儚く生きるには何か足りない



この日、久方ぶりに暁の間へと人が集った。
だが、今ここにいるのは「暁」の面々ではない。不滅隊のラウバーンとピピン、元銀冑団のパパシャン、ドマの忍であるユウギリにヒギリ、砂の家を守るウリエンジェ。そして、イシュガルドから一時的に帰還したアルフィノと冒険者。
不思議な光景だと、ネネリはつくづく思った。ネネリ自身が、そこにいることも。

「わざわざ、すまないな」

ラウバーンが、何度もイシュガルドとウルダハを行き来することになった二人に謝意を伝える。

「何をおっしゃいますか。お加減の方は、よろしいので?」
「あぁ、問題ない。監獄暮らしで衰えていた体力も、だいぶ戻ってきた。ネネリ殿の治療や、ヒギリ殿らの看病のお陰でな」

いくら幻術をもってしても、失くした腕までは戻らない。しかしそれ以外はもう元通りだと言っても過言ではない。ラウバーン自身の回復力には目を見張るものがあった。幻術とは、本来患者が持つ自然治癒力を高めることで傷を癒したり体力を回復させるもの。ネネリはほんの少し力を貸しただけに過ぎなかった。
それに、ヒギリたちドマの民からもたらされる東方の知識は、ラウバーンだけでなくネネリにとってもためになるものだった。

それはさておき、何もラウバーンの回復を伝えるためにわざわざアルフィノと冒険者をイシュガルドから呼びつけたわけではない。
ナナモ陛下に関する、重要な情報が入ったのだ。
ひとつ、昏睡状態にある人間の肉体を保つという秘薬が、フロンデール薬学院から王宮へ運び込まれたというもの。先日デュララが語った、ナナモ陛下が生きているという可能性を裏付けるものだった。
ふたつ、ナナモ陛下の侍女メリエル――暗殺の実行犯と思われる人物の居場所を突き止めたというもの。彼女から直接話を聞くことができれば、事件の真相へ一気に近づける。
無論、共和派がそれを嗅ぎつければ、次はどんな行動を起こしてくるかわからない。それも承知の上で、一同は侍女がいるというシルバーバザーへ向かった。


金槌大地にある小さな村は、ネネリの故郷を思い出させた。第七霊災が起こるより前は、明日の食い扶持を繋ぐことさえままならない状況で、家族皆必死に生きていたものだ。その家族さえも霊災で失って、もうどうしようもないと諦めたこともあったが、それでもまだ、ネネリは生きている。
不思議だ――つい先ほども感じたような思いを、またしても抱いた。

「……し、知りません、そんな人……失礼します」

メリエルの家を突き止めそちらへ向かっていると、その家から女性の狼狽えた声が聞こえてきた。一足先にアルフィノたちがメリエルを発見したのだ。
彼女は逃げるように家を出ようとするが、ラウバーンが道を塞ぐ。ピピンやパパシャンと共に、ネネリもそこへ駆けつけた。

「話してもらおうか、事の真相を……」

ラウバーンがメリエルににじり寄るが、雇い主への忠誠心ゆえか、それとも恐怖ゆえか、彼女はなかなか口を割ろうとしなかった。

「その問いには、ワシが答えよう」

そこに現れたのは、ロロリト・ナナリトその人だった。デュララが彼と共に来たという事は、彼女が連絡を取ったのだろう。
たった一代で東アルデナード商会を築き上げ、「百億ギルの男」とも呼ばれる豪商。
貧民であったネネリとは対極の存在、そして斧使いとしては最上の標的だったともいえる存在が、目の前にいる。“「暁」のネネリ”としては、この男をどう認識するべきだろうか。見定めるべく、彼を注視した。

ロロリトは、テレジ・アデレジが企てた女王暗殺計画と、それを利用した自身の謀略を明かした。デュララの推察通り、毒薬は昏睡毒に擦り替えられていた。離反したクリスタルブレイブのメンバーも、初めからロロリトの手駒だったのだ。とはいえ、既に彼の手に負えるものではなくなっていた。
ナナモ陛下の殺害を目論んでいたのはテレジ・アデレジであり、ロロリトにその気はない。彼の目的は達成された今、対立する理由もなくなった――もっとも、共和派と王党派の溝は当分埋まりそうにないが――。

和解の証としてナナモ陛下を目覚めさせる薬がラウバーンに手渡され、デュララによりラウバーンの不滅隊局長復帰が宣言された。


香煙の間で会合が行われている間、ネネリは荘厳な扉の前で待っていた。砂の家に帰る前に、せめてナナモ陛下の無事を確認したかったが、国の今後についてを語る場にまで立ち入るつもりはない。
しばらくすればラウバーンたちが出てきて、それぞれの、在るべきところへ帰っていった。ウルダハは、また歩き出せるだろう。
「暁」の残り火だけが、置いていかれているようだった。

「待っていてくれたんだね」

ネネリに声をかけたのは、最後に出てきたアルフィノと冒険者だった。

「ナナモ陛下は、目覚められたよ。もう安心して良いとのことだった」
「よかった……」

アルフィノはネネリがここで待っていた理由をすぐに察し、いの一番に教えてくれた。
そしてクリスタルブレイブを解体し、「暁」の血盟員として戦い続けると決めた彼自身の決意を語った。元々冒険者に打ち明けるつもりだったのだろうが、邪魔をしてしまったか。

「君にも、聞いてもらえてよかったよ。「暁」の仲間として、これからもよろしく頼む」

顔に出ていたのだろうかとも思ったが、こちらを気遣っているというわけではなさそうだった。これは、アルフィノの本心だ。

「ええ。よろしく、アルフィノ」

ひとりの盟員として、というのならば、堅苦しい敬称は要らないだろう。当の本人もそれを望んでいたようで、嬉しそうにしていた。





「お帰りなさい。その様子だと、ナナモ陛下は無事目覚められたのですね……」

最後のケジメをつけると石の家に向かったアルフィノたちと別れ、ネネリは砂の家に戻ってきた。
ウリエンジェに事の顛末を知らせようとしたが、ネネリの様子を見ただけで分かってしまったらしい。あまり顔に出るほうではないという自覚があったのだが、改めなければならないだろうか。

「あなたが初めてここに来た時に比べれば、随分と雄弁になりましたよ」
「そう……?」

実のところ、シルバーバザーへついて行くことも初めは迷っていたのだ。この事件の結末を見届けたくはある、しかしネネリが行ったところで何ができるわけでもない。ただネネリの好奇心を満たすためだけに、同行してもいいものだろうか、と。
ウリエンジェが「こちらのことは、お任せを」と背を押してくれなければ、ここで待つことを選んでいたかもしれない。彼に打ち明けたわけでもないというのに、ネネリの迷いはお見通しだったというわけだ。途端に気恥ずかしくなる。

「そちらのほうが、良いのではないかと。あなたはもう少し、あなたが思うままに歩んでも良いのではないでしょうか」
「思う、まま……」

今だって、やりたいようにやらせてもらっている。これ以上、我が儘になるわけにはいかないのだ。一体どうすれば良いというのか。

「とはいえ、焦る必要もありません。ひとまず今は、皆の捜索に尽力するといたしましょう」

引っかかりは残ったままだが、とりあえずはウリエンジェが話を戻してくれて安心した。その言葉には同意見だ。
「暁」の汚名はそそがれた。しかし、皆が帰ってこなければ意味がないのだから。





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