彼方なる火をつけて 2



ピピンの協力の下、ネネリは不滅隊の制服を借り、彼の部下を装うことで比較的自由に動けていた。
クリスタルブレイブの手が及んでいないという砂の家へ帰る選択肢もあったが、今は少しでも事件の真相に近づきたかった。
それにピピンは冒険者とアルフィノの逃亡を手助けしてくれたばかりか、その後も黒渦団のメルウィブや双蛇党のカヌ・エ・センナに働きかけ、陰ながら「暁」を援助してくれている。ならば、彼を手伝いたい。ラウバーンの救出も、「暁」のためにも繋がるはずだ。

ラウバーンが幽閉されているのは、ウルダハ内にある凶悪犯のための監獄、マラサジャ収容所であることはわかっていた。
にも関わらず、すぐに救出に乗り出せないのは、未だラウバーン投獄の件が公表されていないからだった。この状況で下手に動けば、今度は不滅隊が反逆者として追い立てられることになりかねない。然れば、慎重に機を待つしかなかった。

ところが、ある日事態は一変する。

「おい聞いたか、ラウバーン局長が処刑されるって話……」
「なぜ急にそうなるんだ……」
「なんでも、以前の祝賀会で一騒ぎあったらしく……」

あの祝賀会以降、街ではいろんな噂が飛び交っていた。中には大物冒険者が暴れただの、政変があっただの、的を射たものもあった。しかしそれらもどんどん脚色されて行き、ウルダハを揺るがすまでには至らなかった。
それがここにきて、「ラウバーンの処刑」というひとつの話題で持ちきりになっている。

「義父上……! 共和派の連中、ついに動き出すというのか……!?」

ピピンとネネリも、街中で実際にその噂を耳にしていた。敬愛する義父の窮地とあっては、ピピンも焦りを隠せずにいた。

「どうして今になって……これまで待っていたことには意味があるというの?」
「確かに不自然ではある。だが、義父上がマラサジャ収容所から移動させられたというのは事実のようだ。しかし、いったいどこへ……」

さほど政治に詳しいわけではないネネリでも、この違和感は拭えずにいた。
共和派の目的は、一体何だったのか。
「暁」は、何のために犠牲となったのか。

「それに、銅刃団も慌てているように見えるのは、気のせい?」
「いや……」
「ピピン少闘将! お話し中、失礼します!」

不滅隊の隊士が慌ただしく駆け寄ってきた。
急いでやって来たのだろう彼は息を整えながら律儀に不滅隊式の敬礼をし、ピピンに話し始める。

どうやら新たな目撃情報が入ったとのことだ。
曰く、ラウバーンを移送したのは銅刃団ではない。あの目立つ青色――クリスタルブレイブだという。
手短に報告を終えると、隊士は去って行った。

「義父上の移送は、クリスタルブレイブの独断……ということなのだろうか」

ここ最近銅刃団が動揺しているように見えるという、ネネリの疑問にちょうど答えが舞い込んできたようだ。
だが依然として、不滅隊としては厄介な状況であることに変わりはない。

「……どうする」

苦虫を噛み潰したような顔をするピピンに、ネネリはかける言葉が思い付かなかった。
その時だった。

「ピピン・タルピン少闘将と、「暁」のネネリ・ネリ殿ですね」

フードを目深に被った男が、ピピンとネネリに話しかけてきた。怪しげな出で立ちだが、それ自体はさほど珍しいわけでもない。ウリエンジェで見慣れている。
問題は、ネネリの正体まで知っているということだ。

街中ということもあって戦闘態勢には入らないまでも、警戒心を強める二人に、男は至って冷静に語りかける。彼はとある人の使いであり、決して敵ではないのだと。

「我が主より、貴方様方にお話がございます。どうぞ、砂の家へおいでください……」
「砂の家に……!?」
「ご安心を。「暁」のウリエンジェ殿にも連絡を取っております」

正体もわからない“主”とやらが、「暁」の家にいるというのか。ネネリは訝しんだが、ウリエンジェの名前を出されれば、それ以上何も言えなかった。

「私は、今ここを離れるわけには……」

ピピンの懸念はもちろんラウバーンのことだ。早く手を打たねばならないというのに、ウルダハを離れて悠長に話などしていられない。

「ラウバーン・アルディン局長のことも、ご心配には及びません。ある方々が動いております故……」
「それは、信頼できる人達なんでしょうね」
「もちろん。……かの冒険者様方ですよ」

思いもよらない名前を出され、ピピンもネネリも目を丸くした。この男の言葉が本当なら……胸が熱くなるようだった。あの冒険者の存在はまさに希望の灯火なのだと、つくづく実感する。
ピピンとネネリの意思は固まった。お互い頷き合うと、砂の家へ向かった。
かくして、ネネリはようやくウルダハを脱することとなった。


