永久凍土の火の海



タタルから、急ぎイシュガルドまで来られないかと連絡が入った。なんでも、アルフィノの妹アリゼーが負傷し、イシュガルド内の病院に運び込まれたとのことだ。毒矢を受けたらしく、状況は芳しくないようだ。
――ウリエンジェが不在がちになっても、「暁」の盟員たちの任務に特に支障が出るわけではない。ただし、ネネリに限っては少し事情が異なる。万が一どこかで怪我人が出た時に、ネネリへの連絡を遅らせるわけにはいかない。よって、癒し手が必要になった場合においてはネネリに直接連絡を取ることになっていた。しかし、こうも早速ウリエンジェがいない間に要請が来るとは。
アリゼーと面識はなかったが、放っておくことなどできるはずもない。

石の家もあるレヴナンツトールまではテレポで転移できるが、さらに北はネネリにとっては未踏の地であるため、そこからは地図を頼りにチョコボを走らせるほかない。雪道を駆け、大審門に辿り着く。少し前まで国外からの来訪者を悉く阻んでいた門であったが、用件を伝えるだけでネネリはすんなり通された。門番に事情が伝わっていたこともあるが、やはりイシュガルドの変化を実感せざるを得ない。
そうして未だ修復が追いついておらず、生々しい戦争の傷跡を残したままの雲廊を渡る。道を分断するように大きく引き裂かれた箇所もあった。そこに広がる溝は、人の脚力では到底飛び越えられるようなものではなく、簡易的な橋が架けられ、かろうじて通行ができる状態だった。この場所で、あの冒険者はニーズヘッグとの決着をつけたのだと聞いている。ドラゴン族の、ニーズヘッグの力が、いかに凄絶であったかを物語っていた。
その先にある聖徒門を潜り、ようやく皇都に足を踏み入れれば、鎖帷子に身を包んだ騎兵がネネリを出迎えた。それがフォルタン家の鎧であることは、過去視を通して知っていた。

「来てくれたか。わざわざイシュガルドにまで呼び出すことになって、すまないな」

案内された神殿騎士団病院の一室では、治癒師の他にサンクレッドも立ち会っていた。闇の戦士と交戦し、負傷したアリゼーをここまで連れてきたのはサンクレッドだった。
初めて見るアリゼーの姿はアルフィノに瓜二つで、彼女が目覚めた後、双子の見分けがつくか心配になるぐらいだ。しかしその顔は、苦痛に歪んでいた。
彼女を蝕む毒については、既に解析と解毒薬の用意が進められており、イシュガルドの治癒師が優秀であることが窺える。念の為エスナをかけてみたが効果はない。幻術では取り除けない原因が彼女を冒しているのなら、薬を待つしかない。錬金術師の端くれでもあるネネリにも、少し薬学の知識があるとはいえ、ここまで来るとさすがに門外漢だ。ネネリにできるのは、せめて彼女が負けないように、体力を補ってやることだった。
その間、サンクレッドが病室にいた貴族らしき男性に、闇の戦士にまつわる情報提供をしていた。治癒魔法に集中していたからか、その男性がアイメリク卿だと気づくには少し時間がかかった。


やがて毒は取り除かれ、アリゼーの容態は落ち着きを見せた。ヤ・シュトラも到着し、タタルと共に看病を手伝ってくれた。
ほどなくして、アリゼーは目を覚ました。

「あなたも、治療を手伝ってくれたのね。ありがとう」

サンクレッド、ヤ・シュトラの二人と軽く言葉を交わしたあと、アリゼーはネネリにも顔を向けた。ネネリが頷き返すと、彼女は微笑みを見せた。やはりアルフィノと同じ顔の造りをしているが、どこか女性らしさも備え持っていた。

