花片と落丁 2



帝国軍の飛空艇から降ろされたネネリたちは、エオルゼアに築かれた帝国軍の基地のひとつ、カストルム・セントリに拘禁された。
目隠しは外されたものの、腕は拘束されており、逃げる隙はなさそうだった。

――仮に自由の身だったところで、生気を失ったネネリが逃げ出せたとは思えないが。

自然豊かなエオルゼアでは普通目にすることのない、ごつごつとした人工物だらけの空間。無機質で冷たい床の上に、ネネリは転がされていた。タタル、パパリモ、ウリエンジェもいるが、ミンフィリアだけは別の場所へ閉じ込められたようだ。

帝国軍の要求は、ネネリたちに「超える力」についての情報だった。なぜか「超える力」のことを知りたがっていた。

パパリモがやウリエンジェが否定の意を示す。
震えるタタルと、うなだれるネネリを庇うように、彼らは強腰の姿勢を見せた。

砂の家を襲ったのは冒険者が目的だったはずだが、なぜミンフィリアたちを拐う必要があったのか。「暁の血盟」が帝国にとって脅威だと認識されて、盟主たるミンフィリアが捕えられるのはわかる。しかし彼らは受付であるタタルや賢人のパパリモ、ウリエンジェ、さらには一介の盟員にすぎないネネリまで連れ出した。その理由が「超える力」について情報を得るためだったのだ。

予想通りではあるが、帝国兵はネネリたちが素直に話さないと知るや、次は強硬手段に出た。
それでも、誰ひとり口を割る者はいなかった。
どれほど暴力を受けようと、ネネリにとってはかつての地獄のほうがよっぽど酷いもので、到底喋る気にはならなかった。

こんな力のために。

以前のネネリにとっては、否応なしに他人の過去を見せられるという厄介な力でしかなかった。
だがこの異能のおかげで、「暁」に加入できたようなものだった。もしかすると異能がなくてもそうなっていた可能性もあったが、実際のところはわからない。

「超える力」が直接的に人を救うことはないが、ネネリはこの力を少しずつ受け入れられるようになっていた。

盟員の手当をする際、何度か過去視が発動した。
あるときは、どこで戦ってどんな怪我をしたのか。状況を一から説明してもらう必要がなく、役に立ったこともある。
あるときは、盟員のはるか昔の姿やその想いを覗いた。 これまであまり多くの感情を知ることのなかったネネリの、狭い世界の壁を壊していくようだった。

こんな力だからこそ、なのか。

今のところ殺す気はないようだったのが幸いであった。
ウリエンジェの難解な物言いも、うまいこと帝国兵を惑わせていた。
ネネリに至っては、悲鳴や反抗の言葉すら、なに一つ声を発することがなかった。

依然として口を割らないネネリたちに、帝国兵たちは作戦の練り直しでもするのか、見張りを数人置いて部屋を出て行った。

尋問はひとまず終わったと思いきや、今度は別のところから大きな音と声が響いてきた。

「……アタシたち……って言って…………しく……ばいいのよ!」
「ぐっ……」

途切れ途切れであったが、ミンフィリアと、砂の家を襲った白い鎧の女の声で間違いなかった。
ミンフィリアも、やはり尋問を受けているようだった。リーダー格の女が自ら手を下すほどだ。おそらく、ネネリたちよりももっと過激な。

「あの声、ミンフィリアさん……」

タタルが震える声で、心配そうに呟く。

「……コイツら……行け。…………アヌム……研究室へ……」

ミンフィリアを、どこかの研究室へ連れて行くのであろうことが聞こえた。
ネネリは、ある賭けを思いついた。こんな自分でもできることがあるかもしれないと、ふと頭をよぎったのだ。
自分に相応しい、死に様を。

「あなたたちは、「超える力」の研究がしたいのよね……」

だんまりを決め込んでいたネネリがここにきて初めて口を開いたので、パパリモやウリエンジェも驚き、見張りの帝国兵も何事かとネネリに視線を向けた。

「ネネリ! ダメだ!」

パパリモは、ネネリがなにをしようとしているのかを察して、彼女を止めようとした。だが、もうネネリは止まらない。

「私も、「超える力」を持ってるわ。調べたいんなら、私だけ連れて行きなさい!」

この異能を利用して、「暁」を救って、そして死ねたなら。少しは生きていた意味もあったんじゃないか。
帝国が「超える力」をどう使おうとしているのかはわからないが、「暁」が無事でさえあれば、彼らがきっと止めてくれるはず。

見張たちは顔を見合わせ、「リウィア様に報告だ!」と言って出ていった。





「あなたたちの目的は、私の「力」でしょう!? ならば、私だけを連れて行けばいい! ネネリを返しなさい!」

ミンフィリアが声を張り上げる。

そのとき、かの冒険者は難を逃れたヤ・シュトラとイダ、そして道中で救い出されたビッグスとウェッジとともに、ミンフィリアたちの元へ辿り着いていた。

冒険者は敵陣で派手に暴れた。記憶を取り戻して現れたガーロンド・アイアンワークスの会長シドの助力もあり、見事ミンフィリアたち囚われていた者を救い出した。ただ一人を除いて。

「ネネリが……ネネリがいないの!」

焦燥しきったミンフィリアが、ネネリがひと足先に別の場所に移送させられたことを告げる。

彼女を帝国軍の元に一人置き去りにするなど考えられない。
だが、ネネリ一人を取り戻すために長居していては、全員が助からなくなってしまう。ここでいくら探したって、すでに基地を出ている可能性もある。
ネネリには「超える力」があり、そのために拐われた。すぐに殺されることはないはずだ。取捨選択をせざるを得なかった。

飛空艇でカストルム・セントリを離脱する一同。彼らは、最後に信じがたい光景を目にすることとなった。
エオルゼアを侵略せんとする帝国軍の、軍団長ガイウス・ヴァン・バエサル。そしてその隣に並び立つ天使い、アシエン・ラハブレア。黒い法衣の下、その顔は――サンクレッドのものだった。

「暁」は、サンクレッドとネネリという二人の仲間を、一気に奪われてしまった。

「我々の情報は、奴らに筒抜けだったというわけだ。……クソッ!」

サンクレッドにアシエンの調査を依頼したアルフィノは、自分自身に対して憤慨していた。

ネネリがミンフィリアたちとともに拐われたのも、「超える力」のことがサンクレッド――もといアシエン・ラハブレアを通じて帝国軍に知られていたことが原因だった。
ネネリを「暁」に掬い上げた張本人であるサンクレッドが、今度は彼女を仇敵である帝国軍へ引き渡すことになるとは。なんの因果であろうか。

「まだ、彼女を救える機会はあるはずだ。敵がどんなに強大であろうとも、力を合わせて戦えばよい。「暁の血盟」には、それができるのだから」

アルフィノの言葉に、一同は力強く頷いた。

「行きましょう。諸国を束ねる首領たちのもとへ」

エオルゼアに「暁」の健在を知らせるために。
そして仲間を救うために。





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