ベスパーベイの景色を見るのは、随分久しぶりだった。それこそ、ここに帰って来るのはあの襲撃事件以来だ。苦い思い出が蘇ってくるが、立ち止まるわけにはいかない。胸の痛みに耐えながら、ピピンの後に続いた。

「ネネリ! 良かった、本当に生きてた……」

砂の家に入るなり、元通りになった家の中を確認する暇もないほどに勢いよく出迎えてくれたのはアレンヴァルドだった。
アバとオリという大事な友人を失ったところにネネリまで連れ去られ、その上爆発に巻き込まれて消息不明ときた。多大な心配をかけてしまった自覚はある。

「ご、ごめんなさい……」
「謝るなって。こうやって無事に帰ってきてくれたんだから、それでいい」

「暁」に復帰してからすぐに会いに行って安心させてあげられればよかったのだが、どうにも砂の家へ帰る勇気が湧かなかったのだ。
あの日のことを思い出す怖さと、皆の友人や仲間を守りきれなかった罪悪感に苛まれる怖さ。アレンヴァルドにだって合わせる顔がないと思っていたのだ。
大丈夫だと、石の家で一度体験したはずだ。
だからといって、なりふりかまってられないこの非常事態でなければ、やはり二の足を踏んでいたかもしれない。

「心より、この時を待ちわびておりました……」

遅れてウリエンジェもやってくる。
ピピンもいる手前、いつまでも玄関先で感動の再会に浸っているわけにはいかない。ウリエンジェはひとまず、一同をいつもの倉庫へと誘導した。

倉庫には、レヴナンツトールへの引っ越し後もこの家に残った少数の盟員がいて、皆ネネリを暖かく迎えてくれた。その様子を見ていたピピンは、“斧使いの今”に改めて感心をしたものだ。
しかし驚いたのは、元銀冑団であり、当時の総長の右腕として名高いパパシャン・ノノシャンもここへ招かれていたことだった。それだけ重要な話が待っているのだろうことが窺える。
だが肝心の、ネネリたちを砂の家に呼び出した人物は、まだここにはいないらしい。ウリエンジェによれば、まだ役者が揃っていないのだとか。

待っている間、ネネリはウリエンジェから「暁」の状況を教えてもらった。
冒険者とアルフィノ、そしてタタルがイシュガルドへと逃れ、「暁」再建の道を探してかの地で活動している。それに、レヴナンツトールに迎え入れられたドマの民も、独自の諜報能力を活かし、全面的に協力してくれている。この期に及んで、絶望的だなどと、もう思えるはずもなかった。

そしてアレンヴァルドからは、砂の家襲撃後の彼の話を聞いた。
ネネリの記憶の中の彼はもう少し悲観的だったように思うが、今や彼はアバとオリの意志を継ぎ、前を向いていた。
なんだか、先を行かれてしまった気分だ。

そして彼と話をするということは、否が応でも、祝賀会の一件で有耶無耶にしてしまっていた感情に、再び向き合うことになる。

「ネネリ、お前は優しいから、余計なことまで背負い込んじまってるんだろう。だけどな、誰もお前を責めたりしない。あんなのネネリだけじゃどうしようもなかったんだ」
「そんなこと……」

わかってる。わかってはいるのだ。
それでもネネリにとって、自分を肯定することはとても難しいことだった。否定することに慣れすぎてしまった。

「お前が臆することなく治癒魔法を唱え続けてくれたおかげで、助かった仲間もいるんだ。もちろん、俺だってその一人だ」

砂の家に帰って来ることが怖かった要因の最たるものは、これだった。
ネネリができない代わりに、アレンヴァルドがネネリを肯定してくれる。その優しさに甘えてしまいそうだったから。
自分を許した時、その先どうなるのか、ネネリには想像がつかなかった。
石の家に先に帰っていなければ、耐えられなかったかもしれない。

「それに、お前がみんなを救いきれなかったって言うんなら、俺だってこの盾でみんなを守りきれなかったんだ。同罪だよ。俺のことだって許せないか?」
「違う! それは……違う……」
「俺は許されて、お前は許されないなんて、それは道理に合わないだろ?」
「……そうかも、しれない、けど」
「だからな、もう自分を許してあげようぜ?」

狡い言い方をされてしまった。
間近であの日のネネリのことを見ていた分、賢人たちより的確に痛いところを突いてくる。
もう、だめだ。
ネネリは耐えきれず、声を上げて泣きじゃくった。

それはここにいる誰もが、初めて見る姿だった。
何も二人だけの問題ではないのだから、アレンヴァルドはわざわざ場所を移す気もなかった。
石の家と同じく、砂の家にいる皆もまた、ネネリが一人で抱え込んでいることを心配していた。会話の内容までは聞いていなくとも、この二人が話していればだいたい察しがつく。
泣けたということは、そういうことだ。
地下にあるこの拠点は、日も当たらず、冷気が溜まっていく。それでもこの日は、暖かい空気が満ちていた。





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