いつだってひとり分の雨を降らせている



冒険者は、たびたび砂の家の倉庫を覗いては、待機中の盟員たちに話しかけていた。
エオルゼアでは「光の戦士」と呼ばれるようになり、遠い人のように感じる――かと思えば、まったくもってそのようなことはなく。気さくに話しかけてくる冒険者は盟員にとってとても身近な存在だった。

この日も冒険者は、特に用事があるわけでもなく、盟員たちとちょっとした雑談に興じていた。
するとネネリが倉庫の端でなにやら考え込んでいるのが見えて、どうかしたのかと声をかけた。

「あぁ……いや、そんなに大したことではないんだけど……」

困っていることがあるなら手伝うと、冒険者は申し出る。

「今や引っ張りダコのあなたに、そこまでしてもらうわけには……ううん、でもやっぱり……」

断られるかと思ったが、そこで迷うくらいには助けを必要としているようだ。

冒険者は倉庫に出入りしているうちに、ネネリの人となりをある程度掴んでいた。
静かな人で、滅多に表情を変えず、決して人当たりが良いわけではない。しかし癒し手というだけあって、その内側は温和で情に厚い人物だった。
彼女は感情を隠そうとするようだが、隠しきれずにたまに現れる。それを見つけると、どうにも冒険者は嬉しくなるのだ。
その彼女が珍しく眉間に皺を寄せているものだから、尚更放っておけなかった。「任せろ」とアピールすると、彼女はようやく折れてくれた。

「じゃあ、お願いする」

また、彼女は僅かな笑顔を見せてくれた。

「あなたの活躍もあって、より多くの人が「暁」に集まってきてるのは知ってるよね?」

冒険者もそれは実感していた。人を集めたつもりはなかったのだが。

「もちろん良いことではあるんだけど……タタルが頭を抱えることも増えてね」

冒険者自身は特に盟員増加による影響を受けてはいなかったものの、受付および事務担当であるタタルは莫大に膨れ上がった仕事に追われていた。人が増えた原因が自分だと思うと関係ないとは言い切れず、少々罪悪感を覚えた。

「私、自分でポーションみたいな薬を作れるように、ウルダハで錬金術も学んでたのよ。あぁ、ハネコ・ブンネコさんが来てからは、彼の店で取り扱ってないエリクサーや秘薬、毒薬なんかを主に作ってるのだけれど」

ハネコ・ブンネコとは、砂の家で店を開いた雑貨商人のことである。いくら賑わい始めたからといって、まさかこの場所で商いを始める者まで現れるとは冒険者も驚いたものだ。

「自分で直接戦闘に参加するわけではないから、その代わりといってはなんだけど、みんなが現地で使えるものも用立てたくて」

いつも砂の家で待っているネネリだが、ただ待っているだけではなかった。

「とはいえ今までは簡単なものしか作ってなくて。ここ最近の人員増加で資金のやり繰りも大変みたいだから、それならもっと本格的に薬を作って、経費を浮かせられないかと思って」

ネネリなりに、「暁」のためにできることを考えていた。戦場に出ない彼女でもできることを。

「でもそうすると、もっと多くの素材を採りに行かなきゃいけない。採掘も自分でできるにはできるけど……人が増えれば怪我人も増えるわけで、あまり遠くには行けなくて……」

ここが本題だったようだ。

「そこで、各地を回れるあなたに、素材の採集をお願いしたいの。必要な道具と、メモを渡しておくから。すぐじゃなくていい。近くに寄ったついでにでも、集めてくれると嬉しい」

なんてことはない依頼だ。冒険者はネネリからものを受け取ると、大きく頷いた。

「ありがとう……」

あまり人にこういったお願いをすることがなかったネネリは、少しぎこちなく微笑んだ。





“おつかい”の帰り、冒険者はベスパーベイに向かうため西ザナラーンの荒野をチョコボで駆け抜けていた。

その道中、金槌大地からホライズン・エッジに繋がる街道で、銅刃団がペイストというモンスターの大群と戦っているところに遭遇した。
この街道は、窪地であるノフィカの井戸を越えるための橋が架けられており、近隣の住民や商人もよく利用している。ここをモンスターが跋扈すると、かなり遠回りをしなければ広大な窪地を渡れず、人々の生活にも支障が出る。

放っておけない体質の冒険者は、銅刃団の助太刀に入った。冒険者にとってこのモンスターはさほど脅威ではなかったが、さすがにこの数を相手にすると徐々に体力が削られていく。一旦銅刃団に任せて、体勢を立て直すか――そう考えていたときだった。

突然、体力が全快した。

「おかえり。ここで遭遇するなんて、奇遇ね」

聞き覚えのある涼しい声の元を探せば、橋の向こうにネネリが立っていた。ネネリの回復魔法によって、体力が戻ったのだ。
回復役が一人いるだけで、戦いやすさは大きく変わる。自分の体力を気にしている必要がなくなった冒険者は勢いに乗り、次々とモンスターを倒していく。
銅刃団の面々もネネリが回復したことで攻撃に専念し、ネネリも空いた手で攻撃魔法を放っていた。

見事モンスターを追い払った冒険者は、銅刃団から多少の報酬を貰い、再び帰路につく。
しかし、どうしてネネリがここにいたのか。

「シャードが足りなくなって、そこの岩場まで掘りに来てたの。この辺なら、すぐに帰れるから。それで近くで戦う音が聞こえてきて……見てみたら、あなたがいたのよ」

砂の家に篭りきりのイメージがついているネネリだが、錬金術師どころか採掘師まで会得してしまうところを見ても、案外フットワークが軽いのだろう。
おまけに、モンスターを前にしてもあの冷静さ。戦闘慣れしているようにも見えた。

いろいろ聞きたくなってしまって、ネネリがどうして「暁」に入ったのか尋ねてみた。
ネネリは少し考えるそぶりを見せて、それから「サンクレッドに拾われた」と、短く答えた。
あのサンクレッドが――冒険者は女たらしな彼の顔を浮かべて、「まさか……」と呆れた顔をした。

「ふふっ、違う違う、そういうのじゃないよ」

冒険者がなにを考えていたのかはすぐに通じたようで、ネネリは笑いながら否定した。こんなに楽しそうに笑ったところは、初めて見たかもしれない。

「私はずっと、人を傷つける生き方しかできなかった。でも彼のおかげで「暁」に出会って……「暁」が、人を助ける生き方を教えてくれた……」

過去に想いを馳せるように、遠くを眺めながらネネリは語った。しかし彼女の横顔は、どうも澄み切った表情をしていなかった。それから目を伏せてしまった彼女に、冒険者はこれ以上踏み込めなかった。

「……って、ごめん、つい考え事を」

心配そうに見つめる冒険者に気がついて、ネネリははたと我に帰り、なんでもないように振る舞う。

――たくさん話を聞けたのだ、今日のところはこれでいいだろう。

それ以上深追いはせず、あとは当たり障りのない会話をしながら「暁」の家へ帰宅した。





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