己紹介の催促なんて、これっぽちも頭に入ってこない。私の頭の中は、もう、

「つ、きしま……」

誰よりも背が高くて、つまんなそうな顔をして、無気力で。1年前とは何も変わらない、月島蛍のことでいっぱいだった。

「ん?月島お前、あの先輩と知り合いなのか?」

オレンジ色のちっちゃい子が月島に尋ねる。

「……さあ?」

「…………ええ?!?!?!ちょっとそれひどくない?!?!?!?!」

まってよ!!!!この子今、さあ?って言ったよ!!!ありえなくない?!?!?!どう考えても今のは感動の再会的なシーンだったでしょ!!!!!
月島の軽率な発言で焦ったのであろう山口が、慌てて修正する。

「あ、あの!!ツッキーも俺もみょうじ先輩も、同じ中学なんですよ!!」

そうそう、そうだよ山口、私はそれを求めていたんだよ。

ね?!ツッキー!!、と、山口が月島に同意を求める。月島の方は、何とも微妙な顔をしながら「ああ…そうだったかも…」とかいうもんだからみょうじ先輩悲しくて泣きそう。
そんな気持ちを振り切って、私は残りの新入生2人に向かって自己紹介をする。

「2年4組のみょうじなまえです、あ、縁下と同じクラス!よろしくね〜」

「おれ、日向翔陽です!!!よろしくお願いします!!」

「…ッス」

「おい影山もちゃんと自己紹介しろよ!!!」

「今からすんだよ日向ボゲェ!!……影山、です」

ぴょこぴょこしてる方が日向で、目つき悪い方が影山ね。覚えました。

「ってことで、これで全員揃ったな。改めて、これからよろしく頼む!!!」

「「「オッス!!!」」」

ちらっと横目で月島の方を見ると一瞬目があった気がした。気がした。

そのあとはもう体育館の片付けをして解散ということで、私は久々のマネージャー仕事を張り切っていた。

「あ、潔子先輩」

部員たちはみんな着替えに行き、マネだけが残った体育館。最後に残った少しの仕事をしている時、私は大好きな大好きな大好きな潔子先輩に話しかける。

「私この後、顧問の武田、先生?に挨拶してから帰るんでもう先帰っててください!残りの仕事もやっておきます!!」

そう、私と潔子先輩は毎日一緒に帰ってるんです。前に一回それを田中とノヤに自慢したら本気で羨ましがられて、是非俺たちも…!!!とか面倒な事を言ってきたからそれ以来自慢することはやめた。私と潔子先輩のスクールゾーンだから、誰も入れてやらないから。
潔子先輩は歩きで私より家も近いし、私はチャリだから5分くらいしか一緒に帰れないけど、私は潔子先輩との帰り道が大好きだ。

「そう?私、待っててもいいけど。それにやることももう少しだし…」

「いやいやいやだめです!!!先輩を待たせるのは後輩として罪が!!罪が重すぎます!!!!こんくらいの仕事私1人でやりますし、休みの間ずっと潔子先輩1人に任せっきりだったし……!!」

私がインフルの間、先輩は1人で仕事をしなさっていたのだ。申し訳なさすぎる。
だからと言って潔子先輩をこんな遅い時間に1人で帰らせるのも重罪だけど、今から着替えて帰ればちょうど校門で着替え終わった男子たちと鉢合わせするはず。1人で潔子先輩が帰ると知ったら誰かしらが送るとか言い出すはず。十中八九あのハゲとチビだけど。

「ふふ、わかったわ。じゃあ窓とカーテンの確認と、鍵締めもお願いできる?」

「任せてくださ〜〜〜い!!!!」

なまえは相変わらず元気ね、と優しく微笑む潔子先輩は天使か、天使なのか、はたまた女神か。

先輩が体育館を出た後、もし潔子先輩が誰とも会えずに本当に1人で帰ることになったら大変だと思い、念のため田中にメッセージを送った。
残った仕事を終えた私は電気を消し、鍵を閉めて体育館を出る。

