夢からさめても呼吸はつづく



きちんとした装備も与えられ、見違えるように小綺麗になったネネリは、幻術士ギルドの元で治癒術を学んだ。
これまでは物理的な攻撃を得意とし、魔法については使うことも触れることもなかったが、相性が悪いわけではなかったらしい。
グリダニアに滞在しているイダとパパリモが時折ネネリの様子を窺いに来るも、彼女は順調に幻術を会得していた。

魔法の才というよりは、傷ついた者を癒したい――そんな想いが、ネネリの幻術士としての力を育てた。
それはネネリの、これまで傷つけてきた者たちへの懺悔であった。

ギルドマスターであるエ・スミ・ヤンは、悔恨の念に駆られながら、それでも道を見失わないネネリを、なにも言わずに見守った。
幻術を学ぶにあたって大切な、自然を知り、その力を借りる姿勢。その点についてネネリは申し分なく、幻術士としては優秀だった。

だがネネリの心の奥底は、なにかに怯え、凍えている。

これが他のギルドメンバーのことであったなら、彼が口を出していただろう。けれど、それをするのは自分の役目ではないことを彼は理解していた。彼女には、帰るべきところがあるのだから。

そしてとうとうネネリはエ・スミ・ヤンのお墨付きを得た。
ずっとそわそわしながらネネリの成長を見守っていたイダは、それは喜んだものだ。「だから大丈夫だって言っただろ?」とイダに言ったパパリモは、初めからネネリの素質を信用してくれていたようだ。
砂の家にいるときは、同じく幻術士であるヤ・シュトラにも教えを乞うていた。リムサ・ロミンサでの調査の合間だというのに、彼女はネネリの頼みに付き合ってくれた。その彼女は、ネネリが幻術を修めたことを聞くと「当然よ」と満足げだった。

エオルゼア諸国が頭を悩ませている蛮神問題、その解決を目指す「暁」には、危険を伴う任務も多い。盟員が怪我をして帰ってくることもある。
そして、「暁」は誰でも加入できるわけではない。異能を認められるか、受付であるタタルのお眼鏡にかなうか、どちらかが加入の条件となる。ネネリは前者であったわけだ。
そうやって選ばれた盟員だからこそ実力は確かなものなのだが、戦闘に長けた者ほど多少の怪我には無頓着だったりする。
砂の家に帰って来た盟員が怪我を放置していないかどうか、ネネリは目敏く見つけるようになっていった。

ア・アバ・ティアも、ネネリに怪我を黙っていたために怒られた一人である。
怒ると言っても、無言の圧力――だったが。

「なんだよ」
「……怪我してる」
「こんなもん大した怪我じゃねぇ」
「そういうの、よくない」

斧使いだった頃のネネリも、どちらかといえば怪我を放置する側の人間だったため強くは言えなかった。加えて口下手でもあった。しかし、癒し手として譲れないものがある。

「……わーったよ!」

二人はしばらく睨み合ったが、ア・アバのほうが先に折れた。
ア・アバは好戦的な性格ではあるが話のわかる男である。ネネリを無下にあしらうことはなかった。
側から見れば、ネネリとア・アバは「物静かな癒し手」と「血気盛んな冒険者」という真逆の風貌をしていたが、ア・アバはネネリがただの幻術士でないことを感じ取っていた。だからこそ多少のお節介は許容した。そして、自身を「アバ」と呼ぶことを許したのだった。

「まさかあのミコッテ族の男にまで食ってかかるとはねぇ。初めはどこぞの箱入り娘なのかと思ってたけど、中身は案外面白いじゃない」

もう一人、槍術士のオリ・ムルシャン。
彼女も戦いに飢えた戦士で、柄が悪い部分もあるが、タタルに引き抜かれただけあって気のいい女性であった。彼女もネネリの強かなところを気に入り、任務から帰って来るとネネリを訪ねてくれるようになった。

「オリ、また無茶な戦い方したんじゃない」
「どうってことないわよ。思いっきり暴れられて楽しかったわ」
「そう……」

オリはそういう性分なので、それをやめろとは言わない。だからこそ、オリもネネリに信頼を寄せていた。

そして最近加入してきたアレンヴァルドは、同じ能力者同士で年も近く、彼はまだ任務で外に出ることもないためよく話すようになっていた。
ある日、彼は自身のことを語ってくれた。
彼はガレアン人とアラミゴ人の混血であり、故郷で荒んだ生活を送っていた。そんな生活から逃れエオルゼアで冒険者となり、少し前にネネリと同じ夢を見たのだという。

