革命前夜のイントロ



バエサルの長城での一件は、エオルゼア同盟軍と帝国軍との戦いの始まりだった。
原因が何であれ、帝国からすれば、エオルゼア同盟軍が帝国の拠点を襲撃し、あまつさえ蛮神召喚まで行ったのだ。帝国がこのまま黙っているはずがない。エオルゼア同盟軍は、先手を打つためにも動かざるを得なかった。アラミゴを、ついに取り戻すのだ。
もちろん、「暁」とて無関係ではいられない。エオルゼア同盟軍の進軍のため、戦場となるギラバニアの人々との仲介を「暁」が任されることとなった。エオルゼアで既知の蛮神対策を続けるサンクレッドとウリエンジェを残して、冒険者たちは長城を越えギラバニアへと向かっていった。

ところが、すぐにアルフィノだけが戻ってきた。アラミゴ解放軍にとって、エオルゼア同盟軍の協力は願ってもないもの。しかし先の「鉄仮面」の扇動よって、解放軍は人員も気力も削がれている状態だった。その立て直しを図るため、こちら側からも義勇兵を募るのだとか。ここエオルゼアにも、アラミゴの解放を夢見る者達がいる。
ネネリの脳裏に、一人の友人の姿がよぎった。

彼とは、すぐに再会することとなった。だが、身に付けているその防具は、記憶にあるものとは違っていた。

――しかし、ボロ服のままじゃサマにならねぇな。ここはひとつ、白銀の鎧でも仕立ててやろうかね。

その声は、今でもはっきりと思い出せる。

「アレンヴァルド、ねぇ、それ……」
「あぁ……ようやく、着れたよ。立ち上がるなら、今しかないだろ?」

義勇兵を率いるのは、アレンヴァルドだった。
これまで砂の家に留まっていた彼だが、今回の義勇兵は「暁」の冒険者を中心としたメンバーが集まっており、出立の準備のため石の家に立ち寄っていた。

生前のアバが、彼に贈った、白銀の鎧を纏って。

それは、彼の決意の表れだった。散っていった仲間の想いを背負って、戦い抜くと。
ガレアン族の父親とアラミゴ人の母親を持つアレンヴァルドは、故郷アラミゴで母親に捨てられ、苦難の多い人生を送ってきた。それでも性根が真っ直ぐな彼は、自棄になったり全てを恨んだりせず、故郷のあるべき姿を取り戻すために戦うと言った。

「何が、できるのか……」

誰にも聞こえないような声で、ネネリは自問した。
ネネリの心には迷いがあった。
今、すぐ近くに、癒し手を必要としている場所がある。それをわかっていながら、ここから動こうとしない自分がいる。人にはそれぞれ役割があり、ネネリのそれがここではないというだけかもしれない。だが、それは言い訳をしているだけではないだろうか。
誰かを傷付けてきた分、誰かを救える側の人間になりたい。そんな想いで幻術士になった。
その結果が、本当にこれでいいだろうか。
とは言っても、何かしたいのなら行けばいいという話ではない。ネネリはアラミゴ奪還に強い熱意を持っているわけでもなく、戦場でどんな状況でも耐え抜けるという覚悟を持っているわけでもない。ましてやこれは任務ではない。
こんな半端者は、邪魔になるだけだとわかっていた。

だったら、いつになれば迷いなく「行く」と言えるのだろう。
目指したかったのは、どこだろう。

「まーた、余計なこと考えてないか?」

アレンヴァルドが、ネネリの顔を覗き込む。

「……ううん、違う」
「違う?」
「うまく言えない……こう、なんだろう……とにかく、今までみたいな感じじゃなくて……」

ネネリには前科がある分、いらぬ心配をかけてしまった。
これまでのような、自責の念に押し潰されそうになる感覚とはまた違っていた。だからといって、気にしないわけにもいかないことだ。ただ、そこまで心配しなくて大丈夫なのだと伝えたかった。
まったくもって何も説明できてはいなかったが、それでもアレンヴァルドは汲み取ってくれたようだ。