「よく、ここまで来てくれたわね」

いつものネネリの行動範囲を思えば、イシュガルドは彼女の縄張りの外。ヤ・シュトラは感心していた。

「まさか話に聞いていたイシュガルドに来ることになるとは思ってなかったけど……いい経験になったわ」

ネネリ自身、砂の家を中心に、ウルダハに引きこもりがちな自覚はあった。あまり変化を求めず、冒険しない性格。こんな時でなければ、この地を訪れることもなかったかもしれない。だが、いくら過去視によって既知のものになっていたとはいえ、初めてこの目で見る景色や感じる空気は新鮮で、これはこれで悪くないと思えた。

それから、蛮神ガルーダの再召喚を阻止するためゼルファトルへ向かった冒険者とアルフィノが帰還し、アイメリク卿を交えて情報交換がなされた。
この世界は十四に分たれていて、闇の戦士は十三ある鏡像世界のうちの一つ、「第一世界」における光の戦士であった。彼らが闇を払った結果、第一世界は強すぎる光に飲まれようとしている。そんな第一世界を救うため、彼らはアシエンと手を組みここ原初世界へ渡ってきた。こちら側から次元の壁を壊し、第一世界を原初世界に統合するために。
到底ネネリの理解が追いつく話ではなく、ただ聞いていることしかできなかった。
しかしその最中、アルフィノが発した言葉には耳を疑った。

「「逆さの塔」で、星の代弁者として、ミンフィリアが語ったこととも相違がないように思える……」

以前、サンクレッドとクルルがミンフィリアの手がかりについて調査を行なっていたが、手がかりは途中で見失ってしまったと、アルフィノから報告があった。だが、実際にはそうではなかったのだ。
彼らがあえてそのことを皆に伏せていたのは、彼らにとっても不確定要素が多く、安易に広められる内容でなかったからであろうことはすぐに察せられた。今は、追求しないほうがいいのだろう。そう思い、静かに聞いていた。





アルフィノと冒険者に加え、タタル製の装備を身につけたアリゼーは、新たな蛮神召喚を防ぐため、ひいては闇の戦士の企みを止めるため、砂の家のウリエンジェを訪ねるようだった。目的地が同じであるため、砂の家まではネネリも彼らに同行することになった。

「先程はすまなかったね、ミンフィリアのこと、君には伝えていなかったというのに……」

アルフィノは、ネネリがミンフィリアについて何も聞いてこないことに気付いていたらしい。

「いずれ、皆にも真実を伝えなくてはならない。それまで、どうか待っていてはくれないだろうか」
「ええ……わかってる」

それを誰が果たすことになるとしても、つらい役目であることに変わりはないのだろう。それよりも、あの場でネネリだけ部外者扱いされなかったことは嬉しかったのだ。

「ところでネネリ、あなたはまだ砂の家を拠点に活動しているのよね。最近ウリエンジェの様子に変わったところはない?」
「ウリエンジェ? 最近は、どこかへ出かけていくことが多いけれど……」

ネネリは質問の意図をはかりかねながらも、近頃の彼の様子をそのまま伝えた。

「……やっぱり、ね」

アリゼーは、ウリエンジェの何かを知っているのだろうか。それも、聞かないほうがいいのだろうか。
首を傾げるネネリに、アリゼーは答えた。

「今はまだ何とも言えないんだけど、気をつけておいて。彼、考えてることがわかりづらいから」

それは今に始まったことではないが、確かにウリエンジェが砂の家を空けてどこへ行っているのかは謎のままである。先程の、世界にまつわる頭が痛くなるような話を聞いたばかりだというのに、加えてこれとは。もう何も考えたくない、と思ってしまうのも道理であろう。ただでさえ、きちんとした教育を受けてきたわけでもないのだ。これだけの情報を処理するだけの頭脳は持ち合わせていない。

行方不明だった仲間も取り戻しつつあり、蛮神問題に奔走するという、かつての「暁」が戻り始めたようにも見える状況。
しかしそれは似て非なるもので、だからこそ元の「暁」には戻れないのだということを、嫌でも思い知らされているようだった。





- ナノ -