極彩色は掴めない



クルル救出、及びアラミゴ解放の報せを、ネネリはアリゼーとともにラールガーズリーチで受け取った。
フォルドラとの戦闘で負傷し、ここ野戦病院へ運ばれてきたアリゼーを“見守り”に来ていたのだ。ネネリがラールガーズリーチに到着した頃には、アリゼーは自力で起き上がれるほどには回復しており、彼女に取り急ぎ必要なものは看病よりも、無理をさせないための見張りだった。決戦に一人置いていかれては心細かろうという、同盟軍や解放軍の人々の気遣いでもあった。

アラミゴ解放、といっても、ネネリにはあまり実感がない。後方で、ただひたすら怪我人の手当てに明け暮れていただけなのだから。
――かの冒険者ですらも、あるいはそうなのだろうか。
あの人にとっては、ただ冒険をしていただけなのかもしれないし、そこに強敵がいるから戦ったというだけのことかもしれない。
英雄と呼ばれようと、解放者と呼ばれようと、あの人はどこまでも冒険者なのだ。

現に、アレンヴァルドの誘いに乗って新しい冒険に繰り出したのだとか。廃王テオドリックが隠した宝を求め、水没した第五星歴時代の都市、「スカラ」を攻略。財宝を持ち帰り、アラミゴのための資金として提供したのだ。その話を持ち出したアレンヴァルド本人が、ラールガーズリーチに滞在しているネネリにそう語った。
やはり冒険のこととなるとそれは楽しそうに話すものだから、彼もやはり冒険者なのだと再認識させられる。

「なあ、ネネリ。お前もいつか、一緒に冒険に行かないか?」

――なんて誘ってくるものだから、困ったものだが。
ネネリは言葉を詰まらせたが、彼は気を悪くするでもなく、「今すぐにってわけじゃないから、考えておいてくれよ!」とだけ言い残してはまた任務へ向かっていった。

「冒険……か……」

ネネリが前線に出なくなったのは、そうすれば誰も傷付けずに済むからだ。しかし、「暁」に所属する他の癒し手もそうであるように、幻術士はしばしば仲間を癒やすため、冒険に同行する。
自分にもできるだろうか――なんて考えがよぎっては振り払った。余計なことは、するべきではない。そう言い聞かせて。

アレンヴァルドは取り戻した故郷へ帰ることなく、エオルゼアで冒険者を続けるのだと言っていた。それを選んだ理由はどうあれ、一人の友人としては彼が「暁」に残ることを喜ばしく思うのだった。
一方で、これからは「暁」としてではなく、アラミゴ解放軍の一員として戦うことを決めた者もいた。殉職した前隊長から解放軍を託され、戦い抜いたリセだ。寂しくはなるが、彼女の生い立ちを考えれば、納得のいく選択だった。砂の家を明るく照らしてしてくれた彼女は、「暁」にはいなくとも、アラミゴから皆に明かりを届けてくれるだろう。

とにもかくにも、大規模な戦いは終わったばかりだというのに、「暁」は未だに多忙を極めていた。
アラミゴ王宮での蛮神ラクシュミ召喚、東方での蛮神ツクヨミ召喚、冒険者に敗れ自死したはずのゼノスが生きているという噂。さらに驚くべきは、真相を確かめるべく、アルフィノが帝国の民衆派の将校とともに帝都へ向かったということ。
畳み掛けるように次々と新たな事件が起こる間も、ネネリは石の家には帰らず、依然ラールガーズリーチで手伝いをさせてもらっていた。もちろん石の家に帰還することも考えたのだが、「暁」には他にも優秀な癒し手がいる。こちらは大丈夫だから――そう仲間たちに背を押され、ネネリは多くの怪我人を抱える野戦病院に留まり、治療師オレラの元で働いた。アルフィノが乗っていた艦が攻撃を受け、アルフィノ自身の行方がわからなくなったと報告を受けた時も、ネネリにできることはなく、無事を信じて待つことしかできなかった。

各国の首脳たちが集まる会議の中で、サンクレッドが倒れたと聞くまでは。


「ネネリ! こっちよ!」
「リセ!」

アラミガン・クォーターに駆けつけたネネリをサンクレッドの元まで案内し、一連の出来事を説明してくれたのはリセだった。
カヌ・エの見解では、サンクレッドの魂が、肉体から抜け落ちてしまっているというのだ。彼が倒れる直前、「暁」の者にだけ聞こえた謎の声。その声の主に、魂だけがどこかへ呼ばれたのだろうと。しかし、カヌ・エでは原因を究明するには至らなかった。
そう聞いた時、ネネリには早くも察しがついてしまった。己の幻術では、どうすることもできない事態が起こっていることを。

