彼方なる火をつけて 3



砂の家での再会からほどなくして、ウリエンジェのリンクパールに通信が入った。
アルフィノからだ。
彼らの元にも例の怪しげな使者が訪れたため、ウリエンジェに確認を取ってきたのだ。
ラウバーンの所在については、ハラタリ修練所に移送されたことをドマの忍たちが突き止め、これを冒険者たちが奪還。
一同は砂の家で合流することとなった。

「義父上……!」
「おぉ、ピピンか!」

ウリエンジェやピピン、パパシャンと共に、ネネリはラウバーンたちを出迎える。わざわざ自分まで出て行く必要もないと思いはしたものの、それよりも冒険者の姿を一目見て安心したい気持ちが勝っていて、自然と足が動いていた。
冒険者は相変わらずの壮健ぶりで、アルフィノもなんだかんだで元気そうだった。
しかし、片腕を失い、過酷な状況下に晒され続けたのであろうラウバーンは、全身傷だらけでかなり酷い状態だった。

義父との再会を喜んだのも束の間、ナナモ陛下を守りきれなかったと嘆くピピン。
ラウバーンが何か言葉をかける前に、別の声が響いた。

「ナナモ陛下は生きておいでですわ」

ネネリたちをこの地に集めたあの使者を伴い、砂の家に現れたのはララフェル族の女性だった。
彼女はナル・ザル教団の最高位聖職者であり、砂蠍衆の一員でもあるデュララ・デュラ。
中立の立場で権力争いには不干渉を貫いているため、彼女の登場は一同を驚かせた。

デュララにより語られたのは、ナナモ陛下の生存の可能性、共和派の筆頭格ロロリトの思惑。
ウルダハの安寧を、デュララは望んでいる。そのために今は「暁」にも手を貸してくれるようだ。
ナナモ陛下が生きているとなれば、「暁」の容疑もそのうち晴れるだろう。
あとは、行方不明になった皆が見つかれば……。

立ち話も程々に、そろそろラウバーンを休ませてやらねばならない。一同は倉庫――もはや使用目的は変わってきているが、他に呼び名もない――へと向かい、ネネリもそれに続こうとした。
それを呼び止めたのは、冒険者だった。
祝賀会で散り散りになった他の仲間は、依然情報すらないまま。冒険者にとって、無事を確認できたのはネネリが一人目だった。
ネネリが冒険者との再会を心待ちにしていたように、冒険者もネネリを案じてくれていたのだとわかると、なんだか嬉しくなった。
そして、ここにはもう一人。

「何度か顔を合わせてはいたけれど、こうしてちゃんと話すのは初めてかもしれないね」

アルフィノ・ルヴェユール。
これまで彼を見かけても、砂の家の片隅にいる幻術士がルヴェユール家の御令息と言葉を交わす機会はなかった。彼がクリスタルブレイブを設立し、石の家をよく訪れるようになった頃は、ネネリが石の家にいなかった。
彼のことはよく知らないままだったが、それでも彼の纏う雰囲気が変わっていることは感じ取れた。

「私の至らなさが、君のことも巻き込んでしまった……」

クリスタルブレイブの創設者として、どれだけ心を痛めたことだろう。その若さで、どれだけのことを背負ったのだろう。あまりに立場が違いすぎて、ネネリには推し量ることができなかった。

「私なら大丈夫」

淡々とした返事だった。だが、アルフィノにはそれで十分だった。真っ直ぐ見つめてくるネネリの言葉が、嘘も強がりもない、ただそれが事実なのだと告げている。

「……ありがとう」

正直なところ、ネネリはこれまでアルフィノのことがあまり得意ではなかった。その高潔さを目の当たりにしてしまうと、自分の低俗さを思い知らされてしまうようで。
しかし、今はアルフィノを前にして、そのような感情は湧いてこなかった。普段ならここで会話を終わらせているところだったが、この気持ちは胸にしまっておくこともないと思い、そのまま口に出すことにした。

「……あなたが押し潰されてしまわなくて、本当に良かった」

ネネリから思わぬ言葉がかけられて、アルフィノは少し驚いたが、すぐに柔和な表情に変えた。

「温かい言葉をかけてくれる友人や、共に進んでくれる仲間がいるからこそ、私はこうしてまた歩き出せたのだ。私一人では、こうはいかなかった……」
「……っ!」

久しぶりに味わう、吸い込まれるような感覚。過去視が発動したのだ。いくらこの異能に見慣れていようとも、会話をしていた相手が突然頭を抱えれば、流石に驚くだろう。慌てるアルフィノに申し訳なさを覚えながら、ネネリは流れ込んでくる光景を拒むことはできなかった。

――脳裏に浮かび上がったのは、動乱のウルダハから逃れた直後のアルフィノの様子だった。
そこはエオルゼアでは目にすることのない、真っ白な世界。冒険者と共に雪の中を進みたどり着いたのは、クルザス中央高地にある拠点「キャンプ・ドラゴンヘッド」。まとめ役を担っていると思われるエレゼン族の騎士は、アルフィノたちを受け入れた。
隠れ家を得て、タタルとも再会したが、アルフィノは自責の念にとらわれていて、今にもくずおれそうになっていた。そこに、エレゼン族の騎士が飲み物を持ってやって来る。彼の言葉は、アルフィノの心を温めた。アルフィノにとっても、そして冒険者にとっても、彼の存在が支えになったことは想像に難くない。
エレゼン族の騎士はイシュガルドの四大名家に連なる者であった。彼の協力のもと、アルフィノ、冒険者、タタルの三人は正式に入国の許可を得て、固く閉ざされた門の先、皇都イシュガルドに足を踏み入れた。
彼の地でアルフィノは、仲間と共に闘い続けている。「暁」の明かりを、再び灯すために――。

「――もしかして、私の過去を視たのかい?」

ようやく意識が現実に戻ってきた。
やはり、ネネリが超える力を持っていることは知っていたようだ。アルフィノの問いかけに肯定すると、彼は少し気恥ずかしそうにした。過去を覗かれたとなれば、そうなるのは当然だ。
改めてアルフィノが何か語ろうとしたとき、彼のリンクパールが通信を知らせる音を鳴らした。「失礼」とネネリに断りを入れ、その通信に応じる。相手はタタルのようだ。

「……何っ、ドラゴン族に動きが!?」

どうやら急を要する事態が起きたらしい。リンクパール越しのタタルに、すぐに戻ると告げていた。
彼らが今できることは、イシュガルドにこそある。冒険者にもそのことを伝えると、ネネリに再び向き直った。

「ラウバーン局長のこと、頼んだよ」

それは、ネネリの治癒術士としての腕を見込んでの頼みだった。ネネリは力強く頷いてみせた。

先ほど視たアルフィノの過去の中には、イシュガルドの街の様子も映っており、ドラゴン族との戦争の過酷さを物語っていた。
彼らはきっと、そんなイシュガルドの状況を放ってはおかない。また新たな戦いに身を投じるのだろう。
頼もしくもあり、心配でもある。
しかし彼らとてウルダハの状況や「暁」の皆の行方など気掛かりは多いはずで、それでも自分たちが今できることに向き合っている。
こちらも、己が役割を果たさなければ。
二人の背中を見送り、ネネリも倉庫に向かった。

――それにしても、あれは温かい記憶だった。

彼らは今、厳しい寒さの中にいる。
だというのに、先程視たアルフィノの過去は、そんな寒さも忘れさせるような温かさがあった。





- ナノ -