花片と落丁 3



十二賢者の行進(マーチ・オブ・アルコンズ)――エオルゼア三国から十二の大きな組織が参加することから名付けられた、ガレマール帝国軍への反撃作戦。エオルゼア史上、最も大規模な作戦となる。
アルテマウェポンという力を以って降伏を求めてきたガイウス・ヴァン・バエサルに対し、エオルゼアの出した答えだ。

元の姿を取り戻した「暁の間」で、その作戦の説明が行われていた。

「今回の作戦の最終目標は、ウルダハの北に位置するカストルム・メリディアヌムにて調整中と思われるアルテマウェポンを破壊することだ」
「そしてそこに、ネネリもいるはずよ」

アルフィノの言葉に、ミンフィリアが続ける。

この作戦はアルテマウェポンの破壊を最終目標として掲げているが、「暁」にとっては、アシエン・ラハブレアに憑依されたサンクレッド、そしてネネリの救出作戦でもあった。

ネネリの居場所がカストルム・メリディアヌムであることはおよそ疑いない。
ミンフィリアがカストルム・セントリに捕らわれていた際、リウィアは「カストルム・メリディアヌムの研究所へ移せ」と部下に命じていたのだ。ネネリがその身代わりになったのなら、そこにいるはずだ。





「……が…………超える……という……」
「…………ハイデリンの……を…………」

――誰かの声が聞こえる。

ネネリが目を覚ましたのは、またしても暗く、無機質な場所だった。といっても覚醒しきったわけではなくぼんやりと意識が浮上しただけで、詳しい状況を把握するには至らなかった。
聞き覚えのない男の声が二つほど聞こえてくる。

そしてネネリの意識が戻ったことに気が付いたのか、一人が近づいてきた。
ネネリの視界に、その男が映り込む。

はっきりしない意識の中でも、その顔を見間違えることはなかった。

そこにいたのは、かつてネネリを救った恩人その人ではないか。

まだ寝惚けているだけなのだと思いたかったが、悲しいかな、夢と現実の区別はついていた。
服も、声も、表情も、知っているものとは全く違うのだが、他人の空似で済ませようにも首元のタトゥーがそれを否定してしまう。

「サン……クレッド…………」

不安定だったネネリの意識はここで限界を迎えた。
最後に聞いたのは、まるで彼のものとは思えない、不気味な笑い声だった。





マーチ・オブ・アルコンズの第一段階である、敵将リットアティンの討伐を冒険者選抜部隊が。第二段階である、カストルム・オクシデンス、カステッルム・マリヌム双方の封鎖を黒渦団が成し遂げた。

作戦は第三段階へと移行。
同盟軍本隊がカストルム・メリディアヌムへ突入、帝国軍第XIV軍団と交戦する。冒険者選抜部隊はその隙に、中心部を目指した。

冒険者は襲い来る帝国兵や魔導アーマーを打ち払いながら進む。その先にいたのは、白い鎧を纏った帝国軍人。第XIV軍団分遣隊長、リウィア・サス・ユニウス。
面と向かうのは初めてではあるが、しかしその姿を見るのは初めてではない。
ノラクシアの記憶で視た、砂の家襲撃の巨魁。

「ガイウス閣下は、あなたの「超える力」にご執心だった。同じ力を持つ小娘は手に入れたけど、閣下はあなたもご所望みたい」

つまりネネリを連れ去ったのも、目の前の女だ。

「だから、いったいどんな雄健な者かと思っていたら……案外、普通の冒険者なのねぇ」

その“普通の冒険者”のために、全てを奪われたとリウィアは嘆く。だが、奪われたのはこちらも同じ。
鶏が先か、卵が先か。その答えを出したところでなんの意味もない。結局は、自分のものを奪われると腹が立つという独り善がりでしかないのだ。

リウィアとの戦いを制し、冒険者は仇討ちを果たした。

いよいよアルテマウェポンの元へ……と行きたいところだったが、ことはそう簡単には進まなかった。
最深部へ乗り込むため魔導フィールドを解除したはいいが、地上からでは侵入が難しい。

冒険者の元に駆けつけたシドの助言により、一度退くこととなった。彼は冒険者に任せきりにして待っているなどできず、要塞内まで冒険者を追ってきたのだ。

「幻術士の嬢ちゃんも、この辺りにはいないようだ。やはりアルテマウェポンと同じく、この奥にいると考えていいだろう」


そして決戦の地へ、冒険者はシドと共に飛空艇エンタープライズで空から降り立つ。
カストルム・メリディアヌムの中心に聳えるアルテマウェポン開発工房、魔導城プラエトリウム。
ガイウスの妨害を突破し、魔導アーマーすら乗りこなして進撃する。

