永久凍土の火の海 2



蛮族たちに神を降ろさせた上でそれを倒し、彼らを絶望させ、より強い蛮神を召喚させる。そうして、霊災を引き起こす――「闇の戦士」たちの作戦は、いかに彼らの故郷である第一世界の救済のためといえど、認められるはずもない。「暁」は、激闘の末に彼らを止めて見せた。
その過程で、嬉しい報せも、悲しい報せも舞い込んできた。アラミゴ解放軍に身を寄せていたイダとパパリモが、「暁」に復帰した。だが、ミンフィリアは――。

ネネリを含め砂の家に残留していた盟員には、ウリエンジェから事情が語られた。
王宮からの脱出の際、ハイデリンに呼びかけられたというミンフィリアは、エンシェント・テレポに自ら巻き込まれることで、エーテル体となって星の中枢に辿り着ついた。そして彼女の意志で、ハイデリンの使徒となった。
「闇の戦士」たちには、なにも第一世界を諦めろと言ったわけではない。光の調停者たるミンフィリアが第一世界へと渡り、彼らの世界を無に帰そうとしている「光の氾濫」を食い止めようというのだ。
彼らを連れ、ミンフィリアは別の世界へと旅立った。
あまりの衝撃的な事実に、なによりそれを語るウリエンジェの沈痛な面持ちに、声に。誰も、何も言えようはずがなかった。

各々が事態を飲み込んでいるところで、ネネリはウリエンジェから、そろそろ石の家に移ってはどうかと提案を受けた。
ネネリが砂の家を拠点にしていたのは、当初は石の家が封鎖されていたためであるが、その後は行方不明者捜索を行うにあたって、ウルダハに近いほうが何かと都合が良かったというだけである。
全員の行方が掴めた今、ネネリが砂の家に留まる理由はない。

「じゃあ、またしばらくは会えなくなるのか」
「そうね。でも、困ったらすぐに呼んで」
「ああ、そっちこそな」

アレンヴァルドは、故郷であるアラミゴの解放運動が活発化していることを受け、自分に何ができるのかを模索していた。同じ「暁」に属していても、戦い方は皆それぞれ。仲間の捜索を終えた今、再び自分の道を行く時なのだろう。





ネネリが石の家に移動して早々、事件は起こった。
広間の席に腰掛け、これまでのこと、これからのこと、一人であれこれ考えていた時だった。
勢いよく音を立てて開かれた扉の向こうから、ミコッテ族の女性が転がり込んできた。

「あわわ、あわわわわ! どうしたでっすか!」

タタルが慌てるのもそのはず、彼女はあまりに傷だらけだった。しかし、見たことのないこの女性は、少なくとも「暁」の盟員ではない。どうしたものかと考えあぐねていたところ、暁の間に集まっていた賢人たちも駆けつけた。
「ナーゴ!?」とイダが彼女の名を呼ぶ。彼女はイダの友人だった。

幻術の使い手であるネネリにヤ・シュトラ、そして治癒魔法の心得があるクルルもいれば、傷を塞ぐのにそう時間はかからなかった。あくまで応急処置ではあるが、ひとまずは、こんな状態になってまでここへ駆け込んできた彼女の目的を優先させる形だ。
アラミゴ解放軍の一員、メ・ナーゴによってもたらされた情報は、「鉄仮面」というアラミゴ解放運動の新たな指導者が、部隊を率いてバエサルの長城を占拠しようというものだった。おそらくは、エオルゼアに戦火を広げんとするために。
すぐさま各国へ情報共有をするため、ヤ・シュトラが素早く指示を出す。

