輝くもののない空を願う



魔法は、万能の力ではない。
幻術を学び、扱ってきたからこそ、そのことをよく思い知らされた。

魂のみ別の世界へと召喚され、抜け殻となったものの生きたままの体。普通ではないこの状況では、いつ何が起こるかも予測がつかないが、今のところ賢人たちと双子の体の容態は安定していた――否、安定させ続けていた。
たまには休めと、クルルによって未明の間を追い出されるまでは。
クルルだって相当疲れているはずなのだ。だというのにそんなそぶりも見せず、周囲への配慮も欠かさない。頼りになる人物とは、彼女のような人を指すのだろう。
しかし休めと言われたって、こんな時に何をすれば良いのか。必要最低限の睡眠や食事なら摂っている。娯楽に興じる気にもなれない。何もしないというのも正解かもしれないが、それでは落ち着かない。

ふと思い立って訪れたのは、ウルダハにあるフロンデール薬学院。
そこは医療に関わる様々な分野の知識が集結する場所であり、ネネリも所属する錬金術師ギルドが置かれている場所でもある。
幻術士ギルドで学べるのが魔法で人を癒す術であるのに対し、ここ薬学院で学べるのは魔法に依らない、技術で人を癒す術だ。
その中でも錬金術は、元はといえばその名の通り金を錬成しようとしたもの。ところが錬金術師たちが求めたのは金だけではなかった。物質をまた別のものへと変える力をもって、万病の薬、不老不死の実現……そんなものさえ夢見たのだ。その怪しげな実験を繰り返す様から、長らく異端とされてきたが、医学や薬学と統合することで近年ようやく「薬を作る者」として受け入れられるようになった。

「何だ、お前は。私は見ての通り研究で忙しいんだ、邪魔をするな。……ん? お前は確か……」
「……ネネリ。「暁」の」
「おぉ! そうだそうだ思い出したぞ!」

ギルドマスターであるセヴェリアンという男は、錬金術の研究以外のものにとことん興味を示さない。ネネリのことも、「暁」の名前を出すことでなんとか認識してもらえるほどだった。悪人ではないし、嫌いというわけではないのだが……受付のディートリッヒですら手を焼いているこの癖者に話しかけるのは、ネネリとしてはできれば避けたいところだった。だとしても今回は、避けられない理由があった。

以前、賢人たちが倒れた原因を究明すべくエオルゼア中の有識者たちに声をかけたが、もちろんその中に錬金術師も含まれていた。その時は彼らを「目覚めさせる」手法を求めていたために、錬金術では解決できなかった。魂が別の世界にいるのだから、それも当然だ。
しかし、目的が「肉体を維持する」ことに切り替わった途端、錬金術は大いに役立つだろう。
錬金術師が作り出す薬は、人を癒す薬から毒薬まで多岐にわたる。祝賀会の一件でナナモ女王が意識不明となった際には、「昏睡状態にある人間の肉体を保つ」という錬金薬がフロンデール薬学院で大量に製造されていた。また、エラリグ墓地の墓守とは、遺体の保存について相談する仲であるという。なんとも不吉な話だが、「肉体の維持」という点においては、今ネネリが求めているものに近いはずだ。

とはいえそう簡単に秘薬を手に入れられるとは思えない。このフロンデール薬学院は、ウルダハ王宮お抱えの医者を育成させるための機関であり、併設されている病院は治療費が高額なことで知られている。いくら「暁」の要請といえども、どれだけの請求をされるか分かったものではない。
だが、ネネリには勝算があった。このギルドマスターを上手く乗せることができれば、協力を得られるかもしれない。そう考え、腹を括って彼に事情を語った。

「……魂は別世界で活動し、一方で肉体はこの世界で生き続けているだと……? 面白い話になっているじゃないか、それを先に言え!」

――勝った。
作戦は成功だ。錬金薬を手配してもらえるよう算段をつけ、あとはタタルに報告だ。


「ネネリさん! それは休んだとは言わないのでっす!」

石の家にこの話を持ち帰ると、薬については承諾してもらえたが、ネネリは怒られた。

「で、でも……」
「これ以上無茶をするなら、あなたも未明の間で皆の横に並べるわよ?」

クルルにまで脅される始末。
二人の剣幕に押され、ネネリは逃げるようにしてふたたび石の家を出た。エフェミにお茶を淹れてもらってもよかったが、これ以上あの場にいては、監視の目が痛い。

次に足を向けたのは、グリダニアの旧市街、碩老樹瞑想窟。大木の根の中という、不思議な空間を進んでいく。

「おや、珍しい……あなたがここに来るとは」

最奥にて対面したのは、幻術士ギルドの束ね役、エ・スミ・ヤン。少年のような姿をしているが、彼はネネリよりも遥かに長い時を生きている。
ネネリは恭しく、彼にお辞儀をした。幻術士としての恩師は、間違いなく彼なのだ。独り立ちしてからというもの、彼と顔を合わせることはなくなっていたが、ネネリのことも、きっとこれまでのどの教え子のことも、彼は覚えている。どこぞのギルドマスターとは大違いだ。

