はてさて君の憂鬱よ



ネネリが「暁」を不在にしている間、冒険者は多くの功績を挙げている。
そのうちのひとつが、イシュガルドの防衛戦に加わり、皇都を脅かすドラゴン族を退けたことだ。

「そうだわ、ネネリ。あなたも祝賀会に来ない?」
「祝賀会?」
「いいタイミングだし、あなたの復帰祝いのつもりで参加してはどうかと思ってね」

イシュガルド防衛の成功を祝う「戦勝祝賀会」がウルダハ王宮にて開催される運びとなり、そこに冒険者を始めとした「暁」一同が招待されていた。
「暁」としては複雑な心境であったが、この祝賀会はイシュガルドとエオルゼアとの国交を復活させるための大事な一歩。無碍にすることもできず、冒険者やミンフィリア、賢人たちが出席することになっていた。
その祝賀会にネネリも参加しないかと、唐突にミンフィリアに問われたのだ。

「私、イシュガルドの防衛にはなにも関わってないけど……」

それどころか、その戦いがあった頃ネネリは「暁」にいなかった。この盟主は突然なにを言い出すのかと目を丸くした。

「エオルゼア各国がこれだけ建前を使っているんですもの、私たちだってこれくらいの建前は許されるわよ」

そう言われてしまえば断る理由もない。素直にミンフィリアの提案に乗ることにした。
「せっかくなんだもの、美味しい料理を沢山ご馳走になりましょう」と意気込むミンフィリア。彼女の強がりに、ネネリは気付かないふりをした。


そして祝賀会当日。
本来であれば、限られた者のみが入室できるウルダハ王宮の議場。豪華なシャンデリアに煌びやかな内装、そこに集う各国の代表や高貴な身分であろう国賓たち、飛び交う堅苦しい言葉。
ネネリの生まれとは真逆の世界で、そこに立っているというのはなんとも不思議な気分になった。本当に、来てしまって良かったのだろうか。
さりとて食欲には勝てず、テーブルの上に並べられている食事に目を引かれてしまう。

「これ美味しそうだよ! これも食べちゃおう! こっちのも!」

遠慮がちなネネリに代わって、イダはどんどんネネリの持つ皿に料理を盛っていく。

「ネネリはそんなに食い意地が張ってないぞ!」
「いいじゃない、これぐらい食べないとー!」

やれやれとパパリモが肩を竦めるが、ネネリにとってはイダの無遠慮さが今はありがたかった。
滅多に食べることのない高級な料理に舌鼓を打っていると、凛とした声が会場に響いた。イシュガルドの代表として招かれていたアイメリク卿だ。
彼は皇都の門を開くことを教皇に進言することを表明した。エオルゼア都市軍事同盟を離脱したイシュガルドが再び加盟すれば、今度こそエオルゼアがひとつになる。
ミンフィリアも喜んでいたので、ネネリもなんだか嬉しくなった。最近の彼女は、つらそうな顔をしていることが増えていたから。

会場の空気も随分と温まり緊張も解れたネネリは、ミンフィリアや、イダとパパリモ、ヤ・シュトラと談笑していた。
冒険者は会場へ入る前にクイックサンドの女将モモディの元へ挨拶に向かったが、会話が弾んでいるのだろうか、なかなか戻ってこない。
サンクレッドもいないが、彼は綺麗な女性を連れ立ってどこかへ行っただけなので気にしない。

そこでふと、体に違和感を覚え始めた。
気分が悪いというほどではないが、心なしかクラクラするし、暑いような気もする。

「ありゃ、大丈夫?」
「もしかして……間違えて飲んだのかしら」

豪奢な机に並ぶ、上等なお酒。
ネネリは酒が嫌いなわけでも飲めないわけでもないのだが、決して強いわけでもない。こんな厳かな場で酔い潰れることがないように水を飲むつもりだったのが、取り違えてしまったのか。
イダとヤ・シュトラが心配してくれるが、そこまで深刻というわけではない。ただ、少し顔を冷やしたかった。

「ちょっと、風……当たりに行ってくる……」


人気のないバルコニーで、手すりに寄りかかる。熱った頬に夜風が当たると心地が良い。
すっかり浮かれてしまったが、「暁」にも、ネネリにも、考えるべきことは山積みだ。「暁」に復帰できたは良かったものの、多くの仲間を失ったあの凄惨な事件を「仕方がなかった」で済ませられるわけもなく。ネネリはこれからどう進んでいくべきなのか、まだ迷いの中にいる。
でも、たまにはこういう日があってもいいかもしれない。酔いが回った頭では、これ以上考えられそうもない。

ぼんやり夜空を眺めていると、突如としてあたりが騒がしくなり始める。喧噪はどんどんと近づいてきて、バルコニーの扉が勢いよく開かれた。

「コイツも「暁」の一員だ! 取り押さえろ!」

なだれ込んできたのは銅刃団だった。「暁」を名指しで探しているようだ。今度はなにに巻き込まれたというのか。まったく状況が読めないが只事ではないことだけは確かで、酔いが一気に冷めていった。

「なんの用?」
「とぼけても無駄だ。お前たち「暁」には、女王暗殺の容疑がかけられている」

背筋が凍った。今、なんと言った。

「女王、暗殺ですって……!?」
「お前たちの英雄が、ナナモ陛下を殺害した! 「暁」も、共謀している可能性が高い! 」
「な、なにを……言っているの……」

愕然とするしかなかった。
当然、冒険者が暗殺を企んだなどとは露ほども思っていない。しかし、あまりに事が大きすぎる。そんな根も葉もない疑いをかけられて、おいそれと捕まってたまるものか。
ネネリの背後には手すりがあるのみ。銅刃団はネネリを囲い込み逃げ道を断ったつもりでいるのだろう。
だが、ここは袋小路なんかではない。

ウルダハは、ネネリにとって庭である。
かつて銅刃団も不滅隊も、斧使いを取り逃し続けたのだ。この国でネネリを相手に鬼事というのは無謀というもの。

軽く跳躍し手すりに乗ると、そこから飛び降りる。が、ただ落下したわけではない。すぐ下に他の建物の屋根が広がっていることを知っていた。多少の高さはどうということはない。
ウルダハ独特の丸い屋根の上に降り立ち、また隣の屋根に飛び移る。外壁も案外足場になるところは多い。一歩足を踏み外せば大怪我は免れないが、ネネリには慣れたものだった。
そうして銅刃団の追っ手を振り切り、街の中で身を潜める。彼らの会話を盗み聞くに、どうやら他の盟員や石の家は抑えられてしまっているようだ。だが、ミンフィリアたちはまだ捕まえられていないらしい。

茶色を基調とする街並みに、反対色の青はよく目立つ。
「暁」と志を同じくしているはずだった、クリスタルブレイブ。彼らは今、銅刃団と共に「暁」を追っている。
裏切られたのか、初めから仕組まれていたのか。
幸いなことに、ネネリはクリスタルブレイブとの接触がほとんどなくあまり顔を知られていなかった。
しかしながら街の出入口はどこも見張られていて、これではウルダハから出ることはできない。
あまりに兵の動きが早すぎる。まるでこうなることをわかっていて、予め準備されていたようにすら見える。

様子を窺っていると、銅刃団とクリスタルブレイブが一気に街の外へ出ていったのが見えた。あれほどの人数が動いたということは、「暁」がこの街を脱したのだ。彼らのことだ、きっとうまく逃げ果せるだろう。

「なら、私はしばらくここに残るよ……」

ここウルダハでは、ネネリだからこそ動けるはずだ。
「暁」の再起を信じて、この地で耐え忍ぼう。
それにしても、またひとりになってしまった。こんな状況ではあるのだが、少し可笑しくなってしまうのだった。





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