「どう……?」

サンクレッドの様子を確認したところで、ネネリの予感は当たっていたと言う他なく、不安げに尋ねてくるリセに対してもネネリは首を横に振るしかなかった。落胆してはいるものの、そこまで驚いてはいない様子からして、リセもこうなることは予想していたのだろう。
カヌ・エは幻術士であると同時に、古の白魔法を継承する白魔道士でもある。白魔法は、癒しと浄化に特化した力であるが、幻術のように広く知られてはおらず、ごく一部の限られた者にしか扱うことはできない。それには相応の理由がある。第五星暦時代、黒魔法に対抗すべく生み出された白魔法だが、人に過ぎたる力は後に魔大戦を引き起こした。その結果、環境エーテルの属性バランスが崩壊し、さらなる悲劇、第六霊災へと繋がった。この力は禁忌とされ、一度は封じられたものの、現在ではグリダニアの角尊が密かに継承し、悪用されないよう監視を続けている。
それが、ネネリが幻術を学んでいるうちに得た知識だった。
それほどの力である白魔法にできないことが、幻術にできるとは思えなかった。

だからといって、諦める理由にはならない。
ではどうすれば良いか。ネネリでは到底思いつかないが、せめて彼の容態が悪化しないように見守り続けることだけでもしていたかった。
ヤ・シュトラとアリゼー、そして冒険者が、ウリエンジェの助力を得るため石の家へ戻っていることもリセから聞いた。そこで、何か掴めたなら――。

そんな期待は、すぐに打ち砕かれることとなった。
またしても謎の声が響き、今度はヤ・シュトラとウリエンジェが昏倒してしまったのだ。
状況は、サンクレッドと同じ。


「ネネリさん。サンクレッドさんを、石の家に移しましょう」

会議を終えたカヌ・エは、すぐさまサンクレッドの様子を見に戻った。そこにいたネネリは、声をかけるまで、カヌ・エの存在に気がついていないようだった。それほどまでに、幻術をかけることに集中していることはすぐに見て取れた。無駄な足掻きだと理解していながらも、一縷の望みを捨てきれないのだということも。
だが、それではネネリの体力までいたずらに消耗してしまう。ネネリの意識を優しく引き戻すように、カヌ・エは声をかけた。

そうしてサンクレッドの身柄とともの石の家に帰ってきたネネリだが、これまでのことも、それからのことは、あまりよく覚えていなかった。ただ、カヌ・エにかけられた言葉だけは耳に残っている。

「あなたの癒しの術は、あなた自身が多くを語らぬ代わりに、その心をよく映しているようです。まだ不器用ではあるけれど、飾り気のない優しさ、嘘偽りのない真情……それらはきっと、あなたの術を通して伝わっていることでしょう」

ネネリには、それをすぐに咀嚼することは難しかったが、その言葉は重みを持っていて、ただの慰めではないのだということだけは理解できた。

ところが、事態はさらに悪化する。
行方不明だったアルフィノが、意識を失った状態で石の家に帰ってきた。さらには再び帝国軍がアラミゴへ進軍、国境地帯で戦端が開かれた。その最中、アリゼーまでもが“呼ばれて”しまった。
未明の間には、魂なき仲間の姿が並んでいた。

「ネネリ、交代するわ。しばらく休んでいて」

遠方へ調査に出ていたクルルが戻ってきた。
それだけでなく、エオルゼア各地からも医学や錬金術、魔法学など、その他にも様々な分野の学者や研究者たちが石の家を訪れた。そうまでしても、糸口を見いだすことはできなかった。

「ネネリさんっ……!」

東方から駆けつけたタタルは、目に大粒の涙をたたえながら、ネネリに縋りついた。

「我々も、お手伝いさせていただきます!」
「ネネリさんだけに、無理はさせられませんから!」
「私たちにも任せなさい」

オーカー・ボルダーや、クレメンス、エノル、「暁」の皆。抱える不安は同じ。

それが、どれだけ心強いことか。

そんな「暁」の希望となったのは、やはり英雄――あの冒険者だった。
あの人だけは、一度は倒れた後も、石の家に戻ってきた。どういった原理かはわからないが、呼び声の主と対峙したという冒険者ならば、賢人たちの魂がある場所へと辿り着けるかもしれない。
何度も何度も望みを託されて戦うというのは、果たして人の身で耐えられるものなのだろうか。

絶望と希望の間に揺れ、ネネリは語る言葉を持たなかった。
それでもただ、新たな旅立ちに祈りを。





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