この洞窟は、幻術士の瞑想の場。周りの幻術士たちに倣って、そこに座り込んで目を閉じる。
そうすれば、水の流れる音や、鳥のさえずりがよく聞こえてくる。しかし精霊の声は、ネネリに聞き取ることはできなかった。こればかりは修行で身につくものでも、超える力で何とかなるものでもないらしい。
幻術士が行う瞑想といえば、精霊の囁きに耳を澄ますものではあるが、それ以外にも、自分の心と向き合うために使われる方法でもある。
ネネリの目的は後者だ。こんな時こそ、幻術士としての原点を思い出そうとした。

――第七霊災で家族を亡くし、所謂霊災孤児となったネネリは、ウルダハの窃盗団に拾われ、言われるがままに悪事を働いた。
たくさん、たくさん傷つけてきた。斧を握る手で感じた重みは、忘れることなんてできない。
誰か早く終わらせてくれと、そう思うのに、誰にもネネリを止められなかった。ネネリ自らの手で、終わりという名の救いを跳ね除けていたのだ。

――神様、あるいは星の意思とやらは、一体ネネリのどこを気に入ったのだろうか。サンクレッドに出会って、そんな日々から抜け出した。
もう、戦うのはやめたい。そんな願いを「暁」は聞き届けた。そればかりか、ヤ・シュトラの導きもあり、ネネリは幻術士となって人を癒す側になった。贖罪なんてものはただの自己満足でしかないかもしれない。それでも、できることをするしかないのだ。少しでも埋め合わせができたなら、何か変わるのだろうかと期待をしたこともあった。

――結局、そう簡単に変われるはずもなかった。人を救う側になったはずだったのに、目の前で次々と斃れていく仲間たちを救えなかった。戦うこともできなくなって、救うこともできずにいるなんて、とんだお笑い種だ。その上、自分だけがのうのうと生きているだなんて。

――だけど、絶望に沈みきったネネリを引っ張り上げてくれる人たちがいた。ネネリが生きていることを喜んでくれた。ここにいてもいいのだと思わせてくれた。
何度も折れそうになった。その度に、誰かに支えられた。色んな経験もした。それはネネリの力になった。暗がりに転げ落ちそうなときも、いつしか自分で踏ん張れるようになった。

――なら、その次は?


「光明は、見えましたか?」

意識が浮上するのを見計らったかのように、エ・スミ・ヤンから問いが投げかけられた。

「……わからない」

靄は次第に薄くなり、視界が明るくなったような気はした。それでも、まだ先は見えない。ネネリの進む道はここで合っていたのか。進む先には何があるのか。

「今なら見えるかもしれないと思った。けれど、私にはまだ……」
「本当に、そうでしょうか」

カヌ・エを通じて「暁」の現状は知っているのだろうが、ネネリが抱えている葛藤も、この返答でさえも、見越していたのではないか。予め答えを用意していたかのように、エ・スミ・ヤンはネネリに語る。

「幻術士ギルドのマスターである私がこれを言うのも変な話ですが……人を救う術は、幻術だけが全てではありません」

治癒魔法ひとつとっても、色んな形がある。例えばシャーレアンでは、星座と術者のエーテルとを結びつけ奇跡を織りなす「占星魔法」や、エーテル学と魔法学に医学を統合させた「賢学」が発展した。南洋諸島からは、算術を基とした独特の魔法形態「巴術」がもたらされた。第五星暦の都市国家ニームにおいては、軍学魔法を使いこなす「学者」なるものが存在していたという。
それに、人を癒すのは何も魔法だけではない。

「あなたはそれを知った。だからこそ、他の手段を求めた」

錬金術がいい例だ。元々はネネリ自身が前線に立たない代わりに、携帯してもらえる回復薬を作れるようになりたいというだけだった。それがいつしか、幻術だけでは手の届かないところにも、錬金術の知識をもって自ら手を伸ばし始めた。それは、幻術を知ったからこそ、足りない部分も理解したからだ。

「異なる視点から見るというのは、大事なことです。優れた癒し手とは、必ずしも回復の術だけを極めた者に非ず……」

もっと他のことだって、回り回って、ネネリが人を救うための力になる。関係ないと思っていた知識も、真逆の力だと思っていたものですらも。
エ・スミ・ヤンは幻術士になる皆に対して、いつもこのように説いていた。幻術において、癒しの力も、破壊の力も、根本的には同じもの。私たちを取り巻き、構成するものを理解すること。そして、それぞれの持つ力を借りることで術士の望む“在り様”を作り出すことだ、と。

「私に……できるでしょうか……」
「ふふ、今のあなたならば、そう怖がる必要はないでしょう」

そう、力とは、使い方次第でいかようにも形を変えるもの。

ネネリの次の行き先は決まった。
――向かうは海の都、リムサ・ロミンサ。





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