そして着替えてから職員室に顔を出し、新しく顧問になった武田先生に挨拶をした。「ああ、君がみょうじさんか!まだ至らない点がたくさんあると思うけど、頑張るから、これからよろしくね!」と、ペコペコ頭を下げてくれるこの先生は、きっといい人なんだろう。

そんな事をしていると時計の針は既に8時すぎを指していて、早く帰らなきゃ私のハンバーグが冷めちゃう、と思いながらそそくさと駐輪場へと向かう。
今日の夕飯は復活祝いでなまえの大好きなハンバーグ〜、と、気の抜けた絵文字とともに送られてきたお母さんのメッセージを思い出す。復活という言い回しなあたり、やっぱり親子は似るんだと思う。

「フンヌフーン〜〜〜」

ハンバーグが待っている。私を待っている。ルンルン気分だ。鼻歌だって歌っちゃう。
はたからみたら、1人でチャリをひきながらご機嫌に鼻歌を歌っているから相当おかしい奴。ふふふ、既に8時半に近い時間の学校にはほとんど生徒はいないことを、私は知っているのだ。






「おい!!ノヤッさん!!!!」

「どうした龍!!!」

「今、なまえから連絡あって、潔子さんが、潔子さんが、俺らと一緒に帰りたいと……!!!!!!」

「なんだとう?!?!?!こうしちゃいられねぇ!!!!さっさと着替えて校門でお待ちしてさしあげるぞ!!!!!」

部活終わりの部室で、何やら田中さんと西谷さんが叫んでいる。
正直うるさい。
連絡を取り合う仲なんだ、とか、“まゆ”って呼んでいるんだ、とか、普段は誰と帰っているんだろう、とか。小さいことにいちいち引っかかる自分がいる。

「ちょっと見せてみろって」

若干苦笑しながら菅原さんが田中さんの携帯を覗き込んだ時の表情はまさに、やれやれ、といった感じだろう。

「おい、これ、どう考えても清水が一緒に帰りたいってわけじゃないべ」

どうやら田中さんへのメッセージは、
『私が一緒に帰れないから、潔子先輩と帰ってあげて。先輩1人で帰らせるわけにはいかない。』
ということらしい。

清水先輩のことは心配するのに、自分のことは少しも心配しないんだなと僕は思うけれど、この気持ちは絶対誰にもバレるわけにはいかない。

「えってかそもそも何で清水とみょうじは今日一緒に帰らないんだ?まさか喧嘩……」

「おいおい、旭は心配しすぎだって…。多分みょうじは武田先生に挨拶いくからだろ」

あいつインフルでしたもんね!!!と、笑いを堪えながらキャプテンに言う田中さんは、既に着替え終えて西谷さんと一緒に清水先輩を迎えにいく気マンマンだ。


練習が終わってから、ずっと同じような思考が僕の頭をぐるぐる回る。
ああ、本当、何考えてるんだろう、僕。中学の時から何も成長していない。




あの後結局、田中さんと西谷さんは遠慮する清水先輩を無理矢理家まで送ったらしい。
僕と山口は、当たり前のように一緒に帰る。

――まだ体育館にいるのだろうか。

烏野に入学してから、そしてバレー部に入部することになってから、何度も校舎や体育館でさりげなく探していた自分がいるのは認めたくもないが、まぎれもない事実で。
というか、いるはずなのにどこにもいないし。そりゃあ探すでしょ。僕に烏野行くからと言ったあの言葉が嘘なのかとさえ思った。

結局インフルエンザにかかったとかいう馬鹿みたいな理由でずっといなかった当の本人は、久々の再会でもいつも通りの、今まで通りの馬鹿。いや、正確には今まで通りという言葉が合っているのかわからない。少なくともあの人が中学を卒業してからは、僕とあの人の関係はただの“先輩と後輩”でしかない。空白の1年間は、やはり長かった。