「俺は生きるためとはいえ、人を襲ったことだってある……そんな俺が、特別な冒険者だなんて。そんなわけないのにな……」

超える力を持っているとはいえ、彼は随分自分に自信がないようだった。その気持ちは、ネネリにもわかる気がした。

「……私も、同じようなものだよ」
「ネネリが?」

ネネリの役割は、帰って来た盟員の傷を癒すこと。任務中に怪我を負い帰れなくなった盟員の元へ駆けつけることはあれど、もう戦いたくないと言った彼女の望み通り、戦いに投じられることはなかった。
今や新しく「暁」に入った者は、ネネリが元は獰猛な斧使いだったことなど想像もつかないだろう。

ネネリは普段、多くを語らない。人を襲っていたというアレンヴァルドの境遇が自分と少し似ているような気がして、いつもより余分に自分の経歴を話してしまった。
だが、話しているうちにアレンヴァルドの表情が和らいだのがわかり、ネネリも安心した。

一緒に話を聞いていたアバが、「お前らみたいなヤツは、これからが楽しみだよ」とアレンヴァルドとネネリの背を力強く叩いた。その横で、オリも頷く。

アレンヴァルド、アバ、オリの三人は、気がつけば一緒にいることが多かった。任務はそれぞれ異なるが、砂の家に帰って来れば自然といつもの場所に集まる。
そこにネネリも、たまに加わる。この付かず離れずの距離が心地よかった。

――そうしてネネリが第二の人生を歩んでいるうちに、エオルゼアは第七霊災から五年の節目を迎える。





「暁」は、ある冒険者に目をつけていた。
高い戦闘能力と「超える力」を持ち、それでいて、目の前の困っている人を放っておけない優しさを兼ね備えている人物。
カルテノー戦没者追悼式典の開催に向け、エオルゼア三国を繋ぐ使者として、「暁」が推薦するほどにまで期待は高まっていた。砂の家は、その話題で持ちきりだ。
そしてついにその冒険者を「暁」に勧誘することになったらしい。

砂の家へ招かれたかの冒険者は、興味津々な様子で盟員の待機場所でもある倉庫へと入ってきた。真っ先に盟主の待つ「暁の間」へと向かわずに散策を始めるあたり、まさに冒険者だ。
一通り倉庫内を見渡したあと、アレンヴァルド、アバ、オリと手短に話をしていた。そして、一緒にいるネネリにも当然話しかけてきた。

どこまでも曇りなき瞳。好奇心旺盛で、未知なるものに目を輝かせる。それこそがこの冒険者を推し進める力なのだろうか。
冒険者は、特に尋ねたい内容があるわけでもなく、ただそこに人がいたから話しかけているだけようだ。
だからネネリも、思ったことをそのまま口にした。

「あなたも、あの力を持ってるのね……」

遠回しに、自分もそうだと言ってみた。冒険者は気付いただろうか。

「怪我をしたときは、私が治してあげるわ」

ネネリはわずかだが、それでも確かに微笑んだ。

幻術士としての役割を果たしているうちに、少しずつ表情も和らいでいた。こうして新しい仲間に「治す」と自信を持って言えるようになったことも、ネネリにとっては進歩だった。
以前、初めてネネリが笑ったところを見て感極まったサンクレッドが泣きそうに顔を抑え、「あんたはネネリのとーちゃんか!」とイダにツッコまれていたことは彼女の記憶に新しい。


それから冒険者は砂の家に帰ってくるたび、想像以上の成果を引っ提げてきた。
特に、アマルジャ族によって召喚されたイフリートが冒険者によって倒されたことは大きい。冒険者は「光の戦士」の再来だとエオルゼア中で噂されるようになり、蛮神問題に明るい兆しが見え始めた。
また、ガーロンド・アイアンワークスの技師であるビッグスとウェッジの二人を帝国から救い出したことで、「暁」の仲間も増えた。砂の家で商売を始める者も現れた。さらには冒険者がシルフ族の信頼を得たことで、シルフ族のノラクシアが「暁」を手伝うと砂の家に押しかけてきた。
砂の家は、どんどん活気付いていた。

しかし、ネネリには心配事がないわけでもなかった。

「……俺のことは気にしないでくれ。つい考え込んでしまっただけさ」

サンクレッドの様子が、どうもおかしいのだ。イフリート討滅が成された頃からだろうか。
最近彼は独自になにかの調査をしており、その関係のようだった。本人は気にするなと言うものの、ずっと廊下の椅子に座り込んでいて、とてもじゃないが気にせずにはいられなかった。
かと言って怪我をしているようでもなかったので、ネネリになにができるでもなく。「無理はしないで」と声をかけるしかなかった。





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