露光の夜を綴じ



ミンフィリアや賢人たちの手がかりを探し、ネネリはウルダハの街を奔走していた。目撃者がいないか聞き込みをしたり、戦闘の跡が残っていないか地面や壁を睨みながら歩いたり。
「暁」の指名手配は取り消され、堂々と入り浸れるようになったのは良かったものの、だからといってすぐに捜索が進展するわけでもなかった。もっとも、すぐに痕跡が見つかるようであれば、銅刃団やクリスタルブレイブの追手から逃れるべくもなかっただろう。
ネネリだけではない、「暁」のメンバーがエオルゼア中を駆け回っている。クリスタルブレイブの中からも、アルフィノの志に共鳴し、真に「暁」の仲間となった者も捜索に加わった。
賢人たちの優秀さに手を焼かされているのだと思えば、嬉しいような悲しいような。

「ネネリ殿!」

不滅隊の隊士がネネリの元に駆け寄ってきた。

「ピピン少闘将より伝令! 不滅隊の作戦本部まで、お越しくださいとのことです!」

不滅隊はラウバーン復帰直後で慌ただしい中、「暁」に協力してくれている。ネネリを始めとした「暁」の盟員がウルダハでの捜索を行うにあたっても、何かと便宜を図ってくれた。
最近ではタタルの要請により、あの冒険者たちが王宮からの脱出に利用したというシラディハ水道の調査に力を入れていたはずだ。何か手がかりを掴んだのだろうか。
ネネリは逸る気持ちを抑えながら、しかし急ぎ足で不滅隊作戦本部へ向かった。


そこでは、ピピンが待っていた。
連絡を受け集まったのは、ウリエンジェと、イシュガルドから駆けつけたアルフィノ、タタル、冒険者。

「そ、それで、捜索の結果はどうでっすか?」

タタルの問いに、ピピンはこう答えた。
地下水道に、崩落している区画があった。瓦礫の下から見つかったのは、クリスタルブレイブ隊員の亡骸。
賢人の遺体は、そこにはなかったそうだ。

「唯一、現場で見つかったのが……これだ」

差し出されたのは、見覚えのある片手杖。ヤ・シュトラが使用していたものだった。
ウリエンジェがあることに気付き、ずっと彼の額に乗っかっていたゴーグル――エーテルを視認できるというもので、シャーレアンの技術の賜物だ――を装着し、その杖を解析する。
そのエーテル痕から判明したのは、ヤ・シュトラが禁術とされている「エンシェント・テレポ」を発動させたということ。その術によりシラディハ水道からは脱したのであろうが、強制的にエーテル化させた肉体が、未だ地脈を彷徨い続けている可能性もあった。
それだけで、まだ助からないと決まったわけではない。転送の起点となったシラディハ遺跡へ、調査に向かうこととなった。

「遺体が見つからなかったってことは、やっぱり、希望があるってことでっすよね?」

道すがら、隣を歩くタタルが不安そうにネネリに話しかけてきた。それは問いというよりも、タタル自身に言い聞かせているようなものであった。
ふと、ネネリは以前に自身が「暁」を離れていた時のことを思い出した。
――アシエン・ラハブレアが放った魔法「アルテマ」は、魔導城プラエトリウムごと燃やし尽くし、そこに囚われていたネネリは消息を絶った。それでも、遺体の見つからないネネリを「暁」は捜し続けた。
それを聞いた時はどうしてそこまでするのかと思いもしたが、今ならわかる気がした。当時の皆もこんな気持ちだったのだろうか。

「……ええ、もちろん。きっと助かるわ」

ネネリの励ましにも似た返事に、タタルは少し安心したようだった。

シラディハ遺跡の出口にて、ウリエンジェが再びゴーグルを用いてエーテル痕を探す。
そして、ようやく見つけたエーテルの足跡。ヤ・シュトラが流れた先は、黒衣森。
双蛇党の党首カヌ・エ・センナに協力を求めるため、冒険者たちはグリダニアへ向かう。
ヤ・シュトラのことは、彼らに任せておけば大丈夫だ。
ネネリはウリエンジェと共に、他の行方不明者の捜索へと戻った。





ネネリがグリダニアに呼び出されたのは、それからほどなくしてのことだった。

カヌ・エと森の大精霊の力を借り、ヤ・シュトラを見つけ出すことができたのだが、やはり彼女の身体には相当の負担がかかっていたようで、意識が戻らないというのだ。
ウリエンジェ伝てにそのことを聞いたネネリは、グリダニアの旅館「とまり木」へ急いだ。
グリダニアは、幻術士ギルドの本拠地でもある。優秀な癒し手を多く抱えているが、それでもネネリを呼び出したのは、タタルの最善を尽くしたいという想いと、優しさ故だろうか。