その途中、冒険者の前に立ちはだかったのは、第XIV軍団の幕僚長であり、シドの魔導院時代の同期であるネロ・トル・スカエウァ。
彼は冒険者とシドの通信に割り込み、久方ぶりの旧友との会話となった。二人の確執――というよりはネロの一方的な恨み――はどうも根深いものだったが、ネロとていつまでも友人との語らいに興じるつもりはない。
ここに立っているのは、冒険者の足止めをするためだ。

「オレも「超える力」には興味があるンだ。そして研究材料は手に入れた。その力を解析して魔導技術に転用できれば、オレはさらなる高みにいける! だが、お前の力を利用できれば、もっと……」

「超える力」の中でも、冒険者の持つ力はひときわ強いものだった。ただ、「超える力」を持っているというだけで次々と蛮神を倒すことができるわけではない。
この冒険者にはなにか、もっと特別な力がある。
ネネリという能力者を手に入れても尚、ネロの冒険者に対する興味が尽きることはなかった。

技術者でありながら、自ら冒険者を迎え撃つネロ。
彼一人で冒険者を止められるはずもなく、膝をついたのはネロのほうだった。しかし、彼の目的は達成されていた。

「ハハッ……ざまあみろよシド……アルテマウェポンの最終起動は……成功だ……!!」

アルテマウェポンまであと少しのところまで迫っていたのだが、すんでのところでネロが調整を終えたのだ。

冒険者が先を急ぐも、最後はガイウス自身が冒険者と交戦。ガイウスの語る内容は、冒険者にとっては賛同すべくもないものだった。
戦いは冒険者が優勢となったものの、アルテマウェポン起動を阻止することはできず。古代の兵器は目覚めてしまった。

「見せてやろう! このアルテマウェポンの真の力を!」


――だが、絶対的な力を持っているはずのアルテマウェポンですら冒険者には敵わなかった。

動揺するガイウスの側に、サンクレッドの姿をしたアシエン・ラハブレアが現れた。
冒険者をよそに話を進める二人だったが、彼らは一枚岩ではなかったようで仲間割れを起こしていた。というよりは、ガイウスですらアシエンに利用されていたようだ。
アルテマウェポンには、ガイウスにすら明かされていない力を秘められているという。そして今、その力を放たんとしている。

「渦なす生命の色、七つの扉開き、力の塔の天に至らん」

聞いたことのない詠唱だが、ただの魔法ではないことは明らかで、途方もない魔力がアルテマウェポンに集まっていく。

「……アルテマッ!」

大きな衝撃と、目も開けていられないほどの光が冒険者を襲う。

視界が元に戻った頃には、景色が一変していた。
無事だったのは魔法障壁によって守られた冒険者と、この魔法を放ったアルテマウェポン自身、そしてアシエン・ラハブレアのみ。
少し視線をずらせば、あたり一面の焼け野原が広がっていた。元々黒鉄でできた建物だったが、その黒は鈍い輝きすらも失い、赤黒く焼け爛れている。

「この者の身を守るので精一杯だったらしいな、ハイデリンよ」

この魔導城には多くの帝国兵がいるはずだ。そして、ネネリも。
爆発の直前、冒険者の周囲に張られた魔法障壁はハイデリンによるものだった。だがアシエン・ラハブレアの言葉通りなら、この魔法障壁が守ったのは冒険者のみ。

それが意味しているのは――。





カストルム・メリディアヌムの外で、冒険者の帰還を待ちわびるエオルゼア各国の盟主と「暁」の面々。

「来た!」

いち早くかの気配を察知したのはミンフィリアだった。

そこには魔導城へと繋がる通路がある。そこを伝って爆発が迫り来るなか、間一髪のところで押し出されるように魔導アーマーが飛び出してきた。
冒険者の操縦するそれに、意識のないサンクレッドが乗せられていた。

「見て! サンクレッドも一緒だ!」
「やったぜ!」

一同が冒険者に駆け寄り、喜んだのも束の間。もう一人の救出対象が見当たらないことに気付く。

「ねぇ、ネネリ……は……」

ミンフィリアの問いに、はっとして静まり返る一同。
冒険者は俯き、首を横に振るしかなかった。


アルテマウェポンの破壊に成功し、闇の勢力アシエンをも撃退。マーチ・オブ・アルコンズはエオルゼアの勝利だった。人々は歓喜に包まれた。

第七霊災は終わり、第七星暦が幕を開ける。


――そこに、ネネリはいないまま。





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