花曇を撫でる
「――ウリエンジェ!」
普段あまり声を張ることのないネネリから、珍しく大きめの声での通信が入ったのは、イシュガルドがエオルゼア都市軍事同盟に復帰して間も無くのことだった。
「おや……どうかされましたか?」
その連絡を受けたウリエンジェは、いつも通りの泰然自若っぷりで応答する。
「見つけたかもしれない。イダとパパリモの手がかり!」
ウルダハでの捜索を続けていたネネリが、近頃はサファイアアベニューの裏側――貧民たちの住処となっているパールレーンに入り浸るようになったのは知っていた。なんでも、そのままの格好で裏通りに留まるのは目立つため、再び貧民に扮装しているのだとか。そういった役回りはドマの忍たちに任せてもよかったのだが、ネネリにも譲れないものがあったらしい。
緊張気味の声の主は、見つけた手がかりを携え、砂の家に帰還する旨を告げた。
「ふむ……確かにリンクパールの破片ようですね。それもおそらく、二人分の……」
「これ、「暁」で使ってるものよね」
ネネリが持ち帰ったのは、壊れたリンクパールの欠片だった。その名の通り真珠が用いられた、とても小さな通信機だ。砕かれた破片となると尚のこと。
それが落ちているかもわからないというのに、ウルダハの街からこの小さな欠片を見つけ出したのは、ネネリの執念だった。
リンクパールが派手に壊されているわりに、他に争った形跡などは見られなかったため、戦闘の最中に壊れたというより意図的に壊されたと見て取れる。
ミンフィリアやサンクレッドはナナモ陛下の私室からシラディハ水道へと侵入し、そこで痕跡が途絶えている。そんな彼らがパールレーンにリンクパールを破棄することはできないはずで、もちろんヤ・シュトラからもそのようなことをしたという話はない。
となれば、イダとパパリモのものだろう。
リンクパールは音をエーテルに変え、相手のそれへと飛ばすもの。エーテルという普遍的なエネルギーを利用しているため、干渉されやすく、盗聴されてしまう危険性も高い。だからこそ破壊したのではないかとウリエンジェは推測した。
破片が落ちていたのがパールレーンだったということは、二人は少なくとも王宮からは脱している。そしてリンクパールを破壊するという判断もできる状態だったということだ。
まだ行方が分かったわけではない。だが生きている可能性が見出せただけでも、「暁」にとっては希望となる。
一方で、不滅隊の大規模な調査をもってしても情報が出てこなかったミンフィリアとサンクレッドについては、タタルが助っ人を呼んでいるそうだ。そちらはタタルに任せることにして、ネネリはイダとパパリモの足取りが掴めないか、もう少し探ることにした。
◇
砂の家に残っている「暁」の盟員は、ウリエンジェの指揮の下で動いている。イシュガルドのアルフィノやタタル、クリスタルブレイブから解放された石の家からの連絡などは、すべてウリエンジェに集まる。そして彼からの伝達を受け、盟員たちはエオルゼアを飛び回る。
しかし、近頃は捜索に進展があったからなのか、ウリエンジェ自身が砂の家を空けることが増えていた。
この日もネネリが砂の家に戻ってきた時、ウリエンジェは不在だった。特に急ぎの用事があるわけでもないので困りはしないのだが。
あれからイダとパパリモの新しい情報は出てきていない。「暁」がもう追われることはないと知って戻ってきてくれれば良いのだが、ヤ・シュトラの前例があるため、自ら戻ることができなくなっている可能性も捨てきれない。他で何か動きがなかったか確認しようと、休息も兼ねて砂の家に帰還したのだ。
廊下でスラフスイスには会ったが、他の盟員たちもちょうど出払っているところのようで、流石に盟員不在の倉庫には商人の二人もいなかった。
誰かが帰ってくるまで仮眠でも取っていようかと、適当な席で机に体重を預け、微睡んでいた時だった。
「ネネリ……寝ているのか?」
そう声をかけられ、思いのほか重たい瞼を上げることに苦戦していると、ぽんぽんと頭を撫でられる感触。
こんなことをするのは、アレンヴァルドだろうか。だとしても珍しいし、声もいつもより低い。
真相を確かめるべく、少しずつ目を開いて傍に立っている人物を視認した瞬間――。
「えっ……!? う、わっ…………」
驚きのあまり眠気は吹き飛び、体は椅子から転げ落ちそうなほど仰け反った。心臓がうるさいほど音を鳴らしている。
そこに立っていたのは、身なりは随分変わっているが、紛れもなくサンクレッドだった。
「ウリエンジェから聞いてなかったか?」
「い、いや……まだ……」
死者の魂でも見たかのようなネネリの驚きように、少し不憫に思ったサンクレッドは眉尻を下げた。いくら捜し回っても見つけられなかった行方不明者が、予告もなしに突然現れればこうもなるだろう。
タタルの呼んだ助っ人――クルルの協力もあり、サンクレッドは高地ドラヴァニアで発見された。彼はヤ・シュトラの唱えたエンシェントテレポで地脈を伝ってウルダハを逃れ、うまく地上に流れ着いていたのだ。そこは彼にとって見知らぬ土地で、過酷なサバイバル生活を余儀なくされたのだが、地脈を彷徨わずに済んだことは幸いだった。
サンクレッドはネネリの隣の席に腰かけ、これまでの経緯を語った。冒険者たちとの再会に、「闇の戦士」と名乗る一団との邂逅。皇都での立てこもり事件。ひとまずそれらが落ち着き、石の家には先に顔を出してきたそうだ。
「まったく、休む暇もなさそうね……」
ミンフィリアやイダ、パパリモのことも早く見つけ出したい。しかし「闇の戦士」はいつ何を仕掛けてくるかわからない。千年の戦争を終えたイシュガルドの変革にはまだまだ冒険者も付き合うのだろうし、当然サンクレッドだってそれを放ってはおかない。
「まあ、仕方ないさ」
それが「暁」なのだと、サンクレッドも、ネネリもわかっている。だけども、働き詰めの人間が心配になるのもまた当然の感情だ。
「お前だって、ずっと必死になって俺たちのことを捜してくれていたんだろう。石の家で聞いたぞ? いつも引きこもってたお前が、今じゃ仲間の捜索のために出突っ張りだって。それを知った奴らが、負けてられないと意気込んでたそうでな」
それは初めて聞いたと、ネネリは目を丸くした。
「……ありがとう、ネネリ」
またしても、サンクレッドの手がネネリの頭に置かれる。もうそんな年齢じゃないと言い返せばその手は離れていったが、この反省していない顔はまた繰り返すのだろうなと思った。でも、嫌いじゃない。これではいつまでも独り立ちできない子供のようだ。ウリエンジェにそうだったように、サンクレッドにも、こんな感情まで筒抜けなのだろうか。だからいつまでも幼子扱いされるのだろうか。
「それにしても、ウリエンジェの奴はどこに行ったんだ?」
「……知らない」
そもそも、今日のことはサンクレッドが帰ってくることを教えてくれなかったウリエンジェが悪いのだと、責任転嫁することにした。