あのひのぼくよ、おぼえているか 2



ネネリは昔、ある夢を見た。

流星雨。それは夜空を走る光のように綺麗なものではなく、まるでこの地を焼き尽くさんとするもので。文字通り、星の雨が頭上に降り注ぐ夢だった。
いつもの夢はすぐに忘れてしまうが、その夢のことは忘れられなかった。
それは本当に夢だったのかも怪しいものだ。

その日を境に、ネネリは不思議な体験をすることとなった。
どこからともなく、自分を呼ぶ声がする。あたりを見まわしても、誰も話しかけてきてはいないというのに。
初めはただの幻聴かと思っていたが、どうにも明確な意志を持ってこちらに語りかけているようだったものだから、ついにネネリはその声に耳を傾けた。
それはどうやらとてつもなく大きな意志で、自分の手に負えるものではないように思えた。

それだけではない。目の前の光景とは別の映像が、突如頭に流れ込んでくる。その映像が、他人の過去であることはすぐに分かった。そんなことが何度も起こった。
だからといって、それが何かの役に立ったわけではない。他人の過去を覗き見たところで、ネネリにとって嬉しいことはなにもなかった。むしろ、見たくないことまで見せられてしまう。前触れなく襲い掛かってきて、振り払うこともできないのだから、厄介な体になってしまったものだと思った。

どうしてそうなってしまったのかはわからない。
だが、それを誰かに相談することはできなかった。なにか知っている人を探すことも、同じ経験をした人を見つけることも。

そのとき既に、ネネリに自由はなかったのだから。





この力が発現したのはしばらくぶりだったので、自分の過去まで思い出してしまった。あの男のせいだ、と、ふと我に返ったネネリは先日相対したサンクレッドという男を思い浮かべた。

あれから、窃盗団に邪魔者を追い返したことを報告した。もちろん、会話の内容は伏せて。なぜ仕留めなかったのだと、いつものように非難を浴びせられる。
初めこそ怯えていたものの、今となってはなにも感じなくなった。

あのときサンクレッドは、ネネリを「助ける」と言った。
嘘や強がりで言っているようには見えなかった。本気で助けると、助けることができると思っている目だった。
だからこそ、ネネリは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そんな優しい人に助けてもらっていい人間ではないのだと、自分を責めることしかできなかった。

霊災で家族を失い、一人だけ運よく生き残ったはいいものの、それからは散々だった。
ある男に声をかけられたのが始まりだ。
曰く、家族が実は生きていて、ただ酷い怪我を負っている。会わせてやりたいがそのためにはまず酷い怪我を治さなければならない。薬が必要だ。その薬は貴重で高価はものだから、その身一つで生き延びたネネリには到底支払えるものではない。仕事を与えるから、薬代を稼がないか――。
そんな見え透いたやり口だったが、ネネリは藁にも縋る思いでその声に頼った。なにもかもを失くし、もうこれ以上失うものはないのだからと、自棄になっていたのだ。

ネネリは元々体を動かすことが得意で、幼い頃から力仕事も難なくこなしていた。その甲斐あって、与えられた斧をなんとか使いこなし、言い渡された“仕事”を成し遂げた。ネネリが使えると分かれば、“仕事”はだんだん激化していった。家族に会うために、と言えば聞こえはいいかもしれないが、一種の現実逃避だったのだろう。我武者羅に斧を振るい続けたネネリは、次第に敵無しの斧使いへと成長していった。
ただいいように使われ続け、家族が生きているなんて真っ赤な嘘だったことが分かったときには、もう引き返せないところまで来ていた。

こんな自分を助けてくれるところがあるとすれば、きっとすべてを焼き尽くしてくれる地獄の業火ぐらいなものだろう。

だけど、もしも、この悪夢のような日々から抜け出せたなら……。

希望を抱いてしまえばそのぶんつらくなるのは自分だ。そう何度も言い聞かせ、考えないようにしてきた。そして心を殺せたはずだったのに。「助ける」なんてことを言うから。
そんなこと、あるはずがないのに。


「また来るって、言っただろ?」

――これこそ、幻聴ではないのか。

そんな考えを否定するかのように、サンクレッドはネネリの前に再び姿を現した。前回のようにネネリだけを誘い出すことはせず、窃盗団の根城に直接乗り込んできたのた。
ついでに、不滅隊の隊士とおぼしき人々も連れて。

「そのまま、そこで待っていてくれ」

ネネリがぽかんとしている間に、ことは終わった。
それもそのはず、窃盗団が警戒されていた一番の要因はネネリであり、ネネリが戦わなければこの窃盗団に大した脅威は存在しないのだから。
働かないネネリを罵る声が何度も発せられていたのだが、ネネリの脳までそれが伝わることはなかった。もっとも、サンクレッドによってすぐに黙らされることになっていたが。

ただ不滅隊が突入してきただけであれば、ネネリは直ちに窃盗団の防衛機構として動いていただろう。相手の数が多かろうと、それなりの痛手を負わせるほどには暴れたはずだ。
決してサンクレッドに言われたから待っていたというつもりはないが、結果として彼の言いつけを守ったようなものだ。
ネネリはまたしてもわけが分からず、ただ呆然と成り行きを見ているしかできなかった。

おおよそ片付けが済んだ頃、サンクレッドは放心するネネリに声をかけた。

「……終わったぞ。お利口さんだ」

また頭を撫でられる。まるで子ども扱いだ。
ネネリはどう反応していいか分からず返事をしなかったが、サンクレッドがそれを不満に思うことはなかった。

終わった、というのは片付けが終わっただけではない。ネネリを苦しめていた悪夢が終わったのだと、そう言われたことは理解できていた。
でも、肝心なことが説明されない。

「さて……一応聞くが、これから行く宛はあるか?」

ネネリに身寄りがないことは既に調べがついていたのだが、念のため本人に尋ねてみる。どこか行きたいところがあるかもしれない。が、やはりネネリはふるふると首を横に振った。

「なら、一緒に来て欲しいところがあるんだ。大丈夫、悪いようにはしないさ」

行き先があるとすれば監獄しかないと思っていたネネリは、そうでない様子に首をかしげた。

窃盗団のアジトを出ると、不滅隊の隊士に連行されていく団員たちがいた。
その中にはネネリを悪夢へ誘った張本人であり、窃盗団のリーダーであった男もいた。その男は出てきたネネリが捕縛されていないことに気づくや否や、「あいつだ! 全部あいつがやったんだ!」と声を張り上げた。確かに、窃盗団の中で悪名――と言っても名乗ることはなかったために名前までは知られていない――を轟かせていたのはネネリだった。しかしそれはこの男の差し金であったことはサンクレッドによって不滅隊にはとっくに知れ渡っており、誰も耳を貸すことはなかった。

突入時、ネネリが抵抗する様子を一切見せなかったことも幸いした。
おかげで不滅隊には「窃盗団に囚われ、戦うことを強いられていた被害者」だという認識を見事に植え付けられた。もちろんなにも嘘はないのだが、一歩間違えればネネリも裁かれるところだったかもしれない。

見逃されたのだと、ネネリは気づいた。

「どうして、ここまで……」
「まあ、詳しい話は目的地に着いてから。そこでゆっくり話すとしよう」

そうして、窃盗団のアジトをあとにした。
今度はネネリも一緒に。





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