「タタルとクルルは、ネネリと協力して、この子の看病をお願い」

メ・ナーゴの傷は深くはあったが、幸いなことに厄介な原因が取り付いていたわけでもなく、順調に快方に向かっている。
別室で看病している間も、何度も聞こえてくる扉の開閉音や行き交う足音。ここしばらく砂の家は静かだったので、こんなに人の気配がするのは久しぶりだ。
だがある時、広間に集う彼らの空気が変わったのを感じだ。重く、沈んでいるような空気。
石の家で待機していたアリゼーに、アルフィノがバエサルの長城で起こったこれまでの経緯を説明していた。それを、手が空いたために折よく広間に出てきていたネネリも立ち聞いていた。
――鉄仮面の正体はイルベルドで、雲海の底に投げ捨てられたはずのニーズヘッグの両目を手にした彼により、新たな蛮神が召喚されようとしていた。イルベルド曰く、第七霊災を引き起こした「蛮神バハムート」よりも強い神を。

それを封じたのは、パパリモが発動させた、命と引き換えの封印魔法だった。

第七霊災の折、蛮神バハムートの封印を試みたルイゾワが行使したもの。あの時と同じ魔法を、あの時と同じく、名杖トゥプシマティを利用して。ルイゾワの一番弟子であるパパリモは成し遂げたのだ。
しかし、かのルイゾワでさえバハムートを完全に封じ込むことはできず、すぐに封印は破られてしまった。
それをネネリは知らずとも、賢人の皆は知っている。
パパリモの封印魔法も時間稼ぎでしかない。けれどパパリモが生み出したこの時間は、エオルゼアの明日を繋ぐためには必要だった。
だからこそ、彼らは進み続ける。


「よォ、チビ助。なんだ、上手くやれてるようじゃねぇか」
「…………はぁ!?」

ネネリの声が裏返るのは、チョコボがギサールの野菜を素通りするくらいには珍しい。

「な、なんであなたがここにいるの!?」

未明の間と呼ばれる石の家の一室には、簡易的な医務室となる場所もあり、ネネリはそこの主であるかのように居座ることが多かった。メ・ナーゴはもう付きっきりになる必要がないほどに回復していたが、ずっと一人にしておくのも不安であるし、薬の調合などはこの部で作業するほうが捗る。その合間に、ふらっと広間の様子を見に出たところで、ネネリは信じ難い光景を目にした。
元帝国軍第XIV軍団幕僚長のネロ・スカエウァが、石の家を闊歩していたのだ。

ネネリのネロに対しての態度は、決してネロを敵とみなしているからではない。クリスタルタワーでの一件の後、彼はネネリをモードゥナに置き去りにしたものの、そのことを怒っているわけでもない。初めこそ彼は敵ではあったが、ネネリを魔導城から助けてくれた恩もある。「暁」に戻るきっかけを与えてくれたのもネロだ。だというのに、それを打ち消してしまうほどの傍若無人な態度。それがネロという人である。

バエサルの長城上空にて生まれようとしている新たな蛮神、それを捕えるため、ネロの手を“渋々”借りることになったとネネリに説明してくれたのはシドだった。
ネロが闇の世界から救い出されたことは聞いていたし、どうせどこかで元気にしているのだろうと思ってはいたが、こうしてその姿を見るとやはり安心してしまうのは癒し手の性なのだろうか。


バハムートを捕えしもの、「オメガ」。機工師シドとネロにより数千年の眠から目覚めたそれと、封印を破り生まれ出でた新たな蛮神「神龍」は、ぶつかり合って、東の空へと消えた。

ミンフィリアが、パパリモが、新たな災いの種を摘んで、世界はまた新しい今日を迎える。

イダという仲間が「暁」を去り、リセという仲間が加わった。
何かを得ては、何かを失っての繰り返し。人生とはそういうものだと誰かが言うが、ここ最近は特にそれを痛感する。少し前までネネリの世界は無彩色だった。「暁」に入って、色を知った。その色は決して綺麗なものだけではなかったけれど、世界は少しずつ彩られていった。それが突如として極彩色の激流に揉まれるような、そんな感覚。自分がどこにいるのかわからなくなって、息継ぎも忘れてしまいそうだ。





- ナノ -