触れるためにある傷じゃない



「ネネリ! 無事か!?」

長城の向こうで待機していたはずのサンクレッドまでもが急いだ様子で駆け付けてきて、流石に只事ではないと知る。先ほどはピピンも同じようにしてネネリの安否を確認しに来ては、絶対に一人になるなと言い付けた。
いったい、何があったというのか。

――ドマへ向かった冒険者たちの作戦が成功することを信じ、エオルゼア同盟軍とアラミゴ解放軍は、帝国軍との攻防を続けていた。
同盟軍は、戦い方も習慣も異なる四都市の隊士が集まっている。初めは隊士同士の連携が上手く取れておらず、どこかまとまりきらないところもあった。特にイシュガルドは、都市軍事同盟に復帰したばかり。感慨深くはあるのだが、実戦ではかなり苦労したようだ。
それでも戦いの中で互いの違いに気付きながら、徐々に統率の取れた軍となっていった。これだけの速さで結束を強められたのは、帝国という巨悪を前にしたからこそなのかもしれない。
一丸となった同盟軍は、帝国軍と負けず劣らずの戦いぶりを見せ、なんとか解放軍を立て直す時間を稼いでいた。

そんな中、ネネリとクルルの看病の甲斐あって、ヤ・シュトラの容態は安定し始め、ようやく長距離の移動にも耐えられるまでになった。よって、ネネリとクルル、それからアレンヴァルド率いる護衛部隊とで、ヤ・シュトラを石の家まで移すことになった。
だが、ネネリだけカストルム・オリエンスを発たなかった。すんでのところで、帝国軍との戦いで大怪我を負った隊士が運び込まれてきたのである。

「いいわよ、こっちは私だけでも大丈夫だから」

負傷者のことが気がかりになっているネネリに、クルルはそう声をかけた。

「ありがとう……こっちが落ち着いたら、すぐに追い付くわ」
「気をつけて来るんだぞ!」
「わかってる」

別行動になることに心配を募らせたアレンヴァルドに釘を刺されながら、彼らを見送った。
建前としては、ネネリはヤ・シュトラの治療のために「暁」からの応援として出向いてきただけの幻術士だった。しかし当然ながらヤ・シュトラの看病だけをしていたわけではない。今尚続く帝国軍との戦いで増えていく怪我人を、なるべく多く治療した。ここへ来る前はあれこれ考えていたネネリだったが、結局はこれこそがネネリの本懐だった。だからこそ、クルルもネネリにその任を譲った。
グリダニアの幻術士と協力し、新たな患者の治療をひとまず終えたところで、慌てた様子のピピンやらサンクレッドやらがネネリの元にやって来たのだ。

「私はなんともないけど、どうしたっていうのよ……」

ピピンからは、まだ詳しいことが分かっていないため後ほど説明すると言われていたが、サンクレッドまでここへ来たということは、彼はもう何か知っているかもしれない。淡い期待を込めて問うてみた。

「……クルルが、帝国の連中に拐われた。石の家に向かう最中にな……」
「な……!なんで、クルルが!」

事態が芳しくないのであろうことは感じ取ってはいたものの、その返答は予想だにしないもので、思わずサンクレッドに聞き返しても仕方がないことを口走ってしまう。
石の家に向かう途中だったということは、アレンヴァルドたちもついていたはずだ。彼らは無事なのか。ヤ・シュトラは……?
ネネリが訊ねるまでもなく、アレンヴァルドは同盟軍に報告をしているところで、ヤ・シュトラは無事石の家まで着いたのだとサンクレッドは教えてくれた。

「ちょうど、アルフィノたちが東方から帰って来ると連絡が入ったんだ。あとは、あいつらがこっちに着いてからでもいいか? お前には、きつい話になるかもしれない……あいつらがいたほうが、幾分かマシだろう」

彼は祝賀会の一件以来――ミンフィリアを送り出して以来、以前の軽薄さがなりを潜め、一段と頼もしくなった。その深みを増した声は、こんな状況でも、ネネリに少しばかりの安心感を与えた。


東方遠征から帰還したばかりの冒険者と、アルフィノとアリゼー、そしてリセ。アレンヴァルドは、苦々しい顔をしながら彼らに事情を語った。
帝国軍は、エオルゼア同盟軍の目を掻い潜って長城を越え、黒衣森で待ち伏せていた。アレンヴァルドたちを襲撃したのは、アラミゴ人で構成される帝国軍部隊「髑髏連隊」。その隊長であるフォルドラを前にして、アレンヴァルドの過去視が発動した。あの現象は、能力者自身でのコントロールが効かない。その隙を突かれ、クルルは拐かされた。
リセに促され、アレンヴァルドは続けてその時に視たフォルドラの過去について語る。フォルドラの生き様を。そして。

「過去の情景の中で、フォルドラはゼノスから命じられていた。名指しで「暁」のクルル・バルデシオン、ネネリ・ネリのどちらかを捕らえて来いと……」

ぞっとするとは、このことだ。
カストルム・オリエンスに残ったネネリより、移動中のクルルの方が狙いやすいと判断されたのだろう。
もしもあの時、負傷者が運ばれて来ず、クルルたちと一緒に移動していたなら。ネネリも今頃帝国軍に連れ去られていたかもしれない。もしくは、片方だけで充分だと、どちらかが殺されていたかもしれない。
だけどもし、クルルがこちらに残っていれば。

――違う、今考えなければならないのはそんなことではない!

ネネリは悪循環に陥りそうな思考を、自ら振り払った。
護衛として側にいながらクルルを守りきれなかったという事実は、アレンヴァルドを苛んでいるに違いなかった。だとしても彼はそれに耐え、皆に状況を話してくれた。それをネネリが、水を差すようなことはできない。

「ネネリがここに残ってて無事だったのが、不幸中の幸いだね……」
「そうね……でも、帝国軍の目的が分からない以上、油断は禁物よ」

リセやアリゼーの言葉に頷くネネリの目は、さほど悲観の色を映してはいなかった。

「ネネリ……」

そのことに気付き、驚いたのはアレンヴァルドだった。
アレンヴァルドはよく知っている、ネネリの性分を。今度は自分のせいで、また彼女を不安の渦に突き落としてしまったのではないかと思いもした。だからこそ、強さを宿し始めたその目に、救われた気分だった。
アレンヴァルドも、ネネリも、まだ下を向いてはいない。それを見ていたサンクレッドもまた、胸を撫で下ろしたのだった。


サンクレッドはクルルの居場所を探るためアラミゴ都市内へ潜入し、冒険者たちは同盟軍や解放軍とともにアラミゴ解放へ向けて戦い続けている。
ネネリは、カストルム・オリエンスで彼らの勝利を祈っていた。
同盟軍からは、折を見て、石の家に帰ることも提案された。レヴナンツトールには、「暁」の仲間や腕利きの冒険者もいる。ここにいるよりは安心できるだろう。いくらこのカストルム・オリエンスが同盟軍の本陣だといっても、ここは帝国軍の蔓延るギラバニア。危険に近い場所であることに変わりはない。
だが、ネネリ一人だけ退散する気にはなれなかった。ヤ・シュトラはもう、石の家の仲間に任せておけば大丈夫だ。
イーストエンド混交林まで帝国軍が迫った時も、それが作戦のうちであったにせよ、彼女は毅然とし続けた。

「砂の家にだって、帝国軍は来たのよ。どこでも変わりはしないわ」

それは決して、諦めなどではない。





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