ヤ・シュトラが休んでいるという部屋へ向かうと、そこにはどこか彼女に似た女性がいた。ヤ・シュトラの妹、ヤ・ミトラだった。

「あなたがネネリね? 話は聞いているわ」

突然訪れたネネリを、快く受け入れてくれた。
姉と似て、聡明な女性のようだ。

ネネリは、幻術によるヤ・シュトラの体力回復に努めた。強制転移魔法の行使、それによる地脈という名の激しいエーテルの流れの中の彷徨。聞いたこともない状況だが、エーテルに起因することならばやりようはある。
治癒魔法のつまるところは、患者のエーテルを調整することだ。エーテルだけではどうにもならない原因があったとき、幻術は役に立たないが、ヤ・シュトラの状態はそうではない。こういった時こそ、幻術士としての腕が試される。
自己のエーテルが消耗しているだけならば、それを補ってやればいい。だが今回はそう簡単な話ではない。地脈、大地を流れるエーテル、つまり地属性のエーテルに晒され続けたというところだろうか。地属性に対して優位なのは水属性、そして対をなすのは風属性。幸い、どちらも幻術士が操ることのできるものだ。水属性で偏った地属性を中和して……と、ネネリは頭を回転させ続けた。


「……やれることはやったわ。あとは、ヤ・シュトラ自身の回復力を信じるだけ」

いつになく神経を尖らせたものだから、ネネリの額には汗が滲んでいた。

「ありがとう……! 姉のことだもの、こんなところで挫けたりしないわ!」

ヤ・シュトラの負けん気の強さは、ネネリもよく知っている。
それからはヤ・ミトラと、時折タタルにも看病を手伝ってもらいながらヤ・シュトラの目覚めを待った。

そして、ようやくその時は来た。

「……そこにいるのは、ミトラ……ネネリ……?」
「シュトラ!」

目の前の姉妹は、姉の目覚めに、妹との再会に喜び合った。
しかしその一瞬、ネネリは拭えない違和感を覚えた。すぐになりを潜めてしまったが、一度感じた引っかかりはネネリの中に残り続ける。

「ありがとう、ネネリ。また腕を上げたわね。あなたも無事でよかった」
「え、ええ……」

待ち望んでいた仲間の目覚めだというのに、歯切れの悪い返事しかできなかった。ネネリが何を気にしているのかを、ヤ・シュトラはすぐに察した。

「大丈夫よ。よく見えているわ。……あなたの顔つきが変わったことだって、ちゃんとわかるのよ?」

その言葉が、そのままの意味で受け取っていいものではないことを、ネネリもまた察した。
彼女がそう言うのであれば、ネネリはこれ以上深追いできない。

そうこうしているうちに、冒険者たちも部屋を訪れた。
タタルは感動のあまり泣き出してしまったが、それも仕方がない。誰よりも仲間想いな彼女にとって、「暁」の現状には堪えるものがあっただろう。ヤ・シュトラが、優しくタタルの頭を撫でていた。
しかし、そうゆっくりもしていられない。冒険者たちは差し迫った問題を抱えている。「暁」は今も尚、進まなければならないのだから。

ヤ・ミトラが席を外し、タタルが用意した新しい衣装に着替えるためアルフィノと冒険者も追い出された。
残ったタタルが、ヤ・シュトラにこれまでの情報を共有した。ナナモ陛下のことも、イシュガルドのことも。
おかげで、ネネリもイシュガルドの現状を把握することとなった。以前覗き見たアルフィノの記憶よりも、ずっと複雑な状況になっていた。そして彼らはネネリの知らぬうちに、胸が張り裂けるような悲しい別れを経ていたのだ。
かの騎士とは会ったことのないネネリでさえも感じてしまう、あれは手放すには惜しい温かさだった。

冒険者たちはマトーヤという人物を訪ねるべく、その弟子たるヤ・シュトラの案内の元、低地ドラヴァニアを目指すことに。タタルはイシュガルドで情報収集を続けるようだ。

「来てくれて助かったわ、ネネリ。「暁」の皆のこと、頼んだわよ」

改めてヤ・シュトラに礼をされる。ネネリにとって、幻術士の先輩として最も身近な存在がヤ・シュトラだった。そんな彼女に信頼を寄せられるというのは、なんとも嬉しいものだ。
それにしても、ヤ・シュトラは本当に何事もなかったかのように歩き出してしまった。彼女の目は、きっと今まで通りの景色を写してはいないだろう。それさえもなんとかしてしまうのだから、大したものだと思った。
グリダニアを発つ四人を見送り、ネネリはウルダハへと戻るのだった。





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