「―ッキー?ツッキー??」
「え、あぁ、うん」
「どうかした?なんかすごい怖い顔してたよ!!」

ここで素直に思っていたことを言えば、山口はどう答えるのだろうか。そんなことを考えておきながら、素直に答える気持ちはこれっぽっちもない僕は相当捻くれているのだろうと自分でも感じる。

「どうせみょうじ先輩のことだよね〜」
「?!……いや、別に………」

図星だ、と言わんばかりに僕は眉をひそめた。山口は僕のこの行動を、肯定と捉えたらしい。そしてそれはあながち間違ってはいない。

「入学してからずっと気にかけてたの俺知ってるから!2年の教室の前通るときとか、すっごいキョロキョロしてたし、今日会った時も、ツッキーちょっと嬉しそうだったし!」

きっと僕の感情の高ぶりを感じ取ったのなんて山口くらいだ。僕だって意識していない。言われてから気づかされる。
やっぱり僕は、まだ、―――

「何か今すぐ言いたいこととかあるんじゃないの?」
「……学校、戻ってくる」
「さすがツッキー!!!かっこいい!!」

山口の返事を聞き終わる前に、僕は少し早歩きで、今来た道を引き返していた。





ルンルン気分で校門への道を辿る。

なんで2年の駐輪場は校門から遠いのだろう。本当なら自転車に乗ってそのまま校門を出たいところだが、先生に見つかるとこれがまた結構怒られる。そうです、前科アリです、てへ。
あの時は教頭にこっぴどく叱られ、おまけにその話が部活へと響き大地さんにもめっためたにされた。
そんなに罪が重いんですか、自転車で校内を走るのがそんなに大罪なんですか。2年の駐輪場からだと校門まで歩いて2分かかるんですよ。そんな私の思いは大地さんの「次やったらどうなるかわかってるだろうな、みょうじ」というスペシャルスマイルの圧で口から出ることはなかった。
それから律儀にその言いつけを守っている私はなんていい子なんだろう。単にチキンなだけかもしれない。


終始鼻歌を歌いながら校門を一歩出て自転車に乗ろうとした時、思いもよらない声が私の頭上30センチ上から降り注ぐ。

「その変な鼻歌やめてくれませんか?」

「あ、つき、え、あっ、ツッキー、じゃん、」

先に帰っていたはずの月島が、私を見下ろして心底迷惑そうな顔をしている。どうしてこいつがここにいるんだろう。走って引き返してきたのか、額にはうっすらと汗のようなものがみえる。

「……その呼び方も、やめてくださいって言ってますよね、」

中学の時から、と、少し強調してさらにしかめっ面になる月島は、やっぱりかっこよかったのも、中学の時から変わらずで。

「あははーごめんって。えっと、で、忘れ物?体育館は何もなかったっぽいけど、」
「忘れ物なんて滅多にしませんよ、なまえさんみたいにアホじゃないんだから」

あ、久々なこの感じ。あ、久々に名前呼んでもらった。
これだけで私はすぐに舞い上がり、にやにやしてしまいそうになる顔をありったけの理性で落ち着かせた。

「ちょっとドジっ子キャラ可愛いとかやめてよね!照れる!!!」

懐かしい。中学の時もこうやって毎日月島にひっついて、だる絡みして、かっこいいだとか、大好きだとか、これでもかというほど愛情を注いできた。

「本当、少しは成長してください。そういうのいいから、もう遅いし」

そう言いながら月島は、自分の家の方向、もとい私の家の方向でもある道へ歩き出す。

え、これはもしかして、

「………一緒に帰ろうって、捉えていいの?」

そう尋ねながら急いでチャリをひき、月島の隣へと追いつく。私の問いへの返事はないが、下から見上げた月島の顔は、ほんのり桃色に染まって見えた。


mokuji