「わかった。でも、一人で考えすぎないでくれよ?」
「……善処する」

煮え切らない返事も、わかっていたと言わんばかりに流された。





ヤ・シュトラが重傷を負った。
ネネリが石の家を飛び出すには、それだけで充分だった。

アラミゴ解放軍の隠れ家、ラールガーズリーチ。長年帝国軍の目を欺き続けてきたその場所が、どういうわけか帝国軍の急襲に遭った。その帝国軍を率いていたのは、ガレマール帝国の皇太子にして、帝国軍第XII軍団の軍団長、ゼノス・イェー・ガルヴァス。その凶刃からリセを守ろうとしたヤ・シュトラが、斬られてしまったというのだ。
ゼノスはかの冒険者すらも圧倒する力を見せ、万事休す――かと思いきや、なぜかそこで引き返していったらしい。全滅は免れたものの、とにかく現地は酷い有様のようだ。
応急処置が済み、一命をとりとめた重症者は、ギラバニアにあるエオルゼア同盟軍の本陣、カストルム・オリエンスに移されたとのことだった。その場所はバエサルの長城を越えたすぐそこにあり、ネネリでも向かいやすいだろうということで連絡が入った。
しかし、グリダニアやイシュガルドに呼ばれるのとはわけが違う。最終的に来るか来ないかの判断はネネリに委ねられた。
この連絡を受け取った時、ネネリの迷いは霧散した。

グリダニアの東部森林、バエサルの長城に最も近い拠点であるホウソーン家の山塞まで着くと、双蛇党の使いが待っていた。ここからカストルム・オリエンスまで案内してくれるらしい。いくら同盟軍が駐留しているとはいえ、ネネリ一人で長城を進もうというのは無謀だったと、少し冷静さを取り戻しては同盟軍の気遣いに感謝をするのだった。

「来てくれたのね!」

カストルム・オリエンスに到着したネネリを迎えたのは、クルルだった。彼女がギラバニアにいてくれたからこそ、ヤ・シュトラは助かったのだ。

「ありがとう、クルルのおかげで……」

ネネリの心境を、クルルは素早く察した。待つ側の人間の、遣る瀬なさを。

「なんとか命は繋いだけれど、このままでは衰弱していく一方……アルフィノくんたちが戻ってくるまで踏ん張るために、あなたがいてくれれば心強いわ」

アルフィノたちが戻るまで――クルルの言った通り、彼らはすでにギラバニアにはいない。否、既にエオルゼアのどこにもいなかった。
彼らはここよりもはるか東、同じく帝国の支配を受けるドマの国を目指していた。
ここに来るまでに、双蛇党の使者からそのことは聞いていた。アラミゴ解放軍が、このまま戦い続けることは難しい。そこでアルフィノは、ゼノスがドマとアラミゴという、東西二つの属州を統べている点に目を付けた。ドマを解放し、東側からゼノスを翻弄する。その間に、アラミゴの再起を図ろうというのだ。

ここカストルム・オリエンスには、ヤ・シュトラの他にも多くの重傷者が運び込まれている。ゼノスが退いていったというだけで、帝国軍との戦いは終わっていない。

「……できる限りのことを、させてもらうわ」

一度は石の家で待つという選択をしたネネリが、事情を知っても尚、この地に留まると決めたことを、クルルは嬉しく思った。
ヤ・シュトラのことがあって仕方なく……というだけで、ネネリがここにいるわけではないことは、クルルも重々承知していた。もしかすると、本人の自覚よりも、クルルのほうが理解しているかもしれない。
人を救いたいというネネリの意志は、ネネリ自身が思っているよりもずっと強いものなのだと。

「それは頼もしいわ!」

超える力を持つ者同士、二人